第3話 ただ今透析中

「いつもお父さんの悪口ばかり言うてるけど、お父さんの恩給があるからこうして暮らしていられるんやで、お父さんに感謝せんとあかんよ」

「そんなの当たり前よ」

 そうやった、母に感謝を求めるのが無理というもんやった。

 しまいには父との夜の生活がいくつには終わっていたなんて、同情を引く作戦に出たようだが、娘がもっとも聞きたくない話まで持ち出した。何とか持ちこたえていた忍耐が軽蔑に代わった。

 あかん、あかん、長居は無用。「何も用事がなければ帰る」と言い、玄関に向かうオカンの背中に罵声が浴びせられた。

「家族なのにどうして」

 母がいつも見ている韓国ドラマのタイトルだった。

 こんなときまで、そんなアホ言うのやめて。

 

 次に訪れたときは、「この間は驚かせてごめんなさい」と殊勝な事を言っている。

 いや、あなたの怒鳴り散らす声は子どもの頃から馴れていますから。


 透析室で穿刺せんしをしてもらい、テープで固定しているときだった。「リハビリ師さんからお電話で、お母さんが家の中で動けなくなっているそうで、家の鍵をお借りしに来たいと言っているのですが」電話に出た看護師さんがベッド際に伝えに来てくれた。「今、透析始まったばかりだから鍵を取りに来てもらって」と主任が応えた。同じ病院系列のリハビリセンターだから融通が利くみたい。


 透析が終り、母の所に行くとベッドに横たわっていた。

 トイレから出て、足が萎えて車椅子に乗り移れなかったと言う。早朝の5時から9時頃まで床に倒れていたらしい。「どうして携帯に連絡しなかったの?」と訊くと、「あら、思いつきもしなかったわ」どういうこと?

 マグカップとオムツを買いに行った。

 そのあとも母は床に倒れ伏す事を繰り返した。オムツを着けているのに、なぜトイレに行く? 

「これで3度目ですよね。これは病院へ行かなければだめです」と助けに来てくれたヘルパーさんに言われ、救急車を呼んだ。

 いろいろ検査をしてもらったが、どこにも異常がないと言う。

 動かなくても済むように、枕元に飲むゼリーや果物、飲み物を並べておいた。

「お水ここに置いとくからね」と言うと、手が伸びなくて自分では飲めないと言う。

 えらいことになったぞ。

 飼い猫の最後はトイレに行けず、水も飲めなくなった。

 夜、母に水を飲ませに行って、透析に行く前も飲ませに行く。

 日中はデイサービスでお風呂に入れてもらい、あれだけ嫌っていた施設に入所することになった。






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