第2話 貝になる

 母のケアマネージャーさんが交代されるので、新しいケアマネさんがご挨拶にいらした。

「ほかに何かご要望があればおっしゃってください」

 ケアマネさんが言うと、母は手を叩かんばかり。

「ああ、これから内緒でしてもらわなくても済みますわ」

 オカンはギョッとして母を見るが何事もないような顔をしている。

 ときどきヘルパーさんが内緒で庭の草取りをしていてくれたのだ。

 それを内緒でやってもらわなくて済む、とは何事だ。そんな事言ってしまったら、内緒にならないやないの。

「まさか認知症なんてことはないと思うのですが」

 ケアマネさんに思わず言うと、こんなときだけ、大きな目をさらに見開き「まあ」と言う。

 ケアマネさんが帰られると途端に、

「あんたはズケズケとものを言う」

 認知症という言葉がよほど母のプライドを傷つけたようだ。

「大人しくて、あんなにいい子だったのに」

 それはお母さんにとって都合のいい子だったんでしょ。

「大阪で暮らしているからよくないのかしら」

 しまいには自分が世話になっている土地の悪口を言いだした。

「どうしてこんなに合わないのかしら」

 まだ言う。

 ズケズケものを言うと言われ、貝になっていたオカンはたまらずに一言発した。

「きっと反りが合わないんでしょ」

「ああ」

 やっと納得した様子。

 よくボタンの掛け違いなどと言うが、母のボタンの大きさとオカンのボタン穴の大きさがそもそも違うのだ。大きなボタンを小さなボタン穴に通そうとしてもかなうわけがない。

 帰りがけ母は車椅子で玄関先まで追いかけて来て、

「認知症になったら、どうするつもり?」

 そりゃあ、お母さんが義祖母にしたことをされるのよね。

 義祖母は認知症で宮崎の施設にいる。

 母が大阪に行くと義祖母の施設の人が知り、「司法書士の成年後見人をつけてください」と言われ、バタバタしているときだったから意味もわからないまま手続きをし、義祖母の通帳の全てを司法書士に送った。




 


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