6話目

「ねぇ」

村人は突然男に声をかけられました。


「うわぁ!?」

サシェの様子を見に来た村人達は驚いた声を上げて男を振り向きました。

まさか牢の近くに人がいるとは思わなかったのです。

男はこの村では見たことのない顔でした。

地味な衣に汚れのない靴、疲れが見えない男は旅人には見えません。

ですが、姿は旅人そのものの格好をしている底の知れない男でした。


「見かけない顔だ。どこから来た?」


別の村人が男に尋ねると彼は笑みを深めただけでした。




「サシェという娘に心当たりは?」


そう言われて村人達は牢に目をやりました。

中には小さな身体がピクリとも動かす横たわっています。

それはもうサシェの魂がこの世にない事を分かりやすく表していました。


「ああ、あいつは神様に捧げられたよ。なんでもサシェは神の為に育てたもんだからな!」


ピクリとも動かないサシェを見て村人は下衆な笑みを浮かべました。


「見た目はいいんだ、あっちでよろしくやっているだろうよ」


声を上げて村人達はわらいました。

これでより一層村は栄えると信じて疑わない様子でした。



「そう、」


男は村人達に静かに答えました。

男が満面の笑みを浮かべて、サシェのいる牢へとゆっくり近づくと、鍵が勝手に開き、するりと中にはいりました。


「君たちが善人でなくてよかったよ」


サシェの屍を優しく抱き上げて男は村人達を振り返りました。



「気兼ねなくサシェの願いを叶えてあげられる」

そう言って神様は先ほどまで変化していた人間の衣から、絹と宝石とをふんだんに使った修行衣を纏う神様へと姿を変えました。


言葉もなく立ち尽くす男達を無視して神様は天にすっと、指を一本たてました。


するとどうでしょう。

たちまちに暗雲が立ち込めて空は一気に禍々しい雰囲気がたちこめました。


《これより、神はこの地から立ち去ろう。》


神様の言葉に呼応するかの如く空が曇天となり暗い空に雷が轟きました。


《太陽は2度と降り注ぐ事はなく雨は一滴も降らぬだろう》


神の指先が、地を指しました。


《草木は枯れ、全ての生き物は死に絶え》


神様はそこで彼らを見て微笑みました。

それはそれは美しい微笑みでした。


《世界は誰の記憶からも消える事だろう》









神様は腕の中で息絶えた娘の亡骸を愛おしそうに抱いて立ち去ります。


どこへと言うまでもなく彼は世界の狭間の扉を開けたのです。


「……あぁ、ひとつ言い忘れていた。」

扉を一本跨いだところで神様は村人を振り返りました。


「美しい娘をどうもありがとう」


_______



神様が消えて暫く

水と食料を求めて人々は醜い争いをしました。

女も子供も関係なく、強きものが生き残るための戦いです。


毎日毎日、血と涙で世界は汚れていきました。

叫び声が響き渡り、世界は地獄となりました。


1人最後まで生き残った男が飢えて死んだ時、

世界は音もなく消えてしまいました。

世界があった事を知るのは神様と彼の友の2人だけとなりました。

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