5話目

「祭壇はこれでよいか?」


牢の中に蝋燭がいくつかと、水と供物をささげる台、それから呪文が刻まれた土の上にサシェは座らせられていました。


身体は清められ、服は薄い上等な衣だけ着せられたサシェは吹き抜ける風の冷たさに震えました。

神様に捧げるにしては簡素なのは、これ以上神様に余計な物を使いたくないとする村の総意でした。


神様は平等を好み、特別を作りません。

だからこそ、村の考えは出来るだけ簡素な物で最大の施しを得ようとしていたのでした。


「後は牢に鍵をつければ逃げれまい」


村長は、急拵えとはいえ出来のいい祭壇を見上げて満足そうにうなずきました。

これでサシェに逃げられる事もなく、神様へサシェを差し出すことが出来ると満足そうにしています。


「さぁ、サシェ喉が渇いただろう」


サシェの身の回りを世話する男が、サシェに水が入った盃を差し出します。

その中身は酒なのか、アルコールの香りがしていました。


「いいえ、喉など乾きません」


サシェはサカついた唇を開いて断りました。

盃を傾ければどんな苦しみが待っているかわかりません。

サシェはせめて死期くらいは自分で決めてやる心算でいました。


「腹が減っただろう?」


別の男が、薄い粥のようなものをサシェに差し出します。

湯気が立つお椀を受け取るように渡されますが、サシェは受け取りませんでした。



「いいえ、腹など減りません」 


サシェは食べ物も口にしませんでした。

初めて渡された温かい食べ物でしたが、口にすれば最後、見苦しく死ぬのだけは嫌だったのです。




「本当に私が何もわからないと思っておいでですか?」


サシェがそう問いかけると男達は黙って牢から出て行きました。

ガチャン、と音を立てて二度と開かれることのない牢が閉まりました。









「あいつはどうしている?」


サシェが閉じ込められから3日経ちました。

村人はサシェの様子を噂します。


「さぁ?」



「なぁに、あの子は祭壇からは出られまい」



「でたらどうする?今度こそ逃げ出されたら!」



「私の娘は行かせません!!」


村人の妻は悲痛な面持ちで叫びました。


「神に嫁いで帰って来た者など、あの子以外居ないではありませんか!」





_____



「そこで聞いておいでですか?」


サシェは静かに問いかけました。

もちろん傍には誰もいません。


けれども、サシェはなんとなく確信していました。

神様がサシェを見ているだろうという事に。



「…私は、村人達を怨みます。母を死に追いやった隣の村も、私を殺すこの世界も!それはそれは怨みます。神よ居るのなら私の願いを叶えてください。」



最後は声にならないほどの悲痛な願いを望みながらサシェは生き絶えました。

身体から力が抜け、横たわって眠るようにサシェはその短い人生を終えたのです。




「……サシェ?」


神様はずっと、見ていました。

サシェが死んだその一瞬を見逃す事なく静かに見守っていました。

助ける事はしません。

ひとつに心を傾ける事は神様はしません。

神様は天秤の釣り合い取れなくなる時こそ動くように出来ていました。


それが神というものなのです。

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