第2話 闇医者に悪役令嬢を治療

 俺は外に来た田中に脅して、急いで俺の知り合いである父の専属医である涼宮の元まで向かってもらった。


「それで、どうなの? 涼宮」

「ええ、施術は終了しました。彼女はもう大丈夫ですよ」

「そっか……よかった」


 優男系の医者の彼がはっきりそう言うのだから、信用できるだろう。

 手術台の上で寝転ぶ彼女の顔が、さきほどの青ざめた顔よりも幾分か平常に戻ったのを見て安堵の息を漏らす。

 俺は彼女の頬に触れて、やはり彼女が現実に存在しているんだと再確認した。

 やっぱりマリアンヌは現実にいる、よな……? 

 あんな現象漫画の中でしか見たことがない事例だったけど、事前に知識が頭にあったおかげもあってか冷静に判断できた自分を褒めたくなった。


「道隆様、彼女はいったい何者です」


 涼宮は眼鏡の位置を整えてから、俺を見据えてくる。

 ……下手なことは、言えないよな。


「えっと、俺の友達だよ。コスプレ好きなんだ、彼女」

「普通、病院に連れて行かない所を私の所に来させるということはそういう意図だと受け取りますが、そういう話じゃありません。彼女の体ははっきり言っておかしい……現実離れしている」

「おかしい……?」


 涼宮は重々しげな声で言うのを聞いて、俺は固まった。


「彼女の身体から、赤い薔薇が出たと思ったら急に内臓の傷口が塞がりました……施術した、とは言いましたが、私がしたのは彼女の胸元の傷の縫合だけです」

「薔薇が……?」


 彼女の能力なんて魔法の授業で火を主に使っていたと思うけど、赤い薔薇なんて描写も立ち絵なんてなかったはずだ。強いてあるなら、彼女の家名にドイツ語で赤い薔薇という意味がある程度だ。

 もしかして彼女の能力が彼女自身を守ろうとした……? 設定資料集にでも載っているのか? ゲームのバットエンドでもそんな描写なんて一度もなかったはず。


「私は貴堂家の皆様にはよくしてくださっています。彼女のことは公言するつもりはありません」

「……ありがとう、涼宮」


 さすがに彼に下手に彼女のことを隠すのは面倒だよな。

 けど、今はまだ言わない方がいいかもしれない。涼宮は口が堅い方だから、彼女が目を覚ましてからでも説明すれば問題ないだろう。

 俺はマリアンヌを背負って外で待機してくれている田中の方へと向かって行く。


「ぼ、坊ちゃん! 大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫、平気だよ」


 俺はマリアンヌを後部座席の左側の方に座らせてから、俺は右側の方に座った。

 田中は、心配そうな顔をしつつも運転席に座った。


「田中、出して」

「はい」


 俺は安堵の息を漏らしながら、俺は田中の黒塗りの車に乗り込んだ。

 マリアンヌは椅子に寝そべる形で田中に運ばれて、俺は彼女の頭に膝枕する状態になる……美少女にはじめて膝枕する経験なんて、そうそう得られないよな。

 田中はバックミラーで俺とマリアンヌを見ながら恐る恐る口にした。


「ぼ、坊ちゃん、いいんですか?」

「いいよ、田中もこのことは絶対他言無用でお願いね」

「……坊ちゃんがそうおっしゃるなら」

「うん、それでいいよ」


 胸に宿る感情を誤魔化しながら、田中が運転する途中車が通る途中ある人物が目に入った。大学の、俺をいじめてきた先輩たちの一人の顔が目に入った。

 俺は急いで、フードを被って顔を隠す。


「どうかしましたか? 坊ちゃん」

「……なんでもない、ちょっと寒いなって思っただけ」

「そ、そうですよねぇ、もう秋ですし」

「そう、だね」


 田中に感づかれないように誤魔化して、なんとかやり過ごした。

 とにかく、後はもう家に帰るだけ。

 帰るだけ、帰るだけなんだ。


『はは、キモ。オタク君は本当にだっせぇなぁ』

『『『ギャハハハハハハ!!』』』


 学校や大学に通っていたある日のことが頭に過った。

 先輩たちが、俺を笑っている。俺を、馬鹿にする。

 俺を、玩具にする。俺を、虐めてくる。現実の人間は、あんなにも醜い。


「うぃりあ、む、さま……」


 可憐な声で唇から漏れる王子の名を呼ぶ彼女に視線を向ける。

 ふと、指先で彼女の頬を突く。少し呻いても穏やかに眠っている。

 

 ――二次元のキャラが現実に? あり得ないね。


 と、普段の俺なら妹が好きな夢小説とかの逆トリップと呼ばれる展開に似ている夢だなと笑い飛ばせるはずなのに。

 悪役令嬢なんて、みんな大っ嫌い代表の女の子のはずだったのに。


「……君は暢気だね」


 彼女の髪にそっと指で触れる。

 流れるブロンドの髪は滑らかで、彼女が手入れを怠らなかった証拠だ。手に髪を触れている感触も彼女を運んだ息苦しさも含めて、やはり現実なのだと悟らされる。


「……夢じゃ、ないんだな」


 道隆は、穏やかな秋の日差しを浴びながらこれからどうしようとか考えるのは癒えについてからにすることにした。

 そして、どうしようもなく胸に募る不安を彼女の寝顔で誤魔化して。

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