『秋空に沈む』に寄せて  作:俗物

 この雑文は学祭号の巻頭言あるいは結語のようなものだ。


学祭。正式名称を九大祭という(たぶん)、この祭りはもはや長らく開かれていない。その陰には毎年飽きもせずやってくる台風やら、新型コロナウイルスなんていう教科書にでも載りそうな災禍があったからだ。まあ、一部の人間は大体学務のせいにしがちではある。いや、一理あるのだ。あの学務なんて連中は、クォーター制導入なんていう文部省へのおべっか使いのために学祭を十一月から十月にした。そりゃ、十月は台風の本番シーズンであって、台風さんもどこかの野球選手か北の独裁者のような本塁打やミサイルと競って数を稼ぐわけだ。それで「あー、台風だから残念でしたねー」なんて言うもんだから、そりゃ学生たちも気が収まらない。 


 まあ、こんな確執があったりなかったりして、ここ数年を過ごしたわけだ。確かに、もともとは台風を巡る対応の問題から始まったが、次にやってきたコロナウイルス相手にゃ、もはや協力するほかもあるまい。私はそれが現状なんだと認識している。みんなが不満を抱えながら表面上の笑顔だけで取り繕いながら場を作り上げる、それが学祭なんだろうと。ただ、別にこれは決して学祭だけに特有なものとは言えまい。 


 病禍に見舞われた世界ではどこもかしこも歪みを抱えている。その歪みというものは以前から有ったものだが、これまでは見えないように蓋をされていた。その蓋が外れかけてきているのが現在である。その結果、海の向こうじゃ戦争がはじまり、国内じゃパンっと政治家が殺られてしまったのだ。あるいは野球選手が「けつあな確定」、いや失礼、「けつなあな確定」案件をすっぱぬかれたり、人気俳優が自身の当たり役の演技を夜のお店で披露したり(あれは演技ではないんだっけ)したのかもしれない。そこで今回は、この数年の間に感じたことでも記していくこととしたい。 


 そうはいっても、そんなに書くようなエピソードがあるかと答えに窮するわけである。何せ、この数年は自粛、自粛、また自粛。そりゃ逸話も貯まらない。いや、よしんば逸話を稼ぐような生活をしていたとしても、それを大っぴらに言えば、白い眼で見られるのがこの社会だ。ああいや、決して私はノーワクだの何だののカルト信者でもない。もちろん、統一〇会じゃないしエルカン〇ーレも信じちゃいない。正月には初詣に行き、葬式は坊さんを呼び、クリスマスには何故かお祝いをするような典型的な日本人だ。だからまあ、適度にコロナに不満を持ち、一方でオンラインの恩恵には浴するような人間である。オンラインの恩恵と言えば、寝起きでも講義やら会議が出来るとこだろう。ああそうだ、どこかの「座り込み」もいっそオンラインでやればいいんじゃないか。こんなことをいうと冷笑系だとか言われそうだ。別に自分は茶化すつもりはない、そうすれば全国各地の人が地元でやれるだろって話。閑話休題、閑話休題。


 そのようなオンライン環境あるいは自粛環境のメリットの一つに、「約束を断りやすくなった」ことが挙げられるだろう。友人、知人、先輩、後輩、バイト先。何だかんだの言われて呼ばれるような飲み会だってなんでも、「こんなご時世ですから」、この言葉だけで断ることが可能だった。大学当局だって「こんなご時世ですから」、この言葉一つで学生活動を妨げた。それに対峙するように、ある意味反転した理屈で学生側もオンライン講義を求めていた(いる)のだろう。この国もいつからか、「やられたらやり返す、倍返しだ!」の精神に染まっているように思われる。それもまた流行ならば仕方ないのだろう。ああ、なんと悲しいことだ。こういうのは一般的なことなのであろうが、人々は何か流行(例えばドラマ、例えば漫画、例えばインフルエンサー)に染め上げられていく。そして、流行の沼に沈んでいくのだろう。


 そういえば、今回の学祭号のタイトルは『秋空に沈む』である。我らが文芸部の部誌のタイトル決めは厳正なる投票によって決められている。つまりこれもまた、公募という民主主義的手続きを踏まえたものだ。だからそう、私も異存はない。いや、私は某選手の「けつあな確定」ネタでもいいかなと思ったんだけど。あるいは「おえおう」とか。まあ、今なら引退詐欺だとか何とか、駆け込みのように野球選手の迷言が登場してきたからネタに困らない。こんなことを言うと、心ある部員の皆様に「巨大掲示板でスレでも立ててろ」と怒られそうだ。いや、だからこそここでスレッド風に命題を立ててみよう。


「『〇〇に沈む』←これで思いつくもの何?」


まあ、こういうのはスレッドというより大喜利だし、何ならこれまた「流行りの」うちの学部の先生の講義のネタでありそうだ。詳しくはハッシュタグ付の講義を調べてみてほしい。あれもまた、オンライン講義の型を有効活用した結果生まれたものだといえるか。私自身も楽しませてもらったものだ。


 さて、命題に戻ると、読者諸兄は何を思い浮かべるだろうか。中二病の皆様なら、「闇」とか「漆黒」とか言いそうである。そういった方々はおおかた包帯を左手に巻いて「この封印されし魔手を、いざ解き放つとき!」とかやっていたんじゃないか。え、やったことはないって? それなら今度の基幹教〇セミナーなり課題(出会い)協学でやってみると良い。きっと君も狂人の仲間入りだ。狂人の真似とて大路を走らば何とやらである。それはつまり、正気の状態で締切を超えてこの駄文を連ねる私にも直撃する話。ダメ人間の真似とて締切超えれば何とやら。


 他に命題の答えとしては何があるだろうか。これを講義の大喜利にしてもらえれば、私もこの雑文を書き連ねやすかったな、などと反省している深夜三時の俗物である。さっきの「沼」や「闇」のように何というかマイナスなイメージを持つ言葉ほど「沈む」という言葉には合うのかもしれない。言葉には相性があるのだ、まるで人と人とのように。他の候補だと「水底」だの「地底」だのってのはある。「地底」に沈む、あるいは「溶鉱炉」に沈むになってしまえば、ドラ〇もんだとかターミ〇ーターを思い浮かべるだろう。ああ、ドラ〇もんの地底回として有名な「タレント」という回をご存じだろうか。ご存じない方は調べてみてほしい。あれは、いいものだ。


 「水底」というと、好きな作家である辻村深月の小説に『水底フェスタ』というものもあった。じめじめした陰鬱な村社会と青春の恋愛物語、相反するイメージを持つ要素を混ぜ合わせながら書かれた面白い小説だと思う。あれも良いタイトルだなあって思った。今述べたように読後感も悪い、ただただ陰鬱な気持ちになるのに、タイトルは「フェスタ」=「祝祭」なのである。これがまた良い味を出すのだ。良い小説には良い題名がつく。私には決して持ちえないセンスだ。「けつ〇な確定」なんかを部誌のタイトル案に想起するような俗物には持つことができないものである。


 それに引き換え、この『秋空に沈む』というのは改めていいタイトルである。ここまで述べてきたように、「沈む」のは闇だの底だの暗く低いところにだろう。だが、秋空という―まあ秋空は女心と同じくらい変わりやすいらしいが―、「上」に位置するイメージのものへと「沈む」というのはちぐはぐな言葉なのだ。だが、そのちぐはぐさがいいんじゃないだろうか。ここまで、こんな文章(おそらく読者諸兄はこの前にもこの後にも、この本の中の他の作品に目を通すだろうが)を読まされて、理解不能な人もいるかもしれない。あるいはイライラしているかもしれない。何なら作者たる私自身も冗長すぎて反吐が出そうだ。


 だが、皆さんはきっと普段の読書経験を繰り返すだけでは預かれないような経験をしているとも言えないか。日常ではない非日常、モラルではないインモラル。つまり、「反転」が大事だということだ。そういった意味で、『秋空に沈む』というタイトルは美しいと思った。相反する言葉、本来なら相性が悪いはずの言葉同士を組み合わせることで新たな価値を創出する。それは小説、短歌、詩、そして雑文といった創作物の書き手にこそ許される特権なんだと思う。つまり、我々は発明王になりうる可能性を秘めているのだ。この雑文だっていつも通り、学務への不満からここまで話を展開させてきたわけである。そういうことだって可能なんだ。


 さて、この『秋空に沈む』という学祭号には色々な作品が収録されていることだろう(おそらく私よりも他の作者は締め切りを守っているはず)。きっとそこでは多くの発明者が新たな言葉の価値を創出しているんだ。だから読者諸兄にはほかの作品にも目を通していただきたいなと思う。言うならば、この部誌というものは一種の「フェスタ」であり「祭り」なのである。だから、読者諸兄はお客さんであり観衆なんだ。存分に楽しんでいってほしいなと思うのである。そして、なお「出演者」として楽しみたいのであれば、是非うちに入部していただきたいな、などと思う次第である。最後に一つだけ、私も言葉の相性を逆にした組み合わせを創出してみたいと思う。


 「締切」+「無視」=「雑文あるいは巻頭言」。……ダメかな

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