第19話 嵐前平静
「ァ…………」
狩人の消滅を確認した後、前方へと視線を戻せば……軽戦士は、一体のリビオンに圧し掛かられ、ヌトに腕を抑えられながら、顔面をレテに覆われている状態だった。
そして、傍らに立った両手剣持ちのリビオンが、軽戦士の腹へ――
「ぶ……がッ、ァ……」
――両手剣を突き立てるところだった。
……あっちは、終わりだな。……なら、こっちは、
「ふぐぬっ、ヌヌンンンー!」
もう一人、先ほど盾槍リビオンのチャージによって跳ね飛ばされた重戦士は、既に立ち上がり、体制を立て直しているみたいだが、その間に大斧の柄に取り着いたヌトを引き剥がすことが出来ずにいるようだ。
ヌトに噛み付きながら逃げ回り、盾槍リビオンとの距離を稼ごうとしていた。
「アァアアア?! 援護、援護をくれッ、魔法がッ、使えないィ!!」
そして、煙の向こうでは、魔法使いが必死に叫んでいた。その姿は見えないが、おそらく、ヨルズに集られ齧られ続けているに違いない。
……それも、しばらく辛抱してくれれば、じきに済む。
軽戦士を仕留め終えた剣盾リビオンが、ヌトを引き連れて煙の向こうへ駆けていった。もう一体の両手剣リビオンは、逃げ回る重戦士を追いかけていった。
ハルバードリビオンは、俺の横で防御態勢を取って待機している。
この状態であれば、送り出しても問題ないとは思うが、万が一のこともあるため、念には念を入れて、俺のことを守ってもらうことになっている。
『……んー、スリングの出番は、なさそうだな』
ブラ~ンと垂れ下がったままのスリングには、閃光玉を装填して用意していたのだが、どうやら使うまでもなさそうだった。
とは言え、一発一万Gもする代物だから、使わずに済みそうなのであれば、それに越したことはない。……これだけで済んだのなら儲けものだろう。
別に眷属のためならば、出し惜しみするつもりもないが、そうは言えど煙玉も一万近くするし、ポンポコ使える訳でもないから、使いどころの見極めは大事だ。
そんなことを思いながら、現状を見ているのだが……
『ふんー? 先に、足を止めようかな』
……重戦士が力任せに斧を振り回しながら、逃げ回っているままだ。
大斧の柄に纏わりついたヌトが、重戦士の思う通りに振り回させないように、行動の阻害をしているみたいだが、完全に動きを封じることは流石に出来はしない。
もはや勝利は目前の状況だから、リビオンもヨルズも無理に詰めずにいる。
安全マージンを取りつつ、街へ逃げ込まれないように、着かず離れずの位置で牽制し合っている……と、いったところか。
「くぬぉおおお!! 離れろッ! 近寄んじゃねー!」
『お、丁度良い位置だ』
今、重戦士がいる位置は、丁度、狩人が駆けまわっていた辺りだ。街と煙幕を正面とすれば、俺の左側面の向こう側になる。
つまり、狙える位置にいる。
狩人を仕留めた後の十体のルインは、隊列を組んだまま、夜の空に身を隠しつつ、旋回して飛び回り、俺の指示があるまで待機していた。
『……ここだ』
だから、俺の紫糸によるポインティングを行い、目標を定めて導いてやりさえすえば、すぐさま、目標に向かって飛び掛かれるようになっている。
「あだッ!? いだッ、だだだだだダダダッ?!」
……大きな的だ。あれじゃあ、もう、逃げ回れないだろうな。
重戦士は、あっちへいったり、こっちへいったり、蛇行するように逃げ回っていた。そのせいで、俺に背中を見せる形となり、ルインのほとんどを、その大きな背で受ける結果となっていた。
「くっ、おいィお前ェエ!? いったい、なんの職――ガ、ァハ……」
重戦士は、追いついた盾槍リビオンの一撃によって、地に伏せることとなった。
最後に、視線で仲間を探して援護を求めようともしていたみたいが、もう自分しか残っておらず、さらにデス確定の状況と判断したからか、俺の職業情報だけでも知ろうと質問を投げかけたのだろう。
光の粒子となって消えるその瞬間まで、人差し指をこちらへ向けていた。
『……教えるわけないじゃん、ね?』
そう言って、隣のハルバードリビオンを見れば、
「キィイン」
と、ハルバードリビオンは、構えを解きながら、頷いていた。
『ま、とりあえず、無事、勝てて良かった。……皆もお疲れさん!』
ハルバードリビオンが構えを解いたことで、全ての決着したという証明を得た俺は、四方八方――煙幕が消えた向こうから順に、夜空から、草陰から、そして、プレイヤーが落としたアイテムを拾ってから俺の元へ戻ってきた面々に、次々と労いの言葉を掛けていった。
そうして、眷属のケガはあれど、完全勝利だと知った時――俺は改めて喜んだ。
あのプレイヤーパーティは、企業や団体のロゴが見える位置になかったから、スポンサー付きプレイヤーではないだろうと思っていたが、それでも、決して弱い相手ではないはずだから、という理由もある。
PVPを仕掛ける度胸、それに慣れた雰囲気、そして、勝つ自信があった。
だから、それなりの実力はあったんじゃないかと思っている。Ⅱ以上のランクで構成されたパーティであることは間違いないだろう。もし真正面からリビオンと一対一で戦っていたとすれば、間違いなくリビオンがやられていたはずだ。
本当に犠牲無く、勝利できたことを嬉しく思う。
不意打ちによって、アクティブスキルの発動を潰せたことが大きい。もちろん、使う素振りはあったし、バフのような一時的に効果のあるスキルは発動させていたのかもしれないが、切り札を最後まで発動させなかったのが無犠牲の理由だろう。
やはり……ワカラン殺しは、強いのだ。
人は何がどうなってるか分からない状況に陥るとパニックになるからな。今回の一件で、俺がテイマーだと警戒されていようとも、眷属のコンビネーション技が十分に通用することが分かった。
固定概念からの誤認を生むこと。それが、俺達の切り札だ。
相手は眷属の姿形から、どういった行動を取るかを想像し、予測する。そこを裏手に取ったのが、今の切り札の形になっている。無意識にあり得ないと思わせ、さらに考えそのものを排除させることで、不意打ちが決まる戦法だ。
まぁ、手の内が分かってても、面倒だろうけどな。
でも、あのプレイヤーは考えなかったはずだ。一プレイヤー+四体と思っていた。もし大軍団と警戒していれば、少しは違っていたかも知れない。一プレイヤー+四体+五体+一二体+十体+数十体の大軍団と知っていれば、勝負しなかったかもな。
なんにせよ、大勝利だ。……寂しかった懐も、いくらか温まってホクホクだ。
……だけど、また街に戻ってのんびり売り買いとはいかない。あのプレイヤーパーティがリスポーンすれば、再び、街中で出くわす可能性があるからだ。必要以上に恨みを買うことは避けたいから、極力、特に今は、街を離れることを優先しよう。
さぁ、まずは皆を迎えに行こうか。
そうして、俺達は街を離れ、置いて来た眷属との合流を果たすために、古城方面へと足を延ばした。道行く途中、またしても松明を持った隊列と行き違いになった。それを遠目に確認したのだが、なにやら、行きと帰りで人数が増えていた。
NPCの隊列に加え、おそらく、プレイヤーらしきパーティだ。
隊列の周辺に、疎らに展開するように、点々ぽつぽつとあちらこちらにプレイヤーらしき人達が同じ方向へ、多分、街を目指して進んでいるのだろう光景を目にした。……ただ、それだけだ。それ以外は、道中、何事もなかった。
いや――驚くべきことは、あるっちゃーある。……それも現在進行形で、だ。
『……やっぱ、このスキル便利過ぎんだろ』
何のことか――と言えば、それは【リンクネットワーク】のことを指す言葉だ。
プレイヤーパーティとのバトルにおいても、眷属の連携力が上がっていたし、街から眷属との合流をしようと足を進めれば、言葉に出して命令をした訳でもないのに向こうからこちらへと合流しにやってきたところも、そうだ。
AI搭載しているらしいから、自ら考えて行動すること自体は、普段からあることだが、【リンクネットワーク】によって意思や思考、それに命令を乗せて飛ばすことも出来るようになっているようだ。
合流した際、命令なしに勝手に行動したのかと思ったが、そうではないらしかった。俺の意思が伝わったことで、ヨルズの索敵警戒網を敷きながら、安全を考えて行動し、尚且つ、それが分かっていたからこそ、こちらへとやってきたらしい。
それだけでも、十分に便利なスキルだと思ったのだが……
『【チャージ】が乗るって……どーゆーことよ』
……張り巡らされたリンクを行き交う光を目で追って見ている今も、そう思う。
【リンクネットワーク】に乗るというか、パスするというか、【チャージ】を発動させれば、自動的に必要としている眷属へと届くようになっているのだ。俺が目で見て、対象を指定せずとも、眷属同士が勝手にやり取りしてくれる。
つまり、俺がスイッチで、スキルが配線、眷属が電子機器みたいなことだ。
そして、俺のニート状態に拍車が掛かってしまったという訳だ。戦闘中も、眷属同士が強化や回復などをしてくれるお陰で、相当、楽をさせてもらっている。この二つのスキルの組み合わせは、とても便利だ。便利過ぎると言ってもいいくらいだ。
『最高だ。嬉しい。……うん。嬉しい』
……だけど、もっとやることが欲しいとも思う。
『ふーむ。……どうしよう』
左を見れば、従者スルトの一体が料理をしている姿がある。そして、右を見れば、もう一体の従者スルトが錬金術セットを使って、俺のスリングの弾薬生成をしている。さらに、後ろでは武器の手入れをしてくれているスルトもいる。
……それにしても、なんだろう。この状況は。
元々、料理は、従者スルトにしてもらうために鍋やらを揃えたさ。そんで俺の暇な時間を用いて、生産技術を上げるために錬金術を用意したけど、まさか、もう一体の従者スルトがやりたいって言い出すとは思わなかったよ。
……武器の手入れも、似た流れで、渡しちゃったし。
だから、子スルトよ。俺のスリングを返してくれないか。石ころポイポイしてるのが楽しいのか知らんが、それは俺の武器だぞ。もしかして、お前もなのか? ……ていうか、なんか、もう、俺よりうまくなっちゃってない?
……だとしたら、もう俺は、小石投げくらいしかやることないよ?
「チュチュ!」
あ、先ぶれのヨルズが来た。ということは、やっと俺の御仕事タイムだ。
耳を澄まして、辺りを確認してみれば、遠くの方からガッシャガッシャザッザカザッザといった足音が聞こえて来ていた。……俺は、その方へと急いで駆け出し――たい気持ちをぐっと抑えて、ただ役目の時を待つ。
そうしていると、甲冑のパーツを抱えた眷属の姿が見えた。
『良くやった! よし任せろ! 【テイム】!!』
眷属が運んできたばかりのリビングアーマーに向けて、紫糸を飛ばす。
これが今の俺の役目だ。それ以外は待機だ。駆け寄ったり出歩こうとしたら、従者スルトに止められるから途轍もなく退屈なのだ。……俺が動けば、料理やら錬金術やら手入れやらの全ての行動を中止して着いて来るから、仕方ないんだけどさ。
≪リビングアーマー――を、テイム致しました≫
『よし、これからよろしくな!』
これで俺の役目はお終いだ。そしたら、また再び、待機時間が発生する。
これが今の俺の役目だ。運び込まれるモンスターをテイムするだけの簡単なお仕事だ。もしモンスターリポップ数増加イベントが、ゲーム内時間でいうところの深夜零時から始まっていなければ、もっともっと退屈していたことだろう。
それにしても、ここまでプレイヤーの姿が見えないとはなぁ。
何故だか、古城、敷地内、旧市街地のそこかしこにいたはずのプレイヤーが居なくなってしまっていたから、ここぞとばかりに眷属を増やすことにしたのだが、こうも緊張感がないのも如何なものかと思わなくもなくなってしまっている。
それもあって、暇を持て余す時間が多いのだ。
とりあえず、本当の意味で手持ち無沙汰にならないように、小石を拾ってジャグリングしてみたり、ポイポイ投げて的当てしてみたりして、投擲技術を磨いてる状況ではあるんだけどさぁー……。
「コツコツ」
『ん? あぁ、味見ね? あー……』
俺が口を開けると、従者スルトが木のスプーンを差し入れてくれる。すると、ほんのりとした風味と塩気が口の中に広がる。……今日も、いつも通り、木の実と薬味入りの乾パン粥だな。
「……コツ?」
『ふむふむ、うんうん、良い感じ! 美味しくできてる!』
スルトは舌のないから味見こそ出来ないが、もう何度も作ってるだけあってか、塩加減を間違うこともなく、整った味わいになっている。
木の実と薬味のアクセントもあって……まぁ、美味いかと言われれば、それなりだけど、でも、なかなか悪くない味になっている。栄養がありそうな味だ。
あり合わせの食材で、これだけのものを作ってもらえるのは有難いことだよな。それに、スルトが料理してくれるようになったお陰で、もう堅い乾パンに苦戦することもなくなったし、色々と感心している。
「コツ」
『ありがとー……んじゃ、頂きます!』
俺は木の碗によそってもらった乾パン粥を受け取り、早速いただくことにした。
『フーッ、フーッ、……んぐ、もむもむ、……グー!』
温かい粥を一口頬張り、親指を立てて見せると、従者スルトは胸の前で手を組んで喜んでいた。いまや食事時の定番となった光景ではあるが、そんな姿を見た俺は、いつも、なんだか懐かしさを思い起してしまう。
【Evernal = Online】を開始してから、人との関わりが無くなったからなぁ。
そういや……もう随分と下にも降りてないよなぁ。バイト辞めてからも、ご厚意でずっと賄いを食べさせてもらってたけど、ゲームが始まって以来それっきりだ。今の食生活は健康にも良くないだろうし、たまには時間を作って食べに行こうかなぁ。
『……皆、どうしてんのかなぁー?』
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