第18話 危険生物
都度思うが、やはり、この【Evernal = Online】の世界観には感心させられる。
俺達プレイヤーが来る以前より、この世界に異邦人が頻繁に異世界から現れるという設計になっている。それ故、人間と変わらないような動きをするAIが搭載されているNPCとの軋轢も生まれにくくなっているらしい。
この世界に住むNPC――人間の各種族や亜人などの種族は、もともと他の世界から、この世界に導かれてやってきたとされているため、ゲーム開始時にプレイヤーが一斉に現れたとしても、あまり異変と捉えることもないようだ。
そして、ゲーム開始以前に、GMなどの管理者が世界的指導者として存在したという時代設計もなされており、さらには神託が下る――システムメッセージやアナウンスなどの事柄にも平然と対応するようになっている。
つまり、その設定のお陰で、プレイヤーが別世界に自然と入り込めている訳だ。
NPCは俺達プレイヤーを自分達と同じように生きている人間と認識し、プレイヤーはNPCをNPCと捉えながらも、そうと思わず、まるで別世界に住む人間と捉えることが出来るようになってもいるのだ。
だから、好感度システム……と、言えば、それまでだが、各NPCにおいて友好関係を築くことも、彼氏彼女の恋仲になることも、夫婦としての婚姻関係を結ぶこともできるようになっている。
それに噂……というか、開発の裏話として暗に触れられていた一文では、プレイヤー間に加え、NPCとの間に子供を授かることもできるようだ。もちろん、生まれて来る子供は、当然、NPCとして生まれてくるらしい。
「ふっざけんじゃないよ! アタシんことは本気じゃなかったってーのかい?!」
そんな【Evernal = Online】は、無限の可能性を秘めているようだ。
「い、いや、本気本気ッ! だから許し――」
「――死ねッ! どっかで野垂れ死んじまいな!」
「あっ、ヤメッ、ぐボッ、……ぶべぁあー……」
「ふんっ! 二度とアタシん前に顔見せんじゃないよ!」
神殿から街の外へと向かう通り道……何の気なしに、近いからという理由で色街を通りがかると、男女のいざこざを目にしたのだが、俺はたまたま【Evernal = Online】の素晴らしい一面が垣間見える場面に遭遇することが出来た。
こんな修羅場を見るのは、初めてだった。
今しがた怒り狂った女……おそらくNPCだろうが、その女に蹴り飛ばされた拍子に壁にブチ当たって死んで――塵となって消えてしまった男は、どうやらプレイヤーだったようだが、俺にとって良い学びを与えてくれたと思う。
気を付けよう。そう、気持ちを引き締める良い切っ掛けになった。
『……まだ、着いて来てるか?』
「チュ!」
……基本的に、NPCがプレイヤーを街中で襲うということはない。まぁ、それが賊相手だとかならば例外としてはあるが、そこは現実と同じようなものだ。この世界にもある程度の法があり、それに準ずることになる。
しかし、殺しても死なないプレイヤーに対しては少しばかり緩くもある。
先のNPCはプレイヤーを消し飛ばしてしまったが、罪に問われることはないはずだ。もしかすると憲兵に言えば、それなりの対応はしてくれるのかもしれないが、あの場合は男女関係もつれとして不介入を決めこまれることだろう。
だが、暴力行為や強盗などの悪事は、流石に取り締まり対象になっている。
だから、こちらからケンカを吹っ掛けるとかしない限りは、NPCがプレイヤー相手に何かしてくることはあまりないはずなのだ。それこそ、1stエリアは治安も良いらしい。故に、格上NPCが住む世界でプレイヤーがノビノビ出来ているのだけど。
(……多分、NPCじゃないっぽいな。でも、いつまで着いてくるんだ……?)
これじゃあ、おちおち、雰囲気を味わうこともできんなぁ。
ゲーム開始から約九日間、明日の昼で十日目を迎えるが、これまでずっと忙しなく過ごしてきた。それこそ、この素晴らしい世界の街や人の情景をじっくり眺めることもないくらいに走り回っていた。
そのため、街に立ち寄りがてら、雰囲気だけでも味わおうとしていたのだが、ずっと俺達の後をつけて来ているヤツらがいるせいで、移動の間の僅かな時間、せっかくの暇を楽しむこともできなくなってしまっている。
こうして街の外を目指している間も、いつかはこの世界観をゆっくりと満喫したいと思う気持ちをぐっと堪えながら走ってはいるが、ソイツらのせいでそんな気持ちさえも鎮めることもできなくなっている。
それに警戒しているから、通りの筋を覗くことも、角を曲がるかどうかも、いちいち気にしなけりゃならないのは、ほんとうに面倒だ。特に、あまり長居しない街中の光景は、こういった機会に良く眺めて、もの恋しさを紛らわせておきたいのにさ。
あー、もう、街の外だ。……やっと着いたとも思うけど。
(ほんとスタミナ回復中、気が気じゃなかったわ……)
こっちからしたら、いつ襲ってくるか、分らないからな。
多分、あれは経験値稼ぎと強奪目的だろう。俺の眷属を見てモンスターだと分かった人が警戒してついて来てるのかと思ったけど、それも違うみたいだしな。どちらかと言えば、バレたから着いて来てるっぽいしな。
俺が憲兵に従魔証を提示したところを、見られてたみたいだし。
それにドロップアイテムを沢山売って、買い物を沢山してるところも、見られてたっぽいしさ。それで、暇なのか、訳があるのか、わざわざ神殿まで着いて来たらしいんだけどさ。……ほんとヨルズが教えてくれて良かった。全然、気づかなかったわ。
『すみませんー。外に出まーす』
「うむ。……通れ」
『ありがとうございますー』
街の外へ出るために、憲兵に声を掛け、開けてもらった扉を通る。
そしたら、……ダッシュだ。
眷属が共に走る音が横に聞こえ、その後ろで扉が閉まる音が微かに聞こえた。
(……どうだ? まだ着いて来るか?)
角を曲がるときにチラッと見てみたが、着いて来てたのは四人パーティだった。
その装いから、大斧持ちの重戦士、片手剣持ちの軽戦士、弓持ちの狩人、両手杖持ちの魔法使いの、ランクⅡ~Ⅲ辺りの男四人の攻撃型プレイヤーパーティだろうと判断したが、……どうだろう。
「チュ!」
並走するヨルズから、知らせが入った。
『あぁー……これは完全に狙われてるな』
街の外でなら、プレイヤー同士が争おうとも、憲兵がとやかく言ってくることもない。だから、おそらく、あのパーティは、このタイミングを狙ってたんだろう。
『やるしかないな』
走ってもいずれは追い付かれると、そう決心をつけた俺が、立ち止まり、振り返る……すると、扉を抜けたばかりの四人組が、こちらを指さし、そして、向かって走って来た。
『ヨルズ……これを持っておけ。……後は、いつも通りに』
俺は迫るプレイヤーを目に捉えつつ、ボソリと命令を呟き、インベントリから購入しておいた太い釣り糸の一束を草むらに落とした。
そして……、草むらに潜んだヨルズが咥えて走りさっていく音を聞きながら、右手首に巻き付けたスリングを解き放ち、左ポケットから取り出した弾薬を装填した。
更に、空いた左手を、左のポケットに差し入れて身構える。……そうした頃には、俺を守るためのリビオンの防御陣形が前方で組まれていた。
「あっれー? もしかしてバレちゃってた?」
「お前が騒ぎ過ぎたからじゃね?」
「いやいや、それはないっしょー」
俺達の戦闘準備は万全だった。それを見た四人は、ヘラヘラとした表情を浮かべながら、武器を取り出していた。……やっぱり、友好的に話し合う気はないらしい。
『……何の用ですか?』
とは言え、一応、念のため、声を掛けて見ることにした。……すると、
「あー、急にゴメンねー? 君さぁ? テイマー? それとも死霊術師? でも、サモナーじゃないっぽいよねー? そこんとこどうなのかなーって」
そう言って革装備の軽戦士が、片手剣の先を向けながら質問を飛ばしてきた。
フラフラと距離を詰めながらだ。……後ろの三人も、身構えながらジリジリと来ている。質問の答えなんて興味がないのか、分かり切ってるのか、そんなような雰囲気で少しずつこちらへと近寄って来ていた。
何処からどう見ても、間合いを詰めようとしているのが……見え見えだった。
だから、俺は左のポケットに突っ込んでいた手を抜いて、
『これが――答えだッ!』
取り出した煙玉をヤツらの前方へと放り投げた。
ポーン――と、放物線を描いた煙玉がヤツらの足元に転がり、
「なっ!?」「おん?!」「あっ?」「ただの煙幕だ! ヤレ!!」
フシュッ――と、煙が巻き上がる。それが合図となり、ヤツらは動き出した。
『――迎え討てッ、リビオンッ!』
「「「「ォオオオン!」」」」
ガキィン――と、金属のぶつかり合う音が響く。煙の中から飛び出した軽戦士の振るう剣がリビオンの盾に当たった音だ。
「煙幕なんて効くかオラ!」
軽戦士には、盾と剣持ちと両手剣持ちのリビオン二体が向かい、もう二体の盾と槍持ちとハルバード持ちのリビオンは俺を挟むように立って備えていた。
「いくぜいくぜーい!」
次いで、煙の中から現れた重戦士は、大斧を振りかぶっていた。しかし、俺の隣に控えていた盾槍リビオンのチャージによって――吹き飛んだ。
「ぶっぐお?!」
「おい、なにやって――うぁわあああ!? キッメェエエ!」
転がる重戦士に気を取られた軽戦士が、次にリビオンに視線を戻した時、目の前に迫る触手――リビオンの兜の口元から溢れ出るレテを目の当りにして、恐れ慄く声を上げていた。
「そっち、どうなって――ぐふぅ!?」
「バカッ!? 何コケて――いっ、痛ッ、ナ、ナンダコレエェ?!」
戦士二名が態勢を崩している一方で、煙の向こうからは、ドサァ――と、魔法使いが地面へ倒れ込んだのだろう音と、狩人の悲痛な叫びが聞こえて来た。そのどちらも、ヨルズによる奇襲が成功したという合図だった。
魔法使いの足を取ったのは、釣り糸だ。ヨルズに両端を咥え走らせて、即席の罠を作らせたのだが、思いのほか、上手くいったみたいだ。草結び然り、ちょっとした段差然り、人間は足を取られると簡単にバランスを崩すというのは本当のようだ。
もう一人の狩人は、弓と矢筒しか持っていなかった。だから、ヨルズの格好の餌食となってしまっているのだろう。……必死にヨルズを手で払い退けるようにしつつも、集られながら駆け回る姿が、煙の左側から現れた。
『ルイン、並べ……』
駆け回る狩人の姿を捉えた俺が、ヌトのフードに隠れ潜んでいたルイン含め、十体全てに指示を出すと、ルインは一斉に羽ばき、俺の頭の上で隊列を組んだ。
『……そこだ』
俺は狙いを定め、左手の人差し指を、駆け回る狩人に向けた。
そして、すぐさま、狩人の胸元へと向けて――紫糸を放った。
ここでは、敢えて【テイム】とは呟かなかった。あまり意味はないかもしれないが、俺がテイマーとバレる確率を少しでも減らすためだ。それに、もうランクアップによって、発言せずとも発動することができるようになったからだ。
ランクアップを実感して理解することも多い。
紫糸が届く距離も伸びているだけでなく、さらには目標に向かって伸びる速度も上がっていた。思えば、一度に飛ばせる紫糸の本数が増えていたのも、強弱付けられるようになっていたのも、ランクアップの影響によるところなのだろう。
その紫糸が……狩人を捉えた。
試したことはないが、人間を、ましてや、プレイヤーをテイムすることなんてできないことは百も承知だ。それが出来てしまえば、プロゲーマーになるという夢を叶えるのも、何のことはないだろうが、今回は、それを試すのが目的ではない。
この紫糸は、ポインティングのためのものだ。
ミサイルをここに打ってくれと要請する場面を、映画やゲームなどで目にした事があれば、大体のことを察することが出来るはずだが、……あの狩人の、必死の様子では、今、何が行われるかなんて、予想も出来てはいないだろう。
『行け……ルイン』
俺がそう呟けば、夜目が効かぬ小鳥の羽ばたきが、一斉に遠ざかっていく。
ルインは、俺が指し示すただ一点を目標にして、折れ曲がるような軌道を描きながら、上下左右複雑に隊列を組みかえ、突き進んでいった。
それは、まるで、稲妻が迸るかのようだった。
「ッ――ギィ、ァアアア゛?! 痛ッ――死ぬシヌシヌゥウウ?!」
数体のルインが見事、狩人を捉え、絶叫を上げさせた。
十中八九……とは、いかないまでも、ルインの半分は、その鋭い嘴を突き立てることに成功しただろう。狩人はヨルズを払おうと駆けまわっていたせいで、ルインの急接近に全然気付けなかったようだ。
そして、突然の衝撃に驚き、その拍子に転倒し、状況が理解出来ぬまま戸惑い、痛みに焦り、混乱しながら、野原の上でのた打ち回ることしかできないでいた。
そうなれば、もう……ヨルズの餌食になるしかないだろう。
「クッ、ソッ、ガアァア゛ァ゛ア゛アァァァ……」
これで……残すところは、後、三人だ。
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