第16話 未来運勢
『――ハッ!』
やってしまった。勢いに任せて捕まえてしまった。
『ぉ、ぉお、ぉおおおう……』
あぁ、水濡れ状態でも、可愛い見た目だ。
表側の羽と頭から背に掛けては黄色く、内側の羽と腹は白い色をしている。
遠目にダガーバードを目にした時は、その尖がった鋭い嘴からキツツキのようだと思ったが、手に取って良く見てみると、それは強ち間違いでもなかったらしいことが伺える。
そのダガーバードという名に相応しい平たい嘴が前へと突き出ている。
大きさは、嘴から尾羽の端まで入れて……15cmくらいだろうか。
「……ピッ?」
両掌に抱えていると、その小さな瞳と視線が合ってしまった。
あ、あぁ、こんなの、愛着が、……湧いてしまうじゃないかぁああああ!!
『――ぐはっ』
もう駄目かもしんない。
抑えられていた欲望が咄嗟のことで解き放たれてしまったせいだ。飛行生物はテイムする予定ではあったが、テイムするのならなるべく愛着が湧き辛い見た目をしたモンスターを選ぶつもりだったのに、こんな可愛い小鳥を捕まえてしまった。
『……ぐ、これから、……よろしくな?』
衝動的に捕まえることになってしまったが仕方ない。せっかくリビオンとレテが捕まえてくれたのだし、これも何かの縁だと思うことにしよう。
「ピュル!」
……本当のことを言えば、捕まえたかったんだしな。
死なせるのが嫌だという理由で、なるべく愛着が湧き辛いモンスターをテイムしていたが……とは言え、気付かない振りして目を瞑っているようにしてきたが、実際のところはヨルズからスルトにヌトにリビオンと愛着を持ってしまっているものな。
……レテも、そうだ。最初は見た目にビク付いてたけど、すぐ慣れたしさぁ。
昔から、そうなんだよな。虫嫌いの癖に、部屋の一角に巣を作った蜘蛛も、目にするうちに親近感が湧いちゃったりしてさ……それにカラスも、カエルも、そうだ。気味悪がってても、なんだかんだ言ってるうちに可愛く思えてきたりするんだよな。
……んー、自分で言うのもなんだけど、俺ってチョロいのかもしんない。
『あ、そうだ。……リビオン、レテ、サンキューな?』
「ンパッ」「ォオオン」
俺が、そう言って礼をすると、二体は嬉しそうに返事をしてくれた。
この二体が行動を起こしてくれなかったら、俺はこのダガーバードを捕まえようとはしなかっただろう。……成り行きでこうなってしまったが、喜ぶ二体の姿を見た俺は、これはこれで良かったのかも知れないと、心の底から思えていた。
だけど、でも、だからと言って、これからモフモフ路線へは行かないぞ!
俺は、そんなふうに改めて決意を固めつつ、今は亡き愛犬が死んでしまった時のことをうっすらと思い返しながら、唯一身につけている布である肌着の裾でダガーバードの水気を吸い取ってやっていた。
『……あー、そろそろ服も買わないとなぁ。まぁ、街に帰った時にでも考えるか。……よしっ、これでいいかな。粗方の水気は拭えたけど、どーだ?』
ダガーバードを掌に載せて様子を見れば、
「ピューゥ」
と、一鳴きして、高速で羽を動かして、俺の目の前で滞空状態になった。
『ぉお、もう飛べんのか。……あのさ、お前の、その嘴ー、結構鋭いけどさ。その嘴で、どんなふうに獲物を取るのか見せてくれないか?』
「ピュ!」
俺がそうお願いすると、ダガーバードは空へと飛び立って行った。
実際のところ、大体の想像はついているが、確認しておきたい。と、言うのも、興味があるのは本当だけど、呼び名を決めるための参考にしたいのだ。
突然テイムすることになって呼び名の用意もしてなかったし、またウンウン唸りながら悩むのも嫌だし、良いインスピレーションが湧かないかなって思ってのことだ。
「ピューゥ!」
お、準備が出来たようだ。三十メートルくらい離れた位置で滞空している。
『おーう、いいぞー! でもーっ、くれぐれも気をつけてなぁー!』
手を振って、合図を出してやる。……すると、ダガーバードは、
「ピュ――」
……こちらへと向かって、
『ン?』
物凄いスピードで突っ込ん――
『――んぉおおおおおおう?! って――ぇえええええええええええ?!』
俺の立つ、横の木に、……ブッ刺さった。
「ピュユユユ~ン……」
そして「こんな感じ」と言っているのか、ダガーバードは木に嘴を突き立てたまま上下に揺れていた。……それは、アメリカのカートゥーンアニメーションで見るような光景だった。
ビヨヨヨヨーンと鳴る楽器、海外のバネ製ドアストッパー……さながらに揺れていた。見ようによれば、そういうふうにも見えるかもしれない。
『……す、スゴイな? 首は大丈夫なん……だよな? そうだよな』
「ピュ!」
『へぇー、結構深く刺さってたっぽいけど、意外とあっさり抜けるんだな』
「ピューゥ」
ダガーバードはそう自慢げに鳴くと、俺の掌の上に落ち着いた。
……どうやら、この小鳥は物凄いポテンシャルを秘めているらしい。そのことが分かった俺は、幾つか頭に浮かんでいた名付けを払い退け、相応しいと思える名前を改めて考えることにした。
あの攻撃の印象は、ダガーというより……槍だと感じた。
だから、そこから、何か良い名前が無いかと思案していたところ、
『……ルイン』
ふと思いついたのは、その名前だった。
『お前の呼び名は、ルインだ』
「ピュ!」
『じゃあ、改めてルインよろしくな!』
「ピューゥルル……」
ルインは、その名前を気に入ってくれたのか、俺の周りをぐるぐると回りながら飛んだ。
「……ルルルル!」
『お、おぉ、落ち着け、落ち着け』
……飛ぶのはいい。が、嘴が常にこっちを向いていて、俺の柔肌にブッ刺さらないか、内心、戦々恐々としてしまう。俺が落ち着かないから、掌を恐る恐る差し出すと、そこへすんなりと収まってくれた。
「ピュ!」
『うし、じゃあー、予定は変更? というか、ちょっと先延ばしにして、ここで少しの間、レテとルインの仲間のテイムをするか。……容量のこともあるけど、後は野となれ山となれだ!』
ルインをテイムしてから、少しずつ頭の中で未来のビジョンが膨らんでいっていた。……俺は、そのドキドキとワクワクに忠実になることにした。
それからは、ヨルズにレテを探してもらい、スルトとヌトに周辺の敵モンスターの駆逐を任せ、リビオンとレテのコンビネーション技を活用して、レテとルインの仲間の確保に勤しむことにした。
そうして……
『よっしゃーあ! レテ十二体、ルイン二十体のテイム完了だッ!!』
……丸二日間掛けて、大量テイムすることに成功した。
レテの方は定期的に安定してテイム出来たが、ルインの方はなかなか苦労した。
空を飛ぶ姿は良く見掛けるのだが、木に留まって休んでるところしか狙えないせいだ。しかし、夜になると木に留まって落ち着くということに気付いてからはテイムペースが爆上がりした。
それもあって、二十体という数を二日間でテイムすることが出来たという訳だ。
これで、我が軍勢に纏まった航空戦力が加入したことで、大幅に戦力も上がったと思う。沼地でのテイム活動を終えた時点で、街での予定を進めるよりも遅らせてでもテイムに時間を費やして良かったと思えていた。
何故なら、ルインは必ず活躍すると確信に至っていたからだ。
俺は、早くその機会が訪れて欲しいような欲しくないような、そんな気持ちを抱えながら、遅らせた予定を進めるために街へと向かっていた。
『ふふふーん、ふんふふーん♪』
俺は、もうそこらのプレイヤーに怯えることがなくなっていた。
いや、実際に襲われるなんてことはゴメンだが、それでも戦力強化が出来たという理由と、数日プレイヤーを見掛けない場所へと遠征に行っていたお陰で、PVPすることがなかったから、心にもゆとりが出来ているのだ。
それに、知らぬうちに、この島の状況も変わっているようだしな。
今までは、これから戦闘をしに行くつもりだろうプレイヤーだと、遠目に見掛けても分かる装いのプレイヤーが多かったが、街に近づくにつれて生産職だろう装いのプレイヤーが増えているような気がした。
斧とか鋤や鍬などの農具だったり、草花の入った籠を背負っていたりする。
それ自体、たまたま偶然ってこともあるだろうけど、それらのプレイヤーから感じる雰囲気を見れば、状況の変化に気付けるだろう。今の俺と同じようなのんびりリラックスしているような雰囲気を醸し出しているのだ。
つまり、その様子から戦闘職の母数が減って安全性が増していると推測できる。
生産職志望は狙われやすいから、護衛を雇ったりもするみたいだが、そんな護衛を連れて歩く人の姿も見えない。だから、俺の推測は、強ち間違っていないと思う。それに、戦闘職は先日発表されたイベントの方に気をとられてるだろうしな。
こんな島にいるよりも、本大陸へと移りたい人が多いはずだ。
『……ん? なんだあれ?』
街まであと少しというところ、門の方に松明を明々と焚いた集団が見えた。
……その数、二、三十人はいるっぽい。
月灯りでも十分に草原を見渡せる程度の明るさがあるというのに、何の為の松明だろう。その集団がゾロゾロと、列を伸ばして、……古城の方だろうか、歩き出した。
『……ぇ? 古城に行くつもりか? ……あっ、ぶねぇー』
古城で集団狩りでもするつもりなのだろうか、と、頭に過った瞬間、冷や汗が湧いてくるような感覚に襲われた。
というのも、もしかすればバッティングする可能性があったからだ。
それに行進は目立つからと、少数精鋭で街に向かうように部隊を二分していて良かったと心の底から思った。
もし、全員連れて来ていたら、どうなっていたことかとヒヤヒヤした。
今は眷属を二分してリビオン四体と、その内部に十二体のレテ、俺とリビオンが羽織るためのヌト五体、それに十体のルインを連れている。
の、だが、それほど目立たない分隊で来て正解だと思った。
俺自体、ブカブカのヌトを羽織って、両肩と頭、それにフードにルインを入れて歩いているから、見られれば目立つは目立つが、遠目からでは分からないだろう。
『……それに従魔証、ケチらずに四つだけでも買ってて良かったぁ。……お前達、もし何かあったら、それを見えるところに出すんだぞ?』
「「「「ォオオン」」」」
既に前もって言いつけているが、改めて、念には念を入れて指示を出しておくと、リビオン四体が唸るような返事をした。
従魔証があれば、あの軍団がNPCだったら牽制できるからな。
モンスターの姿をしていても、所有者がいるモンスターを害せば犯罪になったり賠償責任が生まれたりするから、普通のNPCは攻撃してこないらしいし。
だから、街の中でモンスターが歩いたとしても大丈夫なのだ。
だけど、プレイヤー同士のやり取りは好きにしてくれって感じらしいから従魔証があってもプレイヤーには通用しなかったりする。……NPCの賊もだけどな。
普段、従魔証は隠すようにしてるのは、テイマーがいるとバレたくないからだ。
しかし、こういう時のために買っておいた。以前、街での買い出しの際に、眷属全員分の従魔証を買うことは出来なかったが四つだけは用意しておいたのだ。
『……でも、寄ってくることもないし、大丈夫そうだな?』
遠目から見れば、リビオンは只の人に見えるからな。それに五人パーティ程度の集団は、ざらに見掛けることもあるから、気にも掛けないのだろう。
それに、古城へ向かうのなら、もう一つの分隊も大丈夫だろう。
古城に来るプレイヤーの数が多かったから、敢えて別の隠れるのに良さそうな場所を探し出して潜伏するようにしたからな。
一先ずは、安心である。
『……ふぃー、大丈夫大丈夫』
俺は、そうして、息をなでおろしながら、そのままの足取りで街の門の方へと向かった。……出入りの際の検問も、プレイヤーと従魔なら難なく通れるはずだ。
もうすぐ、もうすぐだ。
夜でも門の横の小さな扉を叩けば、憲兵が扉を開けてくれて、自由に出入りできるのはゲームの設定上そうしているのだろうけど、本当に有難いことだ。
後は、あのクソ長い道を行ってクソ高い神殿まで登るだけだ。
……いや、やっぱ人目は気になるが、でも、階段はリビオンにおぶってもらおう。街に来るまでの道中も、そうしてもらってたんだし、その方が早くていいだろ。
流石に街周辺は警戒する必要があったから、歩いたけどさ。
もう無理なんだよ。あの階段を上り下りするのはさ。大人ならホイホイ登ってけるだろうけど、俺の足の長さじゃあ一段二、三十cmもあるような階段は登れない。
途中で這いつくばるようになるくらいなら、おぶってもらった方がいいだろ。
リビオンは意外と力持ちだし、俺一人くらいなら、なんとかなるはずだ。道中、俺が持ちきれなかった分のアイテムを持ってくれてるけど、先に売れば良い。
そしたら、重量も問題ないはずだ。……よーし、そうしようそうしよう。
『さぁ、着いたぞ。……久しぶりの〈アストロスの街〉だ』
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