第15話 胎動蠱惑
『うへぇ……』
これからテイム予定のイービルワームを目の当りにした俺は、その見た目に気圧され、怯み、躊躇してしまっていた。
洗濯ホースくらいの太さの身体を持つ黒いミミズが何匹も寄り集まって、バレーボールほどのサイズに纏まっているような見た目をしていたからだ。
それは幾つもの頭をもたげてキザキザの歯を覗かせていた。泥で汚れたような黒灰色の身体には、赤い血管のような筋が幾重にも走っている。さらにはヒルのように一本一本の身体が脈打つ度に、その赤い筋が浮き上がって見えた。
その名の通り、邪悪を思わせる見た目だ。
腹を掻っ捌かれた悪魔のハラワタが地上へと這い出てきて、そこで恨みがましく動いている――というような、フレーバーテキストが付けられていても、全くおかしくない……と、そこに居るイービルワームを目にして思ってしまう。
しかし、名の由来は、その見た目から取って付けられたものではないらしい。沼地に入った者の足を取って転ばせてヒルのように噛みついて血を吸うから……と、いうところから邪悪な虫として、イービルワームと呼ばれるようになったみたいだ。
『うっわぁ……』
リビオンやスルトは恐れることも気味悪がることもなく沼の中へと入って行った。そして、イービルワームを取り囲み、長柄武器を使ってのたうつ身体を掬い上げ、テイムしやすいように持ってくれたのだが、……たまらず、身を引いてしまった。
『でも、よ、よし。……テイ、えぇ……、なんか、ネットネトしてない?』
いざ、テイムしようと手を伸ばすと、イービルワームはヌタウナギさながらに、ヌルヌルネトネトした液体を口から滴らせ、こちらへと身体を伸ばしてきていた。……それは、まるで、昔見た映画の宇宙生命体みたいだった。
『う、うん……やっ、やるぞ。……【テイム】』
この姿は武器になる――そう、気を取り直して、恐る恐る手を伸ばした。
そして、どこを狙えばいいか分からないから、とりあえず触手のような身体が絡まり合っている部分へと向けて、五本の紫糸を伸ばすことにした。
すると、イービルワームは――
ビクンッ! ウネウネウネウネウネ……と、身体を激しく動かし始めた。
『ひっ、……ちょ、こっち来ないようにっ、ちゃんと抑えててな?!』
身体は半身どころか、ほとんどが後ろを向いてしまっていた。首を横に、目線の端に映るイービルワームの様子を伺いながら、それでも俺は――早く掴まってくれ、と、念じて力を込めた。
……イービルワームは、下等に類するモンスターだ。
モンスターにもランクという概念が存在し、1stエリアにおいて、リビオンは下級中位、スルトやヌトは下級下位というふうに類されているが、イービルワームは級に属さない下等というランクのモンスターとされている。
端的に言ってしまえば――雑魚ということだ。
これはヨルズも同じで、虫や小動物などの極小生物や環境生物に充てられる等級で、ヨルズは下等下位――モンスターとしてギリギリなんとか戦闘力を持つとされる分類のランクだ。
そして、イービルワームは下等上位のモンスターだ。
現実世界で言うところの毒を持たないヘビくらいの危険度だろうか。油断していれば噛みつかれて痛い思いをするが、それでも命に関わることは滅多にない程度の危険度だと思う。
この世界の情報機関でもあるギルドでは、そう言われているらしい。
攻撃方法も、血を吸う位のもので、沼に溺れなければ死ぬことはないし、力強くで引き剥がせもする程度の拘束力しかないらしい。粘液や足を取って転ばせている間に、血を吸うというだけの、ちょっと厄介なモンスターだ。
だから、苦戦することもなく、すぐに捕まえられるはずなんだが……
『まだァ?! もうどんくらい経った?! てっ、手強いぞ?!』
いや、冷静に考えてみれば、まだ数秒しか経っていないことは分かる。
しかし、その見た目の恐ろしさから、ものの数秒が――数分にも感じられた。だって、今にも……バビューン! って、伸びて飛んできそうだから、気が気ではないのだ。
『フゥー! フゥー! ッフーウ! ……捕まれぇええっ!』
早く楽になりたい――そう願いながら、俺は右手を支えるように左手を添え、顔を背けながらも、より一層の力を込めることにした。……すると、
≪イービルワーム――を、テイム致しました≫
ようやく、テイム完了のアナウンスが鳴り響いた。
『い、いよっし……ヤッタ、ヤッタぞ』
成し遂げたと同時、達成感に包まれた。そうしたところで肩の力を抜いてみて……何故だろうか、走り回った訳でもないのに、息が上がっていることに気付いた。
『フゥー、フゥー、……っくはぁ』
一仕事終えたという感じだろうか、無駄に力んでいたせいで疲労感があった。
……ともかく、イービルワームが新たな仲間となったことで、突然飛び掛かって来るかもしれないという恐怖は失われていた。そうなれば、もう身構える必要はない。
『これから、よろしくな?』
ズリズリ……と、こちらへ寄ってきたイービルワームに声を掛ける。
すると、イービルワームは幾つもの頭――口をこちらへと向けて……
「……パッ!」
と、軽快なリップ音を鳴らして、返事をしてくれた。
『…………ぇ?』
「パッ、パッ、パッ!」
やっぱ、それが声代わりの、返事なのか。口をパクパクさせて、閉じて開ける時に出る音で意思疎通を図るタイプらしい。……なんとも器用なことだ。
『んー……じゃあお前の呼び名はー……ン?』
……なんだこいつ。チンアナゴみたいだな。全部の頭をこちらに向けて待ってるぞ。……こうしてみると、なんだか、意外と、……ふむ。……悪くないかもしれん。
『……いや、今は呼び名だ。……リビオンとのコンビにしたいからなぁ。……あー、なんだっけ、……あ、そうだ。……レテ、……は、どうだ? ちょっと中二病入ってるけど……まぁ、今更だし良いよな?』
「ンパパッ!」
『うん? お前も気に入ったか? ならー、レテが良いな』
「ンパ!」
と、いうことで、イービルワームの呼び名はレテに決定だ。
……俺は意図せず、ヨルズ、スルト、ヌトの名付けをしたのだが、リアルでの食事休憩のタイミングで、その名の意味を調べてみたところ、神話関係の名であることを後から知ったのだ。
それだから、もうどうせなら中二病だろうがなんだろうが、そっちへ寄せることにしてレテという名付けにした。そうすることで、レテの相棒となる予定のリビオンだけが関連しない名付けから、共通の名付けになるようにもしたかったのだ……。
とにもかくにも、名付けが済んだところで、次はリビオンとレテの相棒決めの為の、相性調べをしてもらわないとだなぁ。
『おーい、リビオーン。新入りのこいつの面倒を見てやってくんないか?』
俺がそう指示すると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら一体のリビオンが、レテの元に駆け寄った。……そして、武器を持たぬ方の手で、レテを掬い上げた。
「……ォオオン」
「ンパ」
互いに挨拶を交わすところを見るに、種族的に互いの相性が悪いということもなさそうだということが伺えた。……ここで嫌がる素振りをどちらか一方でも見せたのなら、俺の計画がとん挫することになっていたから、……一安心だ。
後は、テイムしがてら、しばらく様子を見るしかないだろうな。
『そいじゃー、レテの仲間をテイムしていきますよー』
そうして、またいつも通り、俺達はイービルワームを複数体確保するために、沼の水気で靴をずぶ濡れにしながら、ヨルズの報告を頼りにテイムして回ることにした。
『……六体目確保完了ッ! よしよし順調だ!』
一体目のレテをテイムしてから、一時間ほどだろうか。
ヨルズの索敵能力のお陰で、それほど苦労することなく、順調にレテの数を増やすことに成功していた。
時折、沼地に住むモンスター……ワニやカエルにヘビなどと出会って、驚かされることもあったが、眷属が成長しているということもあって、危険なこともなく心配になることもないほどに、安定した探索が出来たように思う。
『ふぅー、ここいらで様子見がてら一息つくかーっ』
沼地の周辺、深くなるところへは行かず、浅いところを沿うように歩き回っていたのだが、そろそろ体力的にしんどくなってきたから、休憩が必要な頃合いだろう。
身体が小さいから、泥に足をとられて、なかなか歩き辛いのだ。
『んー、そこの木陰で休もう』
沼地の周辺なら、腰を据えて休めそうな場所も多い。首を少し振って探すだけで、すぐに見つかる。少し沼地から離れるだけで、しっかりとした地面に木が生えているポイントに辿り着ける。
……沼地の奥側に行けば、沼地特有のモンスターやらアイテムもそれなりにあるようだが、俺が歩けなくなるほどに沼が深くなるから行けない。
だが、しかし、当初の目的としてはレテの確保するだけだったし、特段不満に思うこともない。それに、こうして、疲れたらすぐに休めるのは、重要なことだ……。
『ふぃー……』
木の根に腰を掛けて一息つく。
そうして、ふと空を見上げると……空は青く、ゆっくりと雲が流れる光景が目に映った。……まだ日が沈む気配もなく、雨雲が近づいているなんてこともない、心地の良い晴天の空だ。
そんな視界の横に、佇むリビオンの姿があった。
『……調子はどうだ? 大丈夫そうか?』
「ォオオン……」
『全員? どっちも? 問題ない?』
「ンパオォン……」
『ぉお……なら、合体成功ってことだよな』
見上げた視界に映る光景を目の当たりにすれば、リビオンとレテの相性が悪くないことは伺えた。……いや、サビないか、気持ち悪がらないかなど、諸々のことが心配していたのだが、互いにそう言っているのだから……大丈夫なのだろう。
見た目的には、全然、大丈夫そうには見えないけどな。
リビオンの甲冑の隙間から頭を覗かせるレテ――それは寄生虫に身体を乗っ取られた兵士のような見た目になっている。普段は隠れているように言ったが、俺が話しかけたことでレテが顔を覗かせたから、今は、そうなっている。
正直言って途轍もなくグロい見た目だ。
ともかく、リビオンの甲冑の中に、レテを忍ばせるという合体は成功したようだ。これで、崩れやすいリビオンの弱点をレテがカバーして打ち消すことができるようになったはずだ。
それに、偶然の産物として見た者のSAN値を減らすという能力も得たはずだ。
後は……レテが成長したら、もしかしたら、もしかするかもしれないな。
『……うんっ、今後の成長に期待ってことでっ。あ、それと、お前達は暇な時にでも色々試してみてくれよな』
「ンパッ」「ォオオン」
したら、リビオン一体に付き、三体くらいレテを詰められるはずだから、あともう少しテイムを頑張ろうか。
……いや、ゆくゆくはリビオンの数を増やしたい。……あ、でも、テイム容量的に苦しくなってくる頃合いか?
んー。今んところ、眷属がランクアップして容量が圧迫されているかと言えば、そんなにキツイってこともないし、やっぱ特化型にした甲斐あったのかな?
でも、流石にレテを一二体も捕まえたとして、後からリビオン増やしてスルト増やして、そんでもって全員がランクアップしたらキツくなってくるよなー。
んー。どうしたもんか。……今は、定期的に強めの魔力供給をしても、回復量の方が上回っているから、枯渇することもないけどさ。
ンムムム。……感覚だけじゃ、分からん。
『……あ、鳥。……なんかあいつ、キツツキっぽいな。……ほんと言えば、あんな感じの鳥系モンスターもテイムしたいっちゃしたいんだけどなぁー……』
向こうの沼地の木に留まっている鳥を見て、俺はなんとなくボヤいた。
考え事してる合間に、現実逃避なのか、本心から望む欲を吐き出して、それでも、やっぱり現実的ではないと思い直して、しかし、だが、やっぱり望んでしまう、と、いうやつだ。
欲が欲を呼んで、ぜーんぶ思い通りになればいいのになぁーって感じのアレだ。
そもそも、欲を言っても、あの鳥を捕まえられないけどさ。愛着が湧いてしまうから避けたいという理由以前に、罠に嵌めるか何かをしないと紫糸が途切れて逃げられてしまうはずだからだ。
まぁ、それもそうだし、容量の問題で悩んでいる現状だし、考えるだけ無駄だ。
……だから、今の俺には、高望みってヤツなんだ。
「ンパッ!」「ォオオン!」
『ん? お前達なにしてんだ? レテを掌に乗っけ――ってぇええええええ?!』
「ォオオオンッ!」「ンパー……」
――は? 突然リビオンが、レテをブン投げた。
俺は、そのあまりの行動に驚きを隠せなかった。先ほど俺が何の気なしに呟いたボヤキに反応したのか、色々試してみろというふうにいったせいか、リビオンが掌に乗せたレテを、沼地の木に留まっている鳥に目掛け、思いっ切り放り投げた。
――え? そんな上手いこと、あるわけ……
そして、放物線を描くレテが、鳥の元へ届く瞬間、幾つもの頭を伸ばし――
『っは、……ぃぃいいいっ?! つっ、捕まえたぁああああああっ?!』
鳥に絡み付いたレテは――ボチャン、と、いう音をたてて沼に沈んでいった。
『ぅ、ぅおおおおおおお!? いっ、急げぇえええええええええっ!!』
俺は、木の根から腰を浮かせると、レテの元へと一目散に向かって走っていた。
『うっおりゃぁあああああああああああああああああああああああ!!』
レテと鳥が落ちた場所へと辿り着くや否や、俺はレテに担ぎ上げられた鳥へと両手を差し伸ばして、全力全開フルパワーの紫糸を放っていた。
そして、俺は、とにかく、なんだか良く分からない内に……
≪ダガーバード――を、テイム致しました≫
……念願とも言える鳥系モンスターを、テイムしていた。
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