第14話 天上天下


 久しぶりに出た外の世界は……


 ……心地良いだなんて、そんな呑気な感想を抱くほどに、のんびりしていなかった。それは古城内部、周辺においてもそうだったが、フィールドに飛び出しても同じで、景色や自然を楽しむ余裕なんてものは全然、どこにも、全くなかった。


 ――まさに剣呑、さらに、殺伐とした雰囲気を孕んでいるみたいだった。


「おい、なんだアレー? なぁ、見てみろよ!」


 多分、プレイヤーだ。……絶対、俺達のことを見て言ってる。


「おぉ! 美味そうじゃねー? アレ狩りに――」


「――ちょ、やめろって! あんな集団に勝てるわけないだろ!」


「うぉおー! モンスターパレードってやつ、始めて見たー!」


 頼むー。デカい声出さないでくれー。お前ら以外のプレイヤーに注目されたら、どーしてくれるんだー! 頼むから集まって来ないでくれよーっ!?


「んーっ、俺等三人だけじゃ流石に無理かーぁ!」


「ってか、あの黒い集団ってアレじゃね!? なんか最近さー……」


「……え、うん、……えええ?! まじっ?! ヤッベー!」


 ……なんだ? 何を相談してたのかは分からないけど、声は遠くなってる一方だし、ヨルズからの報告もないままだ。


 ……だから、あの三人パーティ?らしいプレイヤー達が寄ってくることも、戦闘を仕掛けられることもなく、通り過ぎられているはずだ。


 ……でも、結構、距離が離れているはずなのに、こんなとこまで声が届くのか。大きな声で喋っているせいで、余計、ビクビクせにゃならんじゃないか。


(ひぃー、こわっ)


 古城から脱出し、市街地を抜ける間、まるで生きた心地がしなかったが、こんな場所に来てもまだプレイヤーの姿に怯えないといけないのか。


(いや、俺が過敏になってるだけか?)


 ううん。そんなことはない。それに慎重なことはいいことだ。プレイヤーの姿を見かけたり気配がしたら、そそくさと逃げることにしているが、それが正解だろ。


(でも、流石に、眷属全員での移動は目立つか……)


 うん。目立つよな。数も多いし、それにヌトを羽織ったスルトの行軍は、どっからどう見ても怪しい集団だろうし、目を引くだろ。


 その眷属に囲まれてる俺が言うのもなんだが、これは異様な光景だ。


 こんな場所に衣服を纏ったスケルトンが出現するという情報もなけりゃ、普通に過ごしていたら見かけたりすることもないからな。


 でも、それが理由で油断も出来ないんだよな。


 俺達の戦力からして、始めたての見習いランクのプレイヤーパーティなら、真正面から戦ったとしても軽くあしらえる程度の戦力差はある。


 しかし、そうは言っても見通しの利く場所で連戦はしたくない。


 無視していれば戦力差を感じたプレイヤーは基本的に寄って来ないが、レアやユニークモンスターだと勘違いされたとしたら戦いを仕掛けられるかもだから厄介だ。


 戦いは戦いを呼ぶことにもなるから、余計な戦いは避けたいと思っている。


(……なんとか、逃げ延びれたか?)


 ヨルズが報告をしてこないから、大丈夫ってことだろう。


 俺は目深に被ったヌトの、フードの口元を握る手を解いて、顔を上げる。そして、スルト達の隙間から辺りを見回した。


(ふぅ、大丈夫そうだ。……お?)


 ――ぐにゅり。


(柔らかい。……泥だ)


 踏み歩く足元の感覚が変わった。地面は相変わらず、スルトの腰ほどの――俺で言えば胸辺りの高さの草が生えているみたいだが、徐々に水気を含んできているのが、足を差し込む感覚で伝わってくる。


(そろそろ? 近い……っぽい?)


 リビオンやスルトに草を踏みしめ、払ってもらわなければ、歩くのもやっとな俺は、前方方向を見ることが出来ない。……前も横も後ろも囲んでもらってるからな。


(うーん? ……お、おぉ!)


 見えた。俺が前を覗き込むようにしていたのを見兼ねた従者スルトが、気を利かせて前方の道をあけてくれたお陰で、隠れていた視界の先が開けた。


 ……ふと、草が生い茂っていたはずの視界が何故通って見えるのか――という、疑問が頭に浮かぶ。だが、草や木が疎らに生える沼沢地に辿り着いたということだと目で見て理解したことで、すぐさまその疑問は解消された。


『到着したー!』


 そう、目的地である沼地が目の前に広がっていた。古城を昼前に出てから、かれこれ、二時間くらい掛かっただろうか。ついに、目的地へと無事到着したのだ。


 その事実を前にした俺は、喜びの声が自然と口から飛び出していた。


「チーゥ」


『あ、ヨルズありがー……おい、大丈夫なのか?』


 報告に来たヨルズを見れば、まさに濡れネズミ状態になっていた。沼の水気で濡れてしまったのだろう。毛が束になった姿が……何と言うか、可哀想に思えてしまう。


 それだから、心配の声を掛けたのだが、ヨルズは……


「チチュー!」


 ……全然、平気そうだ。それどころか、なんか、喜んでるっぽい。


『あ、あぁ、元々、下水道で暮らしてたから水くらいは平気ってことか……』


「チゥ! チチチーゥ!」


 そう、らしい。ヨルズの重み程度では、沼に嵌っていくこともないようだ。うまい具合に草を足場に活動出来ているみたいだし、心配の必要もないらしい。


「チチュ、チュー! チチチ!」


 泥んこになっても平気だし、餌となる虫が多いから嬉しい、……みたいだ。


 それなら、……気にすることもないか。実は、その辺のことは頭になかったから、一瞬、やってしまったと思ったが、ヨルズが動けるのなら一安心だ。


『よーし! じゃあヨルズはウニョウニョを探してくれ!』


「チゥ!」


『そんで、それ以外のモンスターは主力部隊が討伐だ!』


「ォオオン」「カチン」


『では、全員、行動開始だ!』


 そう言って俺が号令をかけると、眷属が広く展開を始めた。


 各種族のリーダーや副リーダーがそれぞれの部下へ、指示を出してくれるようになってからは、この辺りの指揮がとても楽になったと思う。


 現状、おおよその指示出しさえしてしまえば、あのモンスターを倒して欲しいとか、都度、指示出ししなくても眷属が動いてくれるようになっている。


『おぉ……いいねー』


 こうしている今も、向こうを見れば、リビオン一体とスルト、ヌト複数体からなるα《アルファ》分隊が、沼に潜んでいたカエル型モンスターを討伐していた。


 倒した後のドロップアイテムを拾っても、わざわざ引き返して見せに来なくなったのも成長だな。それに、ひとまとめに集めてくれるのも良い。


 やっぱレベルかテイマー特性の影響かで、普通のモンスターより知能が上がってるよなぁ。ソロプレイヤーの俺にとっては、とても有り難いことだ。


「コツコツ」


 やっぱ俺の眷属……めっちゃくちゃ有能だわ。従者スルトが近場の岩を指さしていた。「休憩がてら、あそこで座って待ってましょう」ってことを言いたいんだろう。


『うん。歩きっぱなしだったし、そうさせてもらおーかな』


 従者スルトが指さした先は、岩に木、……が、そこにあるだけだが、ちゃんと日除けになってるポイントだった。他にも座れる場所はあるが、従者スルトなりに立地まで考えてくれているようだ。


 ……そこへと向かう間にも、しっかり、俺と子スルトが歩きやすいように草の生えていない道を通っていく。……やはり、有能だな。


『うんっしょ、どっこいしょーの、六根清浄ろっこんしょうじょうー!』


 どっこいしょーの語源――諸説あるらしいが、その語源と言われている六根清浄を口にしながら腰を掛ける。


 今が順調で、良い調子なだけあって、今後のことを考え不浄を払う――まぁ、本当の意味では違うかも知れないけど、これから嫌なことが起こりませんようにという願掛けのようなことをした。


 何故、唐突にそんなことを口にしたのか、と、いうと……


『ふむー……どうなるかねー?』


 ……先日、ついにランキングの動きが安定したからだ。


 ヨルズからの報告を待つ間に、メニューウィンドウを開いて、プレイヤーランキングを眺めると、やはり先日からそれほど変わっていない、各企業、プロチームに参加しているプレイヤーの名前が上位に並んでいるのが見える。


 これは既に大会参加表明をしているプレイヤーやパーティ、クランのみ映し出される実力ランキングだ。純粋な強さに加え、装備やスキルなど総合的な実力を――どう算出しているのか実際には分からないが、数値化されたポイントを元にしたものだ。


 つまり、ランキングとは、大会参加者の参考指標だ。


 これによって継続的な大会の宣伝になるし、それに配信の方も盛り上がっているみたいだ。大会参加者にとっても、自身の指標とライバルになる他者の指標が見れるということで、張り合いも出るし、良いものだと受け入れられている。


 応援しているチームの一進一退は、傍から見てても、手に汗握るものとなるだろう。客として見る大会非参加者でも、楽しめるコンテンツの一つとなっている。それに参加しようと考えるプレイヤーが増える機会にもなるから良い取り組みだと思う。


 ランキングがあるから、徒党を組もうとする個人が増えると俺は予想している。


 企業、団体、組織が、宣伝になるというのを餌に、こぞってランキング掲載されるように仕組まれてるのが、上手いやり口だと思う。もしPVPでたまたま勝ったプレイヤーがランカーなら、あわよくばと考えるだろうしな。


 それに何より、強さの指標でもあるが、餌としての指標にもなるところが、俺のような弱小個人プレイヤーにとっては、途轍もないアドバンテージを生むものだ。サポーターやファンからの貢物を、たらふく蓄えてるのが外から見て丸わかりだからな。


 俺のように、そこを狙ってる者達も多いだろう。


 そういう奴らは、決まって大会参加を表明していないというのがミソでもある。俺もそうだが、ランキングの上下によって、良いアイテムを持っているとか、金を蓄えているとか、そんな大事なものが透けて見えるのは、たまったもんじゃないからな。


 だから、参加表明はギリギリが良い。それまでは潜んでいることだ。現状のランキングは、一旦の落ち着きを見せているが、こんなもんは本当の強さの参考にはならんのだし、焦ることは何一つないんだ。


 大会直前で、必ず、大きな変動が発生すると決まっているからな。


 企業、団体、組織などのグループは有利だが、対抗する手段が無い訳でもない。ランキングがあることによって、足の引っ張り合いが生まれることだし、有名であればあるほど、狙われる確率も高くなる。


 配信やSNSを活用していればもちろんのこと、有名なだけで情報は流れる一方だ。グループのアドバンテージとディスアドバンテージが、この大会においての結果を、大きく左右するものだと俺は考えている。


 だって、そうだろう。……あの時、


「このゲームは、チュートリアルなどない……」


 新作VRMMORPG【Evernal = Online】の発表会で、


「……そして、説明通りに進めてクリアできるほど、ヌルいゲームでもない」


 と、言った荒谷あらたに そうが主催する大会なのだから……。


 当然の如く、有利が決まっているグループが、プレイヤーや協力者の数を揃えて、ヌルくプレイして簡単に勝てるツマんない大会な訳がないだろう。


 ランキングを見た手前、不安に思うこともあるが、俺はあの仏頂面の男、荒谷あらたに そうを信じたからこそ、最後に挑戦することを決めたんだ。


 だから、個人でも必ずチャンスはあるはずなんだ。覆せるだけのナニかがあるはずなんだ。このランキングという制度は、その一つだと思っている。


 どれだけ薄い可能性――いや、俺は、この【Evernal = Online】だからこそ、残りのゲーマーとしての人生を賭けたいと思えたんだ。


 【Evernal = Online】で、プロゲーマーになりたい、と、そう思った。


 大会で勝つという挑戦の上に、プロゲーマーになるという夢を掛けたんだ。


 例え、それが薄氷の上を行くような、山上の綱を渡るような、真っ暗闇を歩くようなことだとしても、最後の挑戦に相応しいものだと思えたから、そうすると決めた。


 そのため、ランキングを見た俺は、天上人にも思えるランカー達を、さらには大会のことをより強く意識するようになったんだ。


 だから、この先の俺のゲーマーライフが――欲塗れではあるが――せめて、清らかでありたいと願い『六根清浄』と口にさせたんだ。


『……はっ、なんか爺ちゃんみたいだったな』


 岩に腰掛け、ランキングを一瞥し、そして、眷属の動向を眺め見ている合間にも、ごちゃごちゃあれやこれやと物思いに耽ってしまっていたことに気付いた。


 休憩中だとしても、そんなふうに考えている暇はー……あるか。


 だって、ヨルズが見つけてくれるまで、俺が出来ることがないんだもんなぁー。


 ……と、俺が上の空を眺めそうになっていた矢先のことだった。


「チゥー!」


 草むらから現れたヨルズがモンスター発見の声を上げた。


『おっ! でかした! 案内を頼む!』


 そう言って岩から立ち上がると、ヨルズは声を上げながら走っていく。俺がヨルズの方へと駆け出せば、散らばっていた眷属が自然と俺の周辺に集まって来る。その眷属と共に一塊になってから、俺はヨルズの後を追いかけていった。


 すると、少し行った先で……


『ぅ、ぉ、ぉおおー』


 ……沼の泥の中で、蠢く存在を見つけた。


『あれが、……イービルワームか』


 それは、まるで、悪魔のハラワタと形容するに相応しい見た目をしていた……。

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