第13話 石上三日
眠たい目を擦り、窓に張り付くようにして、眼下に広がる石造りの古城の敷地や、その向こう側に見える周辺を眺めても、それは幻でも何でもなかった。
遠くから聞こて来る声を、いっそ幻聴だとも思いたいが、しかし、実像がそこにあるのだから、それは夢でも何でもないと分かってしまう。
夜が過ぎれば嵐は通り過ぎてくれるものだと都合よく思ってしまうのは、正常性バイアスという心理が働いてしまうからだと聞いたことがある。
だから、勝手に、自然と、夜が過ぎさえすれば、乗り越えれたのなら、この状況が改善されるというふうに考えてしまったのだろう。
そうして疑わなかった自分が居たからこそ、今この瞬間、日の光に照らされるプレイヤー達の姿を目の当たりにして、眩暈を感じているのだろう。
『……えぇ?』
一過性の物じゃないの? まだ狩場が混雑してるの?
そんなふうに、鈍くなった脳内で、ぐるぐると巡らせて考える。しかし、そうすると、眠気混じりの思考のせいで、脳みそも視界もかき乱されているみたいで、余計に眩暈がひどくなるような気がしてくる。
『ぐぇー……、もうなんだよもう』
嘆いても仕方ないが、嘆かずにはいられない。
勝利を確信しながら食べようと思っていた朝食さえも取るのが億劫に思えてくるし、何もかもが、めんどくさい。……というか、なんだよコレ。
安くて栄養満点の携帯食料という謳い文句に釣られて買ったはいいが、歯が立たないどころか折れず曲がらず、投擲武器として使えるんじゃないかと思える位に堅ったい固形燃料――もとい、乾パンをどうやって食べたらいいんだよ。
見た目は、ファンタジー系の創作物に存在するような四角く平べったい乾パンだ。一度は食べてみたいファンタジー食品のエルフの携行保存食に似ていたというところもあって惹かれたのもあるが、はっきり言ってバカだったと後悔している。
食べたいタイミングで食べれなければ携帯食料の意味がないだろ。……素材にドングリっぽいのやら木の実やらの粉を用いていて、ギュッと押し固めてあるせいか叩いたら木琴みたいな音が鳴る始末だし。
店のおっさんは、硬ければ水で煮てふやかせば赤ん坊でも食えるだとか言ってたが、嘘つかれただろコレ。室内で火を熾すために鍋の上で火を熾し、水と乾パンを入れた壺を火にかけて、室内で煮炊きしているが、……浮いてばっかりだ。
従者スルトが短剣を使って乾パンを湯の中に沈めてくれてるが、一向に柔らかくなる気配がないじゃないか。さっきから、……カツカツ、……グツグツ、……カツカツ、……グツグツの音しか聞こえてこない。
『はぁぁああ……』
上手く行っていたと思っていたが、何事もそう長くは続かないってやつだな。
夜は乗り越えられたが、スルトやヌトがやられることもあったし、万事順調ではあるが犠牲も当然あった。そのため、現状、万全ではない状況だ。というのに、窮地から脱していないし、その気配もないのだから、溜息もつきたくなる。
しかし、この状況においても希望的観測が邪魔をする。
しばらくすればー、案外どうにかなるのではー、というふうに楽な方へ楽な方へと思考が流れていく。……疲労や眠気がそう思わせるのだろう。楽になりたいがための、希望的観測だ。
『……増えてる気がする』
しかし、人の姿が少なくなることもない。それどころか、腰をあげて窓の外を覗く度に、あからさまに人の姿が増えているような気がした。
またしても座り込み、火にかけられた壺を眺め、……考える。
その間に、いつ出来上がるかも分からない乾パンの御粥が出来上がるのを待たずして、酸っぱい木の実を口に放り込んで、眉間に皺を寄せる。
『……んむむ』
人が増えた理由は、単純にプレイヤーの総数が増えたこと、それに伴う狩場競争のせい、というのが考えやすい。……だとすると、NPCも同じだろう。流れに流れて、この過疎地帯まで足を延ばしたんだろうか。
それで狩場を求めて――いや、競合しないはずだ。
プレイヤーと比べればNPCの方が圧倒的に強い。それに狩りの能力も高いはずだ。……しかし、プレイヤーに収穫物を取られるなどすれば、……それは狩場を荒らされていることには変わりないか。
だとすると……一日二日で落ち着くとも思えないな。
どうせ取られてしまうのなら――と、NPCが考えるのなら、モンスターを狩り尽くす勢いで自らの稼ぎを優先するだろう。……それで、プレイヤーに獲物が回って来ず、金も経験値も得にくくなってしまって、この島から抜け出すのが遅れてるのか。
これは、βでは起こらなかったはずの現象だ。
経験値上昇も、アイテムドロップも、五倍だったらしいからな。それに流入するプレイヤーの総数も、今と比べれば、かなり少なかったはずだ。……じゃあ、やっぱり、どこも同じなんじゃないか?
『……せめて、昇格できるかの確認を神殿でしたいんだけどなぁ』
そうは言うが、しかし、今のままじゃ街まで誰にも見つからず辿り着けないだろう。それに見つかったとして逃げ伸びられるだろうか。……いいや、無理だ。眷属を連れて強行するという手も危険過ぎて取りたくない。
獲物が少なくなってる現状、今、最も危険なのはプレイヤーだ。
PVPを仕掛けられる確率が高い。眷属を引き連れて歩くテイマーなら見つかるし、引き連れずに一人で歩いて行くのも危険だし、どちらにせよ恰好の的だろう。なら、どうするか?
テイム、狩り、金、……何より最優先で安全に眠る場所が必要だ。
予定をズラしても、計画を変更しても、生き延びる必要がある。全てを満たす条件を新しく探そうにも、動くに動けないのが現状だ。……じゃあ、どうするのが良いか。多少、どころか、かなり危険な賭けになるが、これ以外に手はないはずだ。
ここに籠って過ごすのが、……一番だろう。
籠城戦――というには、些か、局所的ではあるが、そうするしかない。
それが押し込められた状況で導き出した――俺の結論だった。
『……うん。……皆、聞いてくれ』
立ち上がり、眷属へと向けて声を発する。
『ここで数日を過ごすことになる。……つまり、俺がいない間もずっとだ』
俺がそう言えば、眷属は反対の意を唱えることもなく、頷いて見せる。
それは覚悟を決めたものかどうか……それともテイマーとしての力が働いて拒否することもできないのか……眷属が簡単に頷いて見せた理由が定かではないが、命令としてか指示としてか……受け取ってくれているようだった。
『……俺がいない間、誘い込みは不要だ。各種族のリーダーが陣頭指揮を執り、迫りくるプレイヤーを跳ね除けてくれ。……任せるぞ。……じゃあ、俺は寝る! あ、それは、起きたら食べることにするから出来たら置いてて。……皆、武運を祈る!』
そうして、敬礼を最後に、俺はゲームからログアウトした。
……再び、ログインしてから、すぐに扉を開け放ち、
……戦いに昼夜を捧げ、そして、またログアウトした。
……日が沈み、日が昇る様を、同じ窓から眺め続け、
……そうしている内に 一日、二日と時は過ぎていった。
そして、ふと、気が付いた時には……
【Evernal = Online】開始日から、ゲーム内時間で一週間が経っていた。
この数日を思い返せば……、連日連夜、戦いの時を過ごしてばかりだった。
……寝ても覚めても、窓から眺める同じ風景と部屋から望む同じ光景、それに俺を取り巻く景色さえも同じで……、まるで同じ時を過ごすかのように何も変わらない日々を繰り返しているようだった。
すっかりと目にも頭にも焼き付いてしまった毎日だ。
しかし、そんな時だった。俺の視界に映るものに変化が訪れたのは――
『良くやったぞお前達っ! これでっ……活路が、見出せるぞっ!』
――それは進化だった。
言うなれば、モンスターとしての成長を経たということだ。
始めは、リビオンだった。……戦闘直後から、魔石供給のルーティンを済ませた後から、四体のリビオンが次々と、……さらには戦闘を熟す度に、スルトやヌトの中からも、怪しい光を纏い、次への段階へと進む者が現れたのだった。
『……良くっ、乗り越えた!』
我が眷属は、日々を、戦いを、犠牲を――乗り越え、進化するに至った。
レッサーという仇名を捨てた面々は、種族としての名と力を取り戻したのだ。
劣るに相応しい体貌から、名に恥じぬ相応しい風格へと変化していた。
輝きを取り戻したリビオンの鎧は戦に立つ歴戦の猛者を彷彿とさせた。
血通う腱を取り戻したスルトの骨は生々しいまでの生への執着を思わせた。
容態を取り戻したヌトの外套は在りし日の面影を秘匿するかのようだった。
『強いッ! 強いぞ! 間違いなく――強くなってるぞっ!』
眷属の進化は、逃げ場もなく、行き場もなく、代り映えのない日々に終止符を打つのには、飛びっ切り良い、切っ掛けとなってくれた。
……相変わらず、福音の音色は聞こえやしなかったが、それでも俺の固まった重い腰を上げるには十分な報せとなってくれたと、……思う。
『……もう、一週間経ったのか……』
窓から覗く外の景色は――変わりなく、しかし、プレイヤーの姿も見えはするが、古城周辺に近づこうとする者の姿は減って来ているように思えた。
窓を開け放てば、優しい風が髪を揺らす。
それは、まるで、……日照る外の世界へと誘われているようだった。
『よしよしよし……いいぞ、良い感じだ』
転機が訪れたと思わずに入られない。……いや、明確な基準を目にして、順調だと判断が着いたから、そう思えるのかも知れない。
まぁ、なんにせよ、今の俺は浮かれちまってる。
これから新しいことが始められるというだけで胸が躍っていた。もし飛び立てたのなら、この窓から皆で飛んで行っていただろう。
まぁ、それが出来れば、既に此処には居ないけどさ。
そんな取り留めのないことを考えてしまう位に前向きだった。どれから始めようかと迷いながらも、早く動き出したいという気持ちでいっぱいだ。
まぁ、でも、……地に足着けて進もうか。
『……ふむふむー』
振り返り見ると、様変わりした眷属の姿がそこにある。
その進化したリビオン四体、スルト十八体、ヌト十六体が並ぶ姿を見れば、差ほど強化されていない俺まで強くなったような感覚にさえ思えてくる。
いや、実際、テイマーとして力と見れば、それ自体がまるで間違っているという訳ではないのだが、俺自身の強さは殆ど変わらないから……と、いうことだ。
ともかく、ノーマルと言えばいいか、レッサーから通常のリビングアーマー、スケルトン、ゴーストマントへ進化した眷属が並ぶ景色は圧巻だ。
……今でも、戦闘にあまり参加することのないミニスルトや従者スルトまで、ちゃっかり進化してしまっているのは、どういう訳かは詳しいことは分からないけどな。
おそらく、俺が居ない間、戦闘に参加していたか、進化する眷属が増えたことで魔石が分配されるようになったか、……の、どちらかの理由だろうと思うけど。
ともあれ、この数日間、プレイヤーとの厳しい戦いが続いた結果、かなりの戦力強化にはなっているはずだ。……ついでに装備も手に入ったことだしな。
眷属の総数はテイムして回るのが難しかった為に減ってしまったが、レッサーとノーマルを比べれば約二,三倍ほど強いらしいから総戦力の強化にはなってるだろう。
ヨルズだけは進化していないみたいだけど、戦闘以外のことで活躍してくれてるから、そこは別に気にしていない。……生存能力は高まってるみたいだけどな。
『……むふーっ、これならイケる!』
と、思わずにいられない。……が、どちらを優先するべきか。
『そこが悩みどころだよなぁ……』
一つは、俺自身の強化――神殿での格上げ。
いわゆる転職、テイマーとしての昇格の有無、および、スキルとステータス値の確認を優先するかどうかという選択だ。
一応、この【Evernal = Online】でも、
それらは、リスポーン地点に設定できる神殿でのみ、確認と昇格することができるのだが、そうしないとテイマーとしての次の段階へと進めないらしい。
そのため、とても重要ではある。それに新しいスキルを授かれるかもしれないし、覚えてるかの確認もしておきたいのもある。……と、思っているのだが、
ランクアップできるまで俺が成長しているか現状分からないのがネックだ。それ故に、もし出来なかった場合を考えると……リスクの負い損になる可能性もある。
……だから、今後の方針を迷ってしまっているのだ。100%ランクアップできるのなら、そうする方が良いのは分かってるけど、……どうしたもんか。
もう一つは眷属の強化――新たなモンスターのテイムだ。
戦力強化という面において、こちらは確度が高いと思う。もちろん他プレイヤーに狩り尽くされていなければ、という問題はあるが、一応、……大丈夫なはずだ。
一般――レア、ユニークモンスターなどの特殊個体に該当しないただのモンスターであれば、無限湧きとなっているから、時間さえ掛ければ必ず出会えるからだ。
あてにしているモンスターの生息地は、狩場としても人気狩場とも言えぬ場所だし……プレイヤーが巡りめぐっていなければ、複数体確保も出来るだろう。
なんせ戦闘し辛いと評判の沼地だから、多分……大丈夫だと俺は思ってる。少なくとも、今の古城よりも、人は集まりにくいんじゃないかと思う。
この島全体のMAPを知っていれば、そう思うのだが、……実際のところはどうなんだろうか。……うーん、俺が他の職業だったとしたら、……行かないよなぁ。
楕円形が横方向に伸びた島の西側は山で、中央に街があって、北側に森、南側に平原、東側に沼地とあって、港のある漁村が北側と南側にしかないし。
だから、東側の旧市街地、古城、その奥の沼地まで足を延ばすって、そりゃー面倒なはずだろ。本来、大陸に進むためのルートに入らないはずの位置だし。
『……うん、やっぱ急がば回れだな』
決めた。眷属の戦力強化を優先しよう。その方がどちらにしても良いだろ。
『ふっふっふ……ならっ、合体の浪漫と強さを求めに行こうか』
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