第12話 狩人狩猟
淡い月灯りだけが頼りの暗い室内。
先ほどまで心地良い静けさを漂わせていた空間に、無粋とも言える騒がしい音が届く。その音の発生源が、こちらへと少しずつ近づいて来るのを感じながら、部屋の隅の暗がりの一角に身を屈め、ただじっと息を殺すように待つ。
退屈だと嘆いていた頃と打って変わって――
「ここって雰囲気ある割にザコしかいねーよなぁ」
――この部屋中に緊迫した空気が張り詰めていた。
こちらが喉音を鳴らさぬように気遣いを配る中、廊下を来る一向はギシリ、ガサガサ、コツコツ、ザッザッ、ブンブンと、幾つもの沢山の音が重ねながら、時折、嘲笑うかのような笑いと、破裂音にも似た手を打つ乾いた音を鳴らしている。
伴い来る音から察するに――
「「「「「ぎゃははははっ」」」」」
――陽印の、テンション激高パーティだ。
深夜のカラオケ店で見かける――廊下ですら擦れ違いたくもないと思わせる雰囲気を感じさせるグループだ。その会話の内容を聞いているだけで、関わり合いたくないと顔を顰めてしまうのだから、俺とは根本的に合うことのないタイプだろう。
「……あン? チッ、ここ閉まってんじゃん」
扉の向こう側の存在は、ドアノブをガチャガチャとさせるだけに飽き足らず、乱暴に押し引きして、扉に鍵が掛かっていることを確かめるように音を鳴らした。
――ドゴンッ!
そして、扉の前のソイツは、鍵が開かなかったことに苛立ったのだろうが、突然沸騰するテンションと同じく、一瞬にしてブチ上がった怒りを目の前の扉にぶつけるように足蹴にした。
その重々しい音が聞こえた瞬間、俺の肩が自然と跳ね上がっていた。
例え分かっていたとしても、ビックリしてしまうくらいの大きな音だったからだ。何度も続けられようものなら扉が蹴破られてしまうんじゃないかと心配になるくらいの激しい音だった。
しかし、それでも、何とか声だけは抑えられた。
俺は驚き怯えつつも、閂のようになった内鍵を閉めておいて良かったと心底思いながら、精一杯息を潜めて気配を消し去ることに集中したのだが……そうしていると扉の前のソイツは、
「んだよッ、開かねー! チッ、クソが……」
と、忌々しそうに悪態をついて扉の前から離れていった。
……諦めてくれたようで何よりだ。古城は部屋が多く、見て回るにも時間が掛かる。だから、いちいち鍵が掛かっている扉をこじ開けていては、探索に時間が掛かり過ぎてしまうから、あっさりと諦めてくれたんだろう。
ただの木の扉で良かった。装飾などされていたら、どうなっていたことか。
一目見ただけで何かしらありそうだと分かる扉――例えば、宝物庫などの扉などであれば時間を掛けてでも扉をこじ開けようとしただろうが、しかし、ここは幾つもの寝室が連なるだけの区画だ。
それに古城のメイン側でもなく、ナイフで切り離された旨味の少ない方だ。
ボスでも居そうな高い塔がある――ケーキで言う所の、イチゴやチョコプレートが乗っている、食べればきっと美味しい部分だと見て分かるような区画は隣だ。ここは、いわばスポンジと生クリームだけの旨味が無さそうな方だ。
それなのに、こんなところに来て――とは思うが、一先ずは安心だ。
……もし、この扉が開いていればトラップが台無しになるところだったから、冷や汗がドッと溢れ出て来てしまったが、隠れ潜む場所としては、やはり正解だったようだ。何かありそうだと思えば、人は身構えさせてしまうからな……。
「お、こっちは開いてんじゃーん!」
隣の部屋だ。ついに来た。そのまま入って来い。入ってきたらお前らは終わりだ。お前らみたいなプレイヤーパーティがいつ来ても良いように、苦労して準備した罠をお見舞いしてやるぜ。そのために、わざわざ両扉を開けてやってたんだからな。
――ガタッガダダンッ。
「うわナンダ?!」
「ビッ、クリしたーっ!」
「なになにどしたの!?」
「んだこれ? テーブルか?!」
「なっ、おい、モンスターだ!」
……よしっ! 上手くいったっぽいぞ! プレイヤーが入ってきた瞬間、扉の横に立てかけておいたテーブルを、潜ませていたヌトに倒させて扉を封鎖――その名も、ギロチン分断作戦! ものの見事に決まったか!?
「おい、見ろ! 部屋ん中にモンスターがっ!」
「大丈夫かお前ら! 今こいつをどけてやるからな!」
「あっ、ヤベェぞこの量! 早く、おいッ、テーブルを押すな!」
「ミキヒサッ!? おい、ここって――モンスターハウスだッ!?」
「モンスターハウス?! って、おいこっちもヤベェ! 前から――」
「――前だけじゃないって! 後ろ後ろ!! 後ろからも来てる!!」
とりあえず二名確保したっぽい! それ以外の声は廊下から聞こえて来てる!
その声の様子からして、かなり焦ってるみたいだ。……そりゃー、真ん中の部屋に入った瞬間分断されて、さらには驚いている間に部屋と廊下の前後からモンスターがなだれ込んで来るんだし、焦ってしまうのも無理もない。
この状況では、普通のプレイヤーなら、冷静ではいられないはずだ。
しかし、例え、冷静だったとしても、この策略は対処しきれないだろう。なんせ眷属の物量が多過ぎるくらいだから、低レベルの内は辛いはずだからだ。それに、前衛と後衛を分断するだろう状況に仕向けて落とし込んだのだから、尚の事のはずだ。
廊下とは別に、部屋同士が繋がっていることを――……いや、無理だな。
もし、この階の部屋の構造が分かってたとしても、警戒してなければ対応しきれないはずだ。……というか部屋の構造を探索中に気付いたとしても、寝室同士が側面の扉で繋がっているんだーって感想を抱いて終わりだ。
だから、この罠は、余程、警戒心が強くない限り――引っ掛かる。
いや、何かあるだろうと警戒しても、無駄だ。部屋へと侵入しただけで必ず引っ掛かるように出来ている。咄嗟に廊下へと飛び出ても、両隣の部屋からモンスターが迫ることには変わりなく、さらに一本道になるのだから、どちらにしても同じことだ。
つまり、この罠は部屋を通り過ぎる以外には――不可避だ。
そして、掛かってしまえば、窓から飛び降りる以外の逃げ道はないんだ。
「こっちはこっちでやる! そっちはそっ――」
「むぐっ、んむむー!! むぁんだほれぇ?!」
「うわっ! きめぇネズ――ッんぐんんん!?」
「……ぇがっー! んぇがー! ふぁふへて!」
「ぐっ、じぃー……っかー、はー、……があ!」
ナイスナイスナイスナイス!! ヌト&ヨルズが上手くやったようだ!
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ作戦――大成功だ!
プレイヤ―達よ、このコンビネーションは、どうだ! 避けられまい!
這い寄るヨルズに警戒心を抱いて下へと視線を向ければ、天井に張り付いていたヌトが降って下りて頭部を包み込み視界を奪ばうという、まさに深淵へと誘うが如きのコンビネーション技だ。
訳も分からず、視界を奪われる恐怖は計り知れないだろう。
不意打ち、認識外からの強襲は、PVPにおいて常套手段であるが、最も有効な手段だと俺は思っている。そして、見えず、聞こえず、分からずの三つが揃ってしまったのなら、後はもう負けが決まってしまうようなものだとも思っている。
だから――もう後は、スルト&リビオンが手を下すだけで終わりだ!!
「コツコツ」
『あ、終わった?』
「コツ」
簡潔に返事をした後、従者スルトがランプの火を灯した。そして、その明かりに導かれるまま、扉を通り、廊下へと出ると、視界の先に立つ眷属達が二つに割れるようにして道を作ってくれていた。
俺が、その道をいくと、そこには――
『おぉぉ……、被害なしでこれはー……美味すぎる』
――プレイヤーのドロップアイテムが集められていた。
それは、銅と銀色の硬貨と紫色の魔石の小山に、後は武器と、革袋などの道具類だった。その中で、最も目を引いたものは、銀色の長柄の……ハルバードと呼ばれる槍と斧が合わさった形状の武器だった。
『ふぉおー……ぬっぐう、……俺じゃ持てないや。忘れてた』
近くへ駆け寄り、咄嗟に持ち上げようと試してしまったが、俺の身長の倍ほどもあろうかと思う長さの柄、さらには顔よりも大きく肩幅と並ぶんじゃないかと思う幅の斧槍の穂先を持つハルバードを持ち上げるなんて絶対に無理なことだった。
普通に考えれば分かるはずのことだが、このキャラの体格にまだ俺の感覚が慣れていないのも確かな理由でもある。それに、そんなことを忘れてしまうくらい、テンションが上がってしまっていたせいでもある。
まさに――大収穫と言える戦果を得られたからだ。
『じゃあ、このハルバードはリビオンが持っててくれ!』
これでまた我が軍の戦力があがると、そう考えただけでニヤニヤが止まらない。
あのプレイヤーパーティがモンスター狩りを続けて、ここまで辿り着いたことが収穫物を見れば分かる通りだ。テーブルで塞がっていた方の扉から眷属が収穫物を持って来てくれたが、そっちもそっちで色々、落としてくれていた。
武器として使えそうなものは、矢に短剣と細々したものだけだったが、まだ手ぶらのスルトが多い中、持たせられるだけの武装が充実するだけで儲けものだと思える。それに、魔石を結構落としてくれたのがデカい。
プレイヤー一人頭、インベントリ重量制限無視分の50キロを丸ごとパンパンに詰め込んでいた訳ではないにしても、ギルドや管理所にアイテムを預けていなかったのか、それなりに貯め込んでくれていたのか、そのお陰でウハウハだ。
『んー魔石の分配はー……今回は、リビオンにしようか』
ここまでの道中、経験値を蓄えていたプレイヤーパーティだ。戦闘に貢献した眷属には経験値も入っただろう。だから、今回は、敢えて、魔石を分散させずに局所的につぎ込むことにする。
うちの眷属の中では、最も遭遇率が低いからだ。……貢献度で言えば、ヌトが高いのは分かっているし、頑張った眷属に褒美を与えてやりたい気持ちもあるが、プレイヤーが周辺をうろついている状況では、そうも言っていられない。
残酷な話だが、すぐに再テイムできる眷属を強化するよりも、テイムし辛いリビオンを一刻も早く戦力強化したい。それに、プレイヤーと真正面からやり合える可能性が高いのもリビオンだけという理由もあるからだ。
『自分、強くなった実感があるよーって、ヒトー?』
人ではないことは重々承知しているが、眷属に向かってそう聞いて見ると……
十数個ずつ魔石を取り込んだリビオン四体に、ヌトが数体、スルトもチラホラ、ヨルズもチューチューとレベルアップして強くなった実感があると主張していた。
プレイヤーパーティを倒して得た経験値は貢献度によって分配される仕様だが、今回の戦闘でもレベルアップに繋がるような経験値を得られたようだ。
どれくらい強くなったか――は、実際んところ分からないけどさ。
『よしよし。……この調子で行けば、普通に狩りをするよりも稼げるかもしんないな。俺は退屈ー……だけど、でも、それで安全に勝てるんだとしたら……有だな』
レッサーと名のつくモンスターを狩りまくるよりも、やはり、プレイヤーを狩る方が効率化良い。その分、危険は数倍に跳ね上がるだろうけど、勝てるとすればプレイヤーを狙うべきだろう。それに、
ゆくゆくは――そうするつもりだった。
それが少しばかり早くなってしまっただけだ。予定や想定が覆されたとしても、状況によって柔軟な対応をしていくべきだと思う。そして波に乗るか、雪玉を転がすかして、力を得なければ勝てない戦いだ。ならば、
いずれ――ではなく、今だ。
そう俺の直感が訴えかけている。後は誘き寄せる方法さえ確立させられれば、有効にレベリングを機能させられるはずだ。罠も有効、それにまだプレイヤーが広範囲殲滅魔法を覚えていないはずの状況であれば尚の事だ。故に、
今から――やるんだ。
各個撃破も難しいフィールドを作り出せるのだから、イケるはずだ。フルパーティをアッサリと倒せたのだから、自信を持っていいはずだ。最終的には眷属任せになるが、俺は、その分、沢山の知恵を働かせて犠牲を少なくしよう。
『……プレイヤーを引き込んで狩りをするのが良いと思うヒトー?』
そう聞いて見れば、士気は悪くないようだ。ほとんどが賛成の意を示した。
『よし、じゃあ、そうしよう。……俺達で、やってやろうぜ!』
そう言って俺が意気揚々と拳を天へと突き立てると、眷属も同じように武器を掲げたり、手を挙げたり、袖を挙げたり……それぞれの表し方でやる気を示してくれた。
『全員で夜を乗り越えるぞー! エイエイー、オーゥ!』
……それから、俺達は――一夜を通して戦い続けた。
古城周辺や敷地内外に蔓延るプレイヤーを、窓からランプの灯りを揺らして誘き寄せたり、ヨルズを一列に並べて走らせて誘導したり、壺を叩いて音を立てて探らせたりして、あらゆる手段を講じて呼び寄せ、プレイヤーの数を減らすようにした。
そうして、一人、二人、三人とプレイヤーを狩っていった。……の、だが、
上手く行くこともあれば、危ない状況に陥ってヒヤりとさせられることもあった。一組ずつ呼び寄せるように気を遣っていたとしても、同時に、二組のパーティが来ることもあったり、眷属以外のモンスターが途中で現れたりもしたからだ。
やはり、状況を完全に読み切ることは出来ないものだと思わされた。
イレギュラー自体を想定しなかった訳ではないが、一組を罠に嵌めた後、もう一組のパーティが後ろから現れた時は焦ってしまった。それに夜に倒したフルパーティが日の出前に戻って来るとは思わなかったのも誤算と言えば誤算だったな。
何度か危ない場面がありはしたが、それでも、俺達は夜を乗り越えた。
そして、太陽が完全に顔を出した時に――やり切った。
と、思ったのだが……
『あれぇ? ……プレイヤー、減ってないな?』
……しかし、古城周辺のプレイヤー状況は、朝を迎えても変わりなかったのだ。
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