第11話 八方封鎖


 リビオンを初テイムした後、合体実験のあれやこれやを行い、色々と試行錯誤をしながら、半日かけて戦力強化を進めていたのだが……


 ――どうしてこうなった。


 と、いう言葉が、時を過ぎるごとに強く、俺の頭の中で木霊していた。


 その言葉が脳裏を掠める度に、状況の理解に時間を取られ、そして、追いやられている内に、また同じ言葉が脳裏を過る。


 その言葉が飛び出てくるまで順調だったし、今もまだ順調だと言える状況であるが、しかし、経緯を考え、思い巡らせ、答えに至る度、やはり、思うのは……


『――どうしてこうなった』


 と、いう言葉である。……何度だって、同じ言葉が思い浮かぶ。


「「「「「チゥ?」」」」」


 それは、横を見ても、同じだ。


 俺の隣を歩く従者スルトが揺らす木籠から、沢山のヨルズの鳴き声が聞こえて来る。そこに居るヨルズは、俺の声が声を発する度に反応し、か弱い鳴き声を上げる。……親も子も、ひとえに、だ。


 どうしてこうなったのか……は、考えれば分かる。単純なことだ。


 雄雌介在するヨルズが、こうなること自体は当然のことであり、自然の摂理とも言える。ただ単純に、繁殖しただけのことだ。それ以外のことはない。テイムモンスターが子供を産むというゲームシステムなのは、以前より分かっていたことだ。


 ……が、しかし、あまりに突然過ぎた。


 木籠に入れるための丁度良い物を、見つけるのに苦労していた従者スルトが、いつの間にか、とても嬉しそうにしていたから、気になった俺は籠の中を覗かせてもらったのだが、その時には、もう三匹のヨルズが入っていた。……そして、


 ふと気付いた時には、もう子供が誕生してたのだから、驚くのも無理はない。


 三体の雌が、九体の子を産んでいたのを初めて目にした時、俺の頭の中にも『どうしてこうなった』という言葉が今日初めて思い浮かんだ。……だって、前情報では、テイムモンスターの交配条件というものが決められているという話だったからだ。


 つまり、心の準備が出来ていなかった俺は――パニック状態に陥ったのだ。


 前情報では〈雄雌を同時飼育すること〉や〈健康状態が善良であること〉〈安全な場所が存在すること〉などの交配条件が出回っていた。俺は、その情報を鵜呑みにしていたせいで、突然の起こった事態に面食らってしまったという訳だ。


 だが、しかし、誰が、ただの木の籠が――〈安全な場所〉だと思うかね?


 安易に考え過ぎだろう。というか、妊娠の過程をぶっ飛ばしてる訳もないから、ヨルズはどこでも繁殖可能なモンスターの可能性が非常に高いと知った訳だ。それ故に『どうしてこうなった』である。そして、


 ――どうなっていくんだ。


 と、戦々恐々ともしている。今後、増え続けるだろうヨルズの繁殖力を前にして、恐れおののいている。テイムモンスターの子は自動テイムされる設定だから、いずれ、パンクしてしまう可能性があるからだ。


 一応、テイム状態を解除できない訳ではないし、維持MPが足りなくなってパンクしたとしても、愛想を尽かした順に勝手に離れていく仕組みになっているから、MP供給が途切れるようになっても行動阻害状態が続くことがないようにはなっている。


 しかし、ヨルズが増えに増え続ければ、MP管理が難しくなる問題が生じる。でも、そうだとしても、ヨルズが増える度に手放すのも何だか悪い気がするし、無責任な気もするし、それはあんまりしたくないという思いがある。


 だから『どうなっていくんだ』と恐れている。


 現状でさえ――何匹のヨルズをテイムしているかも分からなくなっているのだ。恐れもするだろう。また余裕が出来た時にでも、招集をかけて確認する必要も――いや、確認したとしても、また知らぬところで増えるのか……


 ……なら、もう考えるのをやめようかな。……唯一、ヨルズが超小型低級モンスターであることが幸いか。名前にレッサーと付く通常サイズのモンスターでも、そんなに多くはテイム数を増やすことが出来ないからな。


 初心者テイマーの保有モンスター数の上限は、ノーマルで十体、レッサーで三十体程度と言われている。ブースト分を加算した特化型なら、もう少しはテイムできるのだろうが、それでもモンスターが強化されていけば、キツくなるはずだ。


 もし、このままヨルズの数が千を超えても増え続けるのなら……考えよう。


 βテスターが上げた動画の一つに、パンクしたテイマーがテイムしていたモンスター達に囲まれて、タコ殴りにされるというものがあったからな。俺も気を付けなければならないと思っている。……そう思うくらい悲惨な光景だった。


 一応、絆システムなるものが暗にあるとされていて、絆がありさえすればMP供給が止まっても、しばらくはテイムモンスターが温情をかけてくれるらしい。……でも、それも実際のところ、どうなるかは分かったもんじゃないけど。


 人でも金の切れ目が縁の切れ目とも言うし、モンスターも金とMPが切れて甲斐性がないと判断したら離れてくように作られてるはずだろうしな。……まぁ、絆があれば、情けをかけてくれるって感じで、最後にものを言うシステムでもあるんだろう。


 そう考えてみても、ほんとにテイマーは難しいと思う。


 モンスターとの絆を深め、大事にした方が強くなると言われている。けれど、愛着を持ち過ぎても、動くに動けなくなってしまうのだから、難しい。……ともかく、俺は気をつけよう。ヨルズにたかられるのだけは――勘弁だからな。


「ぎぃやぁあああーっ?! ねずみぃいいいいっ!」


 また――どこからか、女性の叫び声が聞こえて来た。


 これで何度目だろう。おそらく――いや、ほぼ間違いないプレイヤーの声だ。


「ねぇ!? もう帰ろうって!? ここネズミが多過ぎぃやぁあああっ?!」


 彼女は、相当、ネズミが苦手なのだろう。その叫び声からも分かる通り、必死になって逃げ惑っているらしい。けたたましい叫び声を上げながら、あっちへいったりこっちへいったりと、走り回っているようだ。


 まだ、ヨルズにたかられていないみたいだが、……大丈夫だろうか?


「むぅーりぃむりむりむりムリムリぃぃいいいいいいっ!!!」


『う、うるさぁ……』


「ギィイイイイイイッ――――――――……」


『あっ……ご愁傷様です』


 突然、女性の悲鳴が途切れたから、多分、ヨルズにたかられて強制ログアウトしたっぽいな。……まぁ、ネズミが苦手なら、地獄だっただろうな。……分かっていても、心配になるくらいの叫び声をあげてたし……


 ……でも、VR機器の仕様で、精神的に参ってしまうことがないように、バイタルサインの異常が検出された瞬間、落ちるようになってるはずだから……まぁ、問題ないはずだ。……悪夢を見た程度で済んだだろう。


 けど、もしかしたら引退者を出してしまったかもしれん。……まぁ、それはそれで仕方ないか。心が折れてなかったら戻って来るだろう。そこは俺が心配するところでもない。これはそういうゲームだからな。


『……上手くいって、何より』


 ヨルズの戦力だけではプレイヤーを真正面から相手にするのは難しいけど、この方法なら何とか対処できそうだ。ネズミに苦手意識を持つプレイヤーだけを狙うように訓練していてよかった。


『さっきの悲鳴からして近くっぽいけど、迎えに行かずに回収は任せよう』


 強制ログアウトは、戦闘時においてデス扱いとなる。だから、経験値もアイテムも稼げるし、こっちの犠牲が少なく済むし、良いこと尽くめだ。


 彼女もデス扱いになったことで、神殿での復活リスポーンになるから、悪いだけじゃないだろう。このゲームに戻ってきてすぐネズミが蔓延る光景を見ずに済むのだからな。……だとしても、あの様子じゃもう二度とこの場所には来ないだろうけど。


『……それにしても、この状況をどうしたもんかー……』


 古城の窓から下を見ても、遠くを見ても、プレイヤーの持つ松明の灯りが目に映る。旧市街地、古城敷地内、古城へと徐々に狩場を求めて迫ってきているのだ。


 どうしてこうなったか……は、大体の予想はつく。


 プレイヤーの数が多く、人気狩場からあぶれたプレイヤーがまわりまわって不人気狩場へと流れてきてしまっているのだ。


『もうちょっと、のびのびテイムしたかったんだけどなぁ』


 リビオンの初テイムから半日、夜を迎えたタイミングで古城敷地内を巡ろうかとしていたのだが、プレイヤーの姿があるせいで出るに出られなくなってしまった。


 それと部隊を分割しての狩りが出来なくなったから困っている。


 スルト二八体、ヌト二五体、リビオン四体まで増え、戦力強化の進み自体は順調だが、それでも、ここでプレイヤーと真正面からぶつかりたくないと思っている。


『……そうなるとー、やぱ、モンスターハウス作戦しかないよなぁ』


 テイム周りも出来ず、モンスター狩りも出来ず、アイテム収集などを目的とした探索も出来ないのなら、もうやれることはプレイヤー狩りしかない。……だが、眷属をゾロゾロ引き連れて回ったところで切り崩されてしまうのがオチだ。


 だから、下手に動かず、古城の上階の一室で、ひっそりと息を潜めながらプレイヤーが来るのを待っているのが正解なのだろうけど……やはり、そうしてみたら動けないから、思ってた以上に退屈だった。


 ……ついボヤいてしまうのも、その退屈のせいだ。……一応、ヨルズに頼んでプレイヤーをここまで引っぱって来れないかと思い、試してみてもいるのだが、それほどホイホイと付いて来てくれるプレイヤーもいない。


 あまりヨルズに無茶をさせ過ぎると、簡単に蹴散らされてしまうし、近からず遠からずの距離感で引っ張って来てもらうようにしているが、今のところここまで引き込めたプレイヤーはだ。


 そのプレイヤーのどちらも、まだレベルは低かったようで、眷属が蹴散らされることはなかった。プレイヤーを相手にしたとはいえ、囲い込んでしまえばアッサリ終わってしまったから、拍子抜けしてしまったほどだ。


 まぁ、レベリングをしっかりしているプレイヤーは、こんな場所まで足を延ばして来ないはずだから、それも当然っちゃ当然のことなんだろうけどさ。もう少し、旨味が欲しいって思ってしまうのがホントのところだ。


『……退屈だ。……帰るか来るか、どっちかにして欲しいよ』


 これじゃあ、大きな音を立てることも憚られるし、蛇の生殺し状態だ。……まだリビオンの性能実験も、あんまり出来てないというのに、困ったもんだ。


 ……それでも、分かったことは色々とあったけどな。


 これは俺の予想通りの結果だったが、やはりリビオンは堅いが崩れやすい性質を持つようだ。中身がないせいで、過度な衝撃が加わると、弾けてバラバラになることもしばしばある。兜が飛んだり、足を失ってダルマ落としみたくなる的なこともある。


 それでも、完全に部位欠損まで至ることはない防御力を持っている。


 まさにスルトとは対照的な存在だ。スルトだと骨が砕ければ、部位自体が消滅する。しかし、腕なら腕、足なら足と衝撃を受けた部位を失うだけで、骨同士を繋ぐ全ての関節がバラバラになってしまうことはない。


 だから、俺はリビオンとスルトを合体させたのだ。


 だけど、リビオンの内部に隙間があり過ぎて、ヌトの支え無しでは上手く可動させることが難しいようだった。中にスルトが入っていれば、バラバラになることを防げると思ったのだが、あまり良さそうな感じがしなかった。


 一番の難点は、ヌトを支えにするというコストが勿体ないことだ。


 ヌト四体を中に入れなければ、まともに動けないと分かってからは、合体を一時取りやめることにした。……だが、合体に関しては、ロマンがあって良いし、秘策ともなるから諦めてはいない。現状、コストに見合わないから中止ってことにしている。


 いずれは……というか、算段はあるから近いうちに別の手段を用いるつもりだ。


 そのためにも、リビオンのテイムを先んじて進めておきたいってところが、現状の目標だ。できればー……十体、いや、ゆくゆくは、スルトと同数程度まで数を増やしての運用を考えている。


 ……あ、そう言えば、リビオンの男型と女型の違いはあるのかも知りたいな。


 今んところ見た目以外に大した違いはないように思うが、何かしらの個性に影響を及ぼしている可能性もなくはないよな。……しかし、それにしても、女型の扇情的な造形――胸の膨らみはどうにかならんかったのか。


 ……目のやり場に困るんだよなぁ。


「キィイン……?」


『あ、いや、なんでもないよ?』


「……カイィン」


 あぶねー。バレるところだった。ヌトを被ってなかったら危うく見てたのがバレてたかもしれん。危ない危ない。……って、いや、何を気まずくなってんだよ。


 ……ま、まぁ、窓の外を見るために枠の上に乗ってるんだし、目に入ってしまう位置にソレがあるから意識しちゃうのも仕方ないよな。……だって、男だしさ。


『ふんー……プレイヤーが減る気配はなさそうだなぁ……』


「「「「「……チチチチチチチ!」」」」」


『――っ! ……来たか?』


 突然、廊下から部屋の中へとヨルズの群れがなだれ込んで来た。その光景を目にした俺は、咄嗟に窓枠から飛び降りてヨルズを迎え入れる体勢を取った。


『……何人だ?』


「チューチューチューチューチュー!」


『フルパーティかよ……』


 その報せを聞いた瞬間、俺の身体が強張っていくのを感じた。


『……よし、全員、準備しろ』


 待機状態だった眷属へ命令を下すと、静かに眷属達が武器を構えた。俺の前で一群れに纏まっていたヨルズも散り散りに迎撃位置へと移動していく。


 そうして、しばらく待っていると――


「……なぁ! ここってボスとかいんのかなー?」


 ――廊下の向こう側から、プレイヤーの声と足音が聞こえて来た。

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