第10話 秘中内包

 

 三つ指を立てた従者スルトに詳しく聞けば、プレイヤーパーティ――戦士、弓使い、魔法使いの三人が小屋を一つずつ探索しながら、古城周辺を回っていたらしい。


 そのプレイヤー達の気配には、ヨルズがいち早く察知していたようだが、俺がここを拠点にすると言ったせいで、逃げるという思考を放棄させてしまったらしく、この小屋の近くへとやって来たプレイヤー達と戦闘に及ぶことになったそうだ。


 その理由を聞いた俺は反省したし、今後は気をつけようと思った。……の、だが、戦闘のあらましを確認してみると、眷属達の扱いそのもの、というか、ものの見方が少しずつ変化していくのが自分でも理解出来た。


 ヨルズの察知能力と隠密行動、更には情報伝達能力によって生み出される連携はなかなかのものだ。ヨルズが居なければ、気付くのも遅れていただろうし、眷属部隊を呼び戻して待ち構え、取り囲んでの制圧も出来なかったわけだしな。


 スルト部隊による小屋の内部と外部からの接撃――さらにヌトが身体に巻き付いて動きを阻害というコンボも見事決まったようだ。プレイヤーパーティは、暗がりの閉所で為す術なく沈んでいったようだ。


 その結果――大戦果を得たという訳だ。


 代わりに――スルト三体とヌト二体の犠牲が、ありはしたようだが……


『……んんんーっ、良くやった!』


 従者スルトから訳を聞いている内に呼び戻した眷属部隊を、俺は褒めに褒めた。そうすることが、一番だと思ったからだ。


 そして、プレイヤーから頂いた武器やアイテムを確認しつつ、今回の戦いの功労者を聞き出し、敢えて残しておいた幾つかの魔石を褒美として与えた。


 それから、俺達は古城周辺を一回りして、テイムによる戦力強化を行い、ついに古城内部への探索を始めることにした。




『んー……なんもないと思ってたけど意外と残されてるんだなぁ。……だったら、古城内部にも良いもんあるかもなぁー……』


 ガチャガチャと音を立てながら棚にテーブルの上の物品を選り分け、目ぼしいものが無いかを眷属の非戦闘員に探してもらう。


 俺が寝てる間に眷属が古城敷地内の小屋から、藁束、革紐、木のスプーンとホーク、木べら、凹んだ鍋、ヒビ割れランタンと、色々沢山の使えるアイテムを見つけてくれたから、他にも残されたアイテムがあるだろうと探すことにしたのだ。


 金や貴重品などの高価な物は残されていないというのは分かっているが、この世界に降り立ったばかりの俺からすれば、生活用品の一つだけでも貴重なものだ。正直、ランタンが見つかったことで、物に目がくらんでしまってはいるが……。


『まぁ、ほとんどがNPCに持っていかれてんだろうけどなぁ』


 このゲームのNPCは普通に生きている。だから、探索にも来るし、プレイヤーがこの世界に来る以前から、生活をしているという設定の作りになっているから、NPCが価値あるものと判断するアイテムが残されていることはあまりない。


『……おっ! それいいじゃん! ラッキー! ありがとありがと!』


 でも、たまに、良いものが見つかる。俺にとっては価値のあるものだ。NPCが価値無しと判断するようなものだとしてもな。


 今回は――埃まみれの木の籠が、見つかった。


 従者スルトに持ってもらうのに丁度いいだろう。もう一体の方の従者スルトがランタン持ち担当になったことを羨ましがってたみたいだし。


『おーいコレ、持つのに良いんじゃないかー?』


「……コツコツ!」


『うん、似合ってる。メイドさんっぽい』


 腕に木の籠を抱えた従者スルトは……喜んでるっぽい。なんだか、さっきよりも動きが早い。急にソワソワしたと思ったら、中に入れるものを探し始めたみたい。


 ……あ、枯れた花はー、うん、崩れちゃうよね。


 なんか、残念そう。……に、してたかと思いきや、埃まみれの布を見つけて気分を持ち直したようだ。丁寧に埃を払って、そんで、籠の底に敷いたら――満足気だ。


『ん? ……お前もなんか見つけたのか?』


 子スルトが肩を叩いて俺を呼んだのだが、……なんだか、勿体ぶっている。だけど、スカスカの身体のせいで、後ろ背に隠したぬいぐるみが丸見えだ。多分、とても良いものを見つけたと思い、俺を驚かせようとしているんだろうなぁ。


「……カチっ!」


『……ぉ、ぉおおおー! ……それはー、ウサギか? 凄いじゃん! ……てか、ほんとに良くそんなもんが残ってたな。マジで凄い発見じゃん』


 俺がそう褒めると子スルトは、ボタンの目が千切れかけの、横っ腹から藁が飛び出した、ウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えて喜んでいた。そして一頻り喜んだ後に「これは、あげないよ?」っていうふうに半身を隠すようにしていた。


 その様子を見た俺は、頭の中にとある一つの思いが浮かび上がった。


『……お前、生前の記憶あったりする?』


 と、聞いて見たのだが、……どうやら記憶はないらしい。首を傾げて、考える素振りを見せ、フルフルと首を横に振っていた。俺の見ている限りでは、悲観している訳でもないし、問題ないとは思うのだが、それでも聞いて良かったと思った。


 万が一にでも、もしかしたら、昔この古城に住んでいた?


 と、思い、聞いてみたが、そんなことはなかったようだ。いや、実際、その疑念が晴れた訳ではないが、もしそんな記憶が残っていたら、今後どう接してやればいいか分からなくなってしまう可能性があったからだ。


 ま、ともかく、なにより、それは杞憂だったらしい。


『……おっ、壺を見つけたのか? 欠けてる、けど、底抜けてはないからー……水汲み位には使えそうだな! ナーイスっ!』


 俺が物思いに耽っている内に、家具の下に落ちていたらしい壺を、子スルトが見つけてきてくれた。


『ん、くれるのか? あんがとあんがと!』


 どうやら、壺は、くれるようだ。子スルトは壺には愛着を示さず、俺が受け取って礼を言うと、すぐにまた駆けていった。


 俺は、一先ず、受け取った壺をインベントリに仕舞うと辺りを見回し……


『ふーむ。……どうしよかな』


 ……と、呟いて、暇な時間の、わずかばかりの隙間を埋めた。


 とりあえず、今、俺がやることがなくなってしまったからだ。何かしようかと考えながら、辺りを見回すくらいのことしかやることがない。


 俺の今の役割は、検品係だ。眷属が探して持ってきてくれた物が使えるかどうか検品して選別するという仕事に就いている。


 つまり、眷属が何かしらのアイテムを持ってきてくれるまで、やれる仕事が無いのだ。ヨルズが虫を追い回している姿を眺めているだけなのも、そのせいだ。


 背が足りない俺でも低い所なら探ることもできるのだが、あまり頑張り過ぎると子スルトがイジけるから、そこを任せることにしたという訳もあって、相当に退屈だ。


 だから、早く――


『おぉッ! きたきたきたっ!』


 ――見つかってくれれば、と、思った矢先、スルトからの合図があった。


 俺は慌てて部屋を飛び出た。そして、金属音が鳴る方へと廊下を走る。


 薄暗い廊下を少し駆けると、すぐそこにスルト部隊が居た。俺の後に続く、従者スルトの灯りが、照らし出す視界の先に見えたのは――


『リビングアーマーだ!』


 ――鎧型モンスターの無惨な姿だった。


 その鎧は、兜に胴体、腕に足、と、各部位ごとに床へと散らばり、スルトの手によって一つずつ抑えられていた。


『ナイスナイス! 【テイム】』


 スルトによって確保されたリビングアーマーは、おそらく抵抗しているのだろうが、まるで動けないでいる。俺が、魔石が埋まっているはずの胴体部分へと向けて紫糸を這わしても、声代わりの振動音を鳴らすだけだ。


『お、ありがと! こっちのがやりやすいな!』


 内部が良く見えるようにとスルト二体がリビングアーマーの胴体部分を担ぎ、俺の元まで運んできてくれた。中を覗けば……魔石が丸見えである。


 俺は、せっかくだからと胴体内部へ手を伸ばし、魔石に手を被せて――


『我が軍門に下れ【テーイム】!』


 ――全力全開フルパワーの【テイム】をお見舞いした。……すると、


≪レッサーリビングアーマー――を、テイム致しました≫


 いつもより早いタイミングで、テイム完了のアナウンスが頭の中に響いた。


『おっしゃー! 成功ー! なかなか上手くいったっぽいぞ! 【懐柔術式:縛魂ばっこん掌握しょうあく】とでも名付けようかなー!』


 俺は兼ねてより思い描いていたスキルが、殊の外、上手く決まったことで舞い上がって喜んでしまっていた。まさに、会心クリティカルという感覚だった。


 その俺の前では、テイムされたばかりのリビングアーマーの合体作業が進められていく。俺は、スルトが床に押し付け抑えていたパーツを寄せ集め、そして、人の形へと姿を変えていくのを、スキルのカッコイイ使い方を考えながら待っていた。


「ォオオン……」


 全身くっついたリビングアーマーは、その見た目通りに騎士みたく、膝をついて目線の高さを合わせてくれた。


『お、整ったか! これから、よろしくな!』


「ォオーン……」


 リビングアーマーの声は、まさに反響音だ。身体の内部から聞こえて来るような感じだ。身体を動かす度にガシャガシャ聞こえるが、そちらは声ではないらしい。


『ちょっといいか? ……ふむ、どれどれ』


 フルプレートアーマーと呼ばれる甲冑の姿をしているリビングアーマーの、胸やら腕やら脛やらをコンコーンと叩いて調べてみる。


『……なるほどなるほど』


 堅いのは堅い。……の、だが、鋼鉄製ではないみたいだ。金属には詳しくはないが、鋼ほどの硬さはないらしい。ランプの灯りで色合いが違って見えるのかも知れないが、何かに例えるならば、真鍮しんちゅうか、すずに近いような感じがした。


 棒で叩かれれば、簡単に凹んでしまいそうな感じがする。


 これは、より劣るという意味のレッサーが、その名についているからだろうな。レッサーが付いていないリビングアーマーなら、鋼鉄製だったのかも知れないが、こればっかりは仕方ない。


『ま、うちらん中じゃ防御力ナンバーワンだわな。……頼りにしてるぞ!』


「オォン……」


『あ、そんで名前だな。リビングアーマーのー……リビン、いや、えー……』


「ォオン……」


『……っ! リビオンにするっ! 種族毎の名称になるが、それが呼び名だ!』


「オォオォン」


 リビオンも、その呼び名を納得してくれたらしい。俺としても、納得の名づけが出来たと思ってる。それにしても、今回は、すんなり決まって良かった。


『あ、合体したとこ悪いけど、実験に付き合ってくれるか?』


「ォオン……」


『そんじゃ、お前をスルトが着れるか試してもいいか?』


「オォン……」


 どうやら、良いらしい。……マジで? と、聞き返しそうになるくらいに、リビオンがあっさりと頷いたから、言った俺の方が驚いてしまった。


 というか、本当にそんなことも出来るのか、とも思ったせいでもある。


『じゃ、じゃあ、誰かー……あぁ、うん、頼む』


 どのスルトに着用してもらおうかと首を動かし探していると、一体のスルトが申し出るように近づいて来てくれた。そして、そのスルトとリビオンが横並びになると、周りのスルトが着用の手伝いを始めた。


 俺は、その様子を、じっくり眺めながら、しばらく待つつもりで腰を床に落とそうとしたのだが、意外にも時間はかかりそうにないと判断して、落としかけた腰をまた持ち上げることにした。


 まるでマトリョーシカみたく、リビオンの上半身と下半身を分離させて、また重ね合わせるだけで済んでしまったからだ。……眺める俺が、これぞ身のない者同士のなせるわざか――と、思う間も、与えてくれない位に早かった。


『おぉぉー……骸骨騎士の完成じゃん』


 と、言うが、見た目に変わりなく、リビオンそのものだ。合体完了の感動に合う、良さそうな感想が俺の口から出てこなかっただけである。


『……よし、じゃあ、動けるか試してみてくれるか?』


「カチ」「オォン……」


『お? ……なんだ? ……なんか、めちゃくちゃぎこちないな』


 動くには動いているが……その動きが変だ。例え操り人形でも、もっとましに動けるだろうと思うほどに不自然な動き方をしている。


『ストップストップ! じゃあ、リビオンだけ動いて見て! ……うん、うん、大丈夫そうだな。……じゃあ次、スルトだけ動いて見て! ……ぉあ、……おぉ? あぁ、なるほどなるほど。……おけ! いいよ! 止まって!』


 どうやら、あのおかしな動きの原因は、中に入っていたスルトが原因だということが分かった。……まぁ、それも考えてみれば仕方のないことか。なんたって二人三脚をしてるようなもんだしな。


『リビオンは動きにくいとかあるか?』


「ビィイン」


『特に気にならない……ってか』


 元々が重たい鎧だし、スルトは軽いから、そんなに影響はなさそうか。……だとしたら、このままいってもらおうか。スルトは中で退屈かも知れないが、ホントの意味でリビオンの骨組みとなってもらおう。


『よし、じゃあ、お前達はそのまま行動を共にするように! 一蓮托生だ!』


「カォオン」――コォン


『そうすりゃ、お前達の弱点の、相合補完し合えるからな! 頼んだぞ!』


「カォオン」――コォン


 頷くにしても、まだ、息ピッタリとはいかないらしい。なんだか、中のスルトが、リビオンにぶつかってるような音が聞こえる。……いや、それもそうか、隙間があればシェイクされているのと変わらないのか……。


『……すまんすまん! ヌト! リビオンの中に入って、スルトの支えになってやってくれないか?』


「シシ……」


 俺がそうお願いすると、一体のヌトがリビオンの、兜の開閉部分から、中へと入っていった。


『サンキュ! ……どうだ? ヌト一体でいけそうか?』


「ビィイン」


『流石にもう一体必要か……、なら、もう一体手伝ってやってくれ!』


「シシシ……」


『……安定、したっぽいか? ……よし、それで動きが鈍らないなら、その状態でいこう。……でも、どうだかな。……まぁ、仕方ない。とりあえず、今は試しでやってみてくれるか?』


「カォオン」


 今度は、力強く頷いたリビオンの中から、スルトのぶつかる音が聞こえてこなかった。……しかし、俺の中では、これで上手くいくのだろうかという不安が完全に解消できてはいなかった。


 テイマーとしての広がりが見えたと同時、課題も見えたというところだ。


 だけど、いずれ、この形態が活躍する時が来るはずだと俺は思っている。……でも、ダメならダメでいいとも思ってる。……別の方法を考えればいいだけだからな。しかし、心のどこかでは、これは革命を起こし得る力だと――疑わない俺が居た。



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