第9話 巡回廻天


 古城の夜空を舞うボロ布みたいなモンスターを発見した俺達は、手の届かないそいつの動向を見ていた。警戒態勢を取りながら、そのまま上を眺めていたのだが、突然、そいつが急降下すると、真下に居た前衛スルトの一体に覆いかぶさった。


 そして、スルトの上半身を包み込むと――そいつは魔力吸収攻撃を始めた。


『スルトォオオ! 俺のMPを吸ぇええーッ!』


 テイムモンスターとの繋がり――パスを強く保ち、スルトへと魔力を供給する。魔力とMPはプレイヤーにとっては同義だが、スルトにとっては生命力とも言える存在を保つための源の力だ。


 すなわち、全ての魔力を吸い取られてしまえば――スルトは正真正銘の骨と化す。


 そうならないように魔力を送り続ける。テイマーは魔力を以てモンスターと繋がることのできる職業だ。それ故に自らが餌となり、モンスターの存在を確立し続けられるだけの力が在る。


 だから、高々一体のモンスターに吸い取られようとも問題はない。


 力任せの綱引き勝負なら負けるだろうが、MPポットのテイマーが負けるはずもない。それに、レベルアップによる影響もあるだろうが、供給操作が上手くなってきた俺の技術力があれば、尚の事、負けようもない。


 つまり、抜かりなどない――って、ことだ。


『――【テイム】』


 一言、発すれば、右手の五指から紫糸が放たれる。


 それは、俺が新たに習得した技――スキルだ。それには、他のゲームみたくスキル名が勝手に付けられることはいないが、敢えて名付けるとしたのならば……


 【懐柔術式かいじゅうじゅつしき五指ごし操縛そうばく


 ……と、名付けようと密かに思っている。


 この名付けは、大好きな漫画の影響アリアリだ。これはー、分かっている。人前で口には出せないということは、ちゃんと分かっている。自分の中だけで、カッコイイ名前を思い浮かべて、楽しくニヤニヤするだけのものだ。


 だが、それでいいのだ。……だって、気分が乗るからな。


 それだけでモンスターテイムが捗るというものだ。不思議なことにテイム確率が上がっているような気さえしてくるんだからな。だけど、それ以外にも楽しみながらテイムしていたことで、身につけた他の技もあったのだから……


『……【オーバードライブ】』


 そう俺が呟きつつ力を加えると、スルトの上半身に巻き付いたままのボロ布に繋がっている五本の紫糸が一回り太くなる。……つまり、テイムしやすくなるのと、テイムスピードが速くなる、と、いうスキルだ。


 このスキル名は、口に出して言ってもいいだろうと思っている。まぁ、本当は言う必要は無いんだけど【テイム】が英語だし、他のプレイヤーが聞いても「あぁ、そういうスキルがあんのね」って、勘違いしてくれるだろうからだ。


 無詠唱発動できるまでは、誰しもがスキル名を発しなければならないからな。熟練度……多分、操作に慣れて来たり、レベルアップしたり、すると感覚的にできるようになるんだと思うけど、それまでは嫌でも口にする必要がある。


 だから、まぁ、【懐柔術式かいじゅうじゅつしき五指ごし操縛そうばく】も口に出せない訳ではないんだけど、バレたら恥ずかしいからやらないでおこうと思っている。あぁ、でも……スキル名を叫ぶ願望が全く無い訳じゃない。


 だから、いつか、その内、……あぁ、そうだ。ちなみに【懐柔術式かいじゅうじゅつしき十指じゅっし操縛そうばく】は、まだ出来ないが、もし出来るようになったら人目のつかないところで叫びながらテイムしてみようと密かに企んでたりもする。


≪レッサーゴーストマント――を、テイム致しました≫


 ホント、このゲームのスキルシステムもニッチだと思う。使えば使うほど熟練度が溜まる仕様みたいだけど、人によってまちまちで、創意工夫によっても覚えの遅速ちそくや良し悪しが変わって来るんだもんな。


 それだから、いつの間にかできるようになってましたー、なんてこともあるらしいし、神殿でのステータス鑑定をしにいくのとは別にして、小まめにスキル習得の確認をする必要もあるんだろうなー……って、テイム完了してんじゃん。


「……シシシ」


『お、おぉ! テイム出来て嬉しー! 良かった良かったー! お前を仲間に迎えられて俺は嬉しいぞー!』


 って、なんだか誤魔化し気味になっているが、これはホントーの気持ちだ。なんだかんだ考えている内に、テイムできてしまっていただけだ。現実と妄想が折り重なって、目が見えているけど見えなくなるって感じのやつだ。


「シシヒ……」


『お、おう、よろしくな! お前の名前はー……、えーと……』


 決して興味が無いからそうなった訳じゃないし、こいつのことが欲しかったのもホントーだ。……良くないことだけど、安心安全状態で手を伸ばして立ってるだけで退屈だから、頭ン中で別のこと考えてボーっとしちゃう時がテイマーにはあるんだ。


 何故か言い訳染みたことばかり頭に浮かぶな。……それより今は名前だ名前。


『……んー、ゴーストマントのー、ゴース、ゴスト、トマント、いや、それじゃあトマトじゃねーか。……えー、ちょい待ち、……んー』


 こいつは、ゴーストマントという種族名のモンスターだろ? だからー……


『ゴートン、トゴス、マンゴス、いや、ゴ、……クロヌノ、ゴクロヌ、……ファントム、……ンムム、……ンー……』


 ……全然、良い呼び名が出てこない。どれもしっくり来ない。


「シシシー」


 俺の目の前で飛びながら名付けを待ってくれているようだが……全然決まらん。


『うん。ちょっと考えさせてくれ。その間にお前の仲間を集めに行こう!』


 そうして……俺は、ゴーストマントを増やすために古城を周ることにした。 




『んんーっ、黒い布のマントから――ヌト! お前達の名称はヌトにする!』


 クソほど悩んだ末に、ようやく、ゴーストマント達の呼び名が決まった。


「「「「「シシシッ!」」」」」


 頭の上を飛びまわるヌトも、呼び名が決まったことを喜んでいるみたいだ。


 俺もめっちゃくちゃ嬉しいし、かなりやり切った感じがする。ほら、あれだ、満足いく仕事を終えた後の充実感に浸っている感じだ。


 良い感じの疲労感も――……は、まあ、それもそのはずって感じだ。


 だって、もう朝日が昇って来ちゃってるんだもん。グルグルと古城敷地内を周りに回って、ヌトを集めに集めて総勢二十一体にもなる数を集めきったことだし、疲れるのも当然と言えば当然だったわ。


 けど、スルトの数も五体増えたことだし、戦力強化が進んで良かった。


 これで――


『――あっ、そうだ! スルトとヌト! とりあえず今は適当に相性が良さそうな者同士でいいんだが、これからはして動くぞ!』


 呼び名に悩んでいる間は、それどころじゃなかったが、気が晴れたということもあり、本格的な運用を始めて見ることにする。


『おぉおぉ! 良いっ! 良いぞこれ! ははっ!』


 ヌトがスルトに覆いかぶさる姿は何度見てもいい。まさに死神みたいだ。中二心くすぐる見栄えをしている。これで鎌なんてもった日には……あっ、おいおいおい!


『オシャレなやつもいるーぅ! あはははっ!』


 凄いぞコレは、ごく自然だ。首にヌトを巻いたスルトも居たりしてる。なんだか一瞬にして眷属軍団のグレードが上がったような感じがするぞ。


『うぉおー! 最高じゃーん!』


 上手くいったという実感がある。だから、自然とガッツポーズをしていた。隣を見れば、ブカブカのヌトを纏った子スルトも喜んで、俺の真似していた。


『ふふっ、……ついに、って感じだなぁ……』


 この【Evernal = Online】で、テイマーとしてゲームプレイすると決めた時に、思い描いた一つの理想図に近づいた。


 この光景をずっと待ち望んでいたし、これが出来ないのなら俺はテイマーを選んでいなかったし、それにキャラを作り直していたはずだった。


 最後の二択まで残ったサモナーを選ばずに良かったと思える。


 βテスター参加者のテイマーの一人が、フォレストドッグにゴブリンを乗せて作ったゴブリンライダー部隊を目にしたお陰で、今の俺があると言える。


 その時の、思い付きが――今ここに結実のモノとなった。


 黒い外套を身に纏ったスケルトン部隊の、朝日を受けて佇む姿が、俺の目には勇ましくも凛々しく、そして、神々しいものとして映っていた。


『……死の軍勢だ』


 おどろおどろしさもあるが、それは百鬼夜行とも違う。これを称するに値する名は、死の軍勢だとしか思いつかない。それ以外には無いだろう。


 死を経てもまだ立つ様は――……何とも言えぬ美しさを感じさせる。


 映画やアニメで見るのとは訳が違うようにも思えた。どこかで見たそれらよりも、ここに立つ軍勢の方が、一層、生々しさを残しているからだ。


『ぃよーっしゃ! 行くぞスルヌトっ! まーだまだっ、こんなもんじゃ終わらせらんねーから、朝日が昇ってきた今っ、古城内部に突入すんぞー!』


 俺はそう言って意気揚々と拳を突き上げて古城の玄関入口の方へと身体を向けた。


『こりゃー面白くなっ……て、来た……ん?』


「コチ……?」


『パンと水入り革袋……あ、食事の時間か、さんきゅー!』


「コチコチ」


『歩きながっ、ぐっ、硬っ……あぇ?』


「コツコツ」


 ながらに補給を済ませようと歩き出した俺を、もう一体の従者スルトが肩に手を掛けて抑え止めた。……お行儀が悪いっていうことかと思い、振り返って見れば、


『え、……もう?』


  顔の横で手を合わせて首を傾げている――お寝んねポーズの従者スルトと目が合った。……つまり、もう寝る時間だと言われている。


「コツコツ、コッ、……コツ?」


 食事を取って十分な睡眠を取った方が身体に良いという助言だ。強制的に俺の意向を進めることも出来るだろうけど、そう言われてしまえば、気がそっちの方に向く。


『そうだなぁ。楽しみはとっておくかー……』


 ……そうは言うが、食事を取るだけの時間は必要だ。


『ほんじゃあ、俺がご飯食べてる間に、皆であっちの小屋を調べてくれるか?』


 俺が首振り探したところ、丁度、隠れるのに良さそうな小屋が立っていた。その小屋であれば眷属全員が収まるだけの広さがあり、更には窓も少なく日差しが入り込みそうにない造りになっていそうだと思った俺は眷属に内部探査を指示した。


 すると、前衛スルトを筆頭にして、眷属が小屋へと雪崩れ込んでいった。


『んぐんぐ……』


 俺は外から小屋を眺めているだけだ。適当なところに腰掛け、堅いバンを齧って咀嚼することに専念する。


「コツコツ」


『うん、ゴクゴクっ……ぷはぁ、ありがと』


「コツ」


 時折、従者スルトが飲み水を手渡して甲斐甲斐しく世話をしてくれる。……特に、激しい戦闘音が聞こえて来ることもないから中に入っていった眷属達は大丈夫だと思う。


『ぶはー……もう顎痛いや。……ん、終わったか?』


「カチ!」


『異常なしってことだな。よし、じゃあ中に入るか』


 パンに歯形をつけながら、小屋の中へと入る。……すると、中は見事に薄暗い。扉を閉めきってしまえばなんにも見えなくなりそうだ。ここから見えるのは、棚が沢山と樽が幾つか、それに申し訳程度のテーブルと椅子だけだ。


 どうやら、この小屋は、納屋として使われていた設定だったのだろうか。


『ふむ。……奥に隠れたら、大丈夫そうだな』


 棚が並べられた奥側は、扉を開け放っていても日差しが届くこともなく、その先がどうなっているかが分からないようになっていた。


『じゃあ、ここを一時的な拠点とするぞ。もしプレイヤーの気配を察知したらここに逃げ込んでくるようにな。……そいじゃあ、外で狩りする部隊は行ってきてくれ!』


 そうして、数匹のヨルズと、従者スルトと子スルトを残して、眷属部隊が出発していった。……俺は、眷属部隊を見送った後、真っ暗な小屋の中で、必死に堅いパン悪戦苦闘して、なんとかやっつけ、そして、もう二度と堅いパンは買わないと誓いながら、スリーブモードへと移行した。




『たっだいまぁー!』


 現実時間:二時間 ゲーム内時間:六時間……と、少し振りのログインだ。


 スリーブモードへ入る前に、軽く補給――栄養と名のつくありとあらゆるもの、ドリンクとゼリーとシリアルバーを胃袋に詰め込み、サプリメントを摂取してから、睡眠を取って、再び、【Evernal = Online】へと戻ってきた。……の、だが、


『……なんぞ?』


 戻って来て、まず初めに驚いたのは、部屋の中が明るかったことだ。いや、戻って来て、しばらくは真っ暗だった。それからパッと明るい光が部屋を照らしたのだ。


『カンテラ? ランタン?』


 目の前にぶら下げられていた物は、金属とガラス製の照明器具だ。従者スルトがお帰りなさいのお辞儀をする、その手に持っていた。経年劣化が激しく、所々、ひしゃげていたり、欠けていたりするものの、立派な明かりを灯していた。


『……それに、コレは?』


 照明器具にも驚かされたのだが、更に従者スルトが手を差し伸べる先に、複数枚の小銭と革のブーツと本、草花と木の実が床に置かれていたのだ。……草花と木の実はそこらで拾って来たアイテムだと分かるが、小銭と革のブーツと本は――


『――えぇっ?! プレイヤーを倒したの?!』


 俺は、推測から導き出された答えに驚愕し、声を上げていた。


 一目見ただけで、どれも初心者が身につけていた装備ばかりだと分かったからだ。その紛れもない事実、なによりの証拠がここに残されていた。……だが、しかし、それでも信じられないというふうに思ってしまう。


 だから、確認のため、従者スルトの方を見たのだが、


「コツコツ」


 やはり、プレイヤーを倒してしまったようだ。……あっさりと頷いた。


『……マジか。……え? 武器は使ってるって?』


 従者スルトが身振り手振りで教えてくれたが、他にも複数のドロップアイテムがあったようだ。どうやら、本以外の、使える武器は使っているらしい。……ということは、まさか、俺の思い違いかもしれないが、


『え、何人のプレイヤーを倒した……の?』


「コツ」


『――さっ、さんにーんンンンンンっ?!』


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