第8話 未知不明
ヨルズとスルトを下水道に残し、俺は――
『はあはあはあ……』
――街中を駆け、雑貨屋、道具屋、数多くのショップを巡り、食糧と最低限の生活用品を中心としたアイテムの売却と購入、それに知識の取得に勤しんでいた。
それが当初の目的で、本日の予定の半分を占めていたのだが……
(くっ、思っていた以上に貧弱な体のせいで余計な出費をしてしまったのが痛い)
低スタミナは言わずもがな。……しかし、それだけじゃなかった。VIT――身体強度に属するステータス値が最低なこともあって、軽い病気を発症してしまったのだ。
自分の口から咳が出てくることを寝不足気味のせいもあってのことだと初めは思っていた。そして、あまり気にしないでいたのだが、ゲーム内だというのに咳をするのはおかしいと思った時にようやく病気による症状だと気付いた。
(そのせいで、時間も、金も、尊厳も……色々と失う羽目になった)
俺が掛かった病気は、不衛生が主な原因のものらしい。つまり、下水道で汚れた状態で長くいたことと、不衛生な状態で食事を取ったことが、主な理由だろう。
後、下水道で負った擦り傷を放っておいたままだとしたら、さらにひどいことになっていたらしい。最悪、デスからのペナルティコンボも有り得たということだ。
(しかし、魔法は偉大だ。……医大病院でも、ああはいかなかっただろうし)
病気自体、魔法で簡単に治ってくれてよかった。だけど、汚い臭いという言葉を掛けられたのは辛かった。それに、治療院の裏の庭で汚れを落としている間に向けられた奇異な視線が痛かった。
(次からは、お風呂屋に行けないまでも、ちゃんと石鹸代わりの実で身体を洗おう)
そう思わせるだけの理由にはなった。今もこうして思い返す位には傷が残った。
治療の出費自体はそんなに多くは掛からなかったが、それでも予定になかった出費だ。石鹸代わりの――石鹸の実やらの最低限の生活用品は、元々買う予定だったから良いのだが、お金が減っていくのを目の当りにすると手痛い出費だと思ってしまう。
また稼ぎにいかないといけないな。でも、スケルトンやゾンビからのドロップアイテム、それにテイムの合間に集めていた草花が売れて良かった。あれが無けりゃ、何かしらの購入品を我慢して、また後で買いに来る羽目になっていたからな。
しかし、アイテムも必要な物は買えたし、名称や効能などの知識も十分に得られた。重要なことは全て済ませられたと言える。これで、フィールドでの収集も捗ることだろう。重たい物より、単価やレア度の高い物を選別できる。
ゲーム外で覚えた知識も、こっちで改めて入手しないと、アイテムを手に取ってもどんなものなのかを表示してくれないからな。だけど、それさえ整ってしまえば、後は見るか、メニューを開くか、インベントリから調べるか、で、分かるようになる。
つまり、狩りとテイムを進めている間の金稼ぎのためのアイテム収集がより効率よく行えるようになるという訳だ。それも、まぁ、分かりやすく良いアイテムの知識だけは、β情報を漁っていたお陰で、ほんの少しは持っていたりするんだけどな。
(ま、次に進めば、多少、金も稼ぎ易くなるから、そんなには気にしていないけどさ……あ、見えて来たぞ)
かれこれ、三時間以上、街の中を走り回っていたが、それも、もう終わりだ。
下水道の入り口が見えて来た。今から待機中の下水道部隊のところへ行って、ヨルズの補充をもう少しだけしてから、向こうのスルトの様子を見に行って、また狩りと補充とアイテム収集をする。
それで、ある程度整ったら――古城まで足を進めたい。
『ほえー……古城っても、そんな大きくないのな』
月夜を背景に、そこに佇む古城の雰囲気はー……それなりだ。
パッと見、ナイフを入れられたケーキ――と、いうふうな印象だ。
かなり古くなってはいるが、元々の造りが見て取れるところは、それなりの城だったことを伺わせている。しかし、結構な時が経っているのか、所々、朽ち落ちていて、決して立派な城だとは言えない見た目になってしまっている。
大きさも、千葉のテーマパークにある城を、横に伸ばした位なもんだしな。
『……ほいじゃー、敷地内に入るぞー』
そう、俺が行動指針を示せば、眷属が一斉に動き出す。
四十一匹のヨルズが一定の距離感を取って展開し、二十二体のスルトが武器持ちを先頭に、素手を後方に配置した陣形を取って、古城の敷地内へと進んで行く。
取り急ぎ、戦力補充を推し進めたことで、眷属の総数が六十三体になった。
その眷属が一堂に会す光景を見れば、これで俺も一端のテイマーにはなれたんじゃないかと思ってしまう。……とは言え、油断していられない戦力だがな。
だから、まだまだ戦力強化をしていかなければならない。
そのため古城へと足を延ばしたのだが、ここに来るまでの戦力補充に思いのほか時間が掛かってしまって、気付けば夜になっていた。
とは言え、特に予定に関して言えば、遅れて――は、いない。
誤差の範囲内だと許容できる範疇だ。古城まで来られたことを思えば、なかなかに良いペースだと思える。最悪の事態を迎えていないだけ、十分だ。
『よいっせ、っと……』
崩れた塀を乗り越えて、古城の庭へと入る。
『ふむふむ。なるほど……』
……確か、こっから右側の正面玄関の方が庭園になっていて、ぐるりと外側に従者家屋やら兵士の詰め所みたいなのが並んでるんだっけか。そんで城の反対側に広場があって、城の内部には中庭がある造りだったよな。
『じゃあー、左からグルーッと回ってくぞ!』
古城内部に入るのは、また日が昇ってからでいいだろう。崩れた様子からしても、窓がある造りからしても日の光が差し込む方が探索もしやすいはずだ。
一応、念のために、松明は買ってあるから夜でも内部に入れないこともないが、わざわざ優先するほどのことでもないし、節約のためにも後回しにしたい。
『お、ここでもゾンビにスケルトンはデフォか。……皆っ、気をつけて行けよ!』
街の方よりも数が多い気がするが、正直、危機感を覚えることはない。それどころか、眷属が戦っている姿を、のんびり眺めているだけでいいから楽だと思う位だ。
前から、のそりのそりと迫るゾンビも、片足で跳ねているスケルトンも、それに奥からゾロゾロと集まって来ている敵勢援軍も、纏まりなどなくバラバラに寄ってくるだけだから、アッサリと眷属が打ち負かしてくれる。さらには……
『おっ、ナイス勧誘! そのまま押さえ付けててくれ! 【テイム】』
欠損のないスケルトンを見つければ、スルトが取り押さえてから、差し出してくれる。……とても便利――というか、眷属に楽をさせてもらってる。
ヒモ状態と言えば聞こえは悪いが、これがテイマーとしての役割だ。
眷属のお陰で全う出来ている。これこそが、テイマーの力であり、眷属の力でもある。相当、回ってると思う。いや、回り始めたという実感がある。
『いよっし! これからよろしくな!』
「……カチ」
新たなスルトをテイム出来た。これでスルトの総数は二十三体だ。MP的には、レベルアップの影響もあってか、まだまだいけるという感覚がある。
「コチコチ」
「……カチ」
俺が自らの感覚に集中していると、従者スルトが新入りスルトへ向けて手招きした。
『あぁ、うん。頼む。そいつの面倒を見てやってくれ』
「コチッ」
従者スルトは頷くと、カチカチコチコチ言って、身振り手振りを交えながら、新入りスルトへの教育を始めた。……俺が教えた戦略や陣形に、眷属のルールなどの知識の共有を勝手にやってくれる。
正直、これには、かなり助かってる。
俺がテイムする度に、わざわざ教え直さなくていいからな。とても楽だ。それ以外にも、自己意識によって役割分担などをしてくれたりするのも良い。
「コツ」
『ん? あぁ、葉っぱついてた?』
新入り教育をしていない方の従者スルトが、俺の頭に手を伸ばした後、そこから取ったであろう葉っぱを指で摘まんで見せてきた。
『ありがとな』
「コツ」
身嗜みを整えてくれたことに対する礼を言えば、従者スルトが恭しくお辞儀を返してくれる。そして、また手を降ろしたまま前に組んで、背筋を伸ばして立った。
これも、AIによる性格なのだろうな。
いつの間にか、俺のすぐ傍に立って世話をし始めた従者スルトが二体いたのだが、得意不得意好みに合わせた結果、俺に従事することを選んだようだ。
そのどちらも所作がメイドを思わせる。
従者スルトは、どちらも、多分、女性だ。よく観察していれば、スルトにも性別があることが、その身振り手振りなどの所作から分かるから、多分、正解だ。
……女性だが、とは言え、彼女ら従者スルトは特別だ。
他にも女性スルトはいるが、戦闘を好む者は前線に立っているし、男性でも前線に立ちたがらない者も居たりする。ホント、それぞれだ。
「……コツっ?」
『ううん。なんでもないよ』
俺がじっくり見ながら従者スルトのことを考えていると、髪はないけど前髪が目に掛からないように指で抑えるみたいな仕草をして、前屈みに「なにかございますでしょうか」と言わんばかりに従者スルトが覗き込んで来た。
その動きを見ても、やっぱり……艶めかしさを感じる。
几帳面だし、丁寧だし、それに綺麗好き。炭を塗ることを嫌がられた時は、どうしようかと思ったけど、それも含め、それが従者スルト達の個性なのだろう。今となっては、少しずつ分かってきたから、各々の個性を尊重するのも良いと思える。
でなけりゃ、こんなにも甘やかしてもらえてなかっただろうしな。
『お、殲滅完了か! ナイスー! じゃあドンドコいくぞー!』
「「「「「カチッ!」」」」」
「チュチュー!」
『って……え?』
アレは、なんだろう。……蹲ってるスケルトンが居るぞ。
殲滅したと思い、歩き出したのだが、ヨルズが知らせてくれなかったら、気付けなかったかも知れなかった。なんとなく、視界の端に映った得も言えぬ違和感があったのだが、あまりに自然過ぎて見過ごしそうになった。
『……それで、アイツは、何してるんだ?』
よくよく見れば、スルトの背丈からは見えにくい位置に隠れているようだった。
というか、小さくないか? 家屋と家屋に置かれたベンチの下、並べられた壺と壺の間に挟まってる。……それに、なんだか、震えてるような気がする。ヨルズが鳴き声を上げる度に、ビクンッ! っと、肩を跳ね上げてるし、……多分、そうだ。
『……どういうAI設定だよ』
そこに潜んでいるのは、子共か、俺と同じハーフリングのスケルトンだ。
性格的に臆病なAIになっているのかも知れないが、その怯えようから鑑みるに十中八九は――子供のスケルトンだろう。
『あ、攻撃するなよ? ……うーん。……どうしよう。……はぁーっ』
とりあえず、警戒しながら近づいてみるが……
「カチチチチチチチ……」
……とても気が重い。歯を打ち鳴らす連続音が聞こえて来た。
どうしたものかと考えていたが、見てるだけでなんだか可哀想になってしまう。あんまり気が進まないのが正直なところだけど、こうなったらどうしようもない。
『――【テイム】』
「カッチカッチチチチチ……」
『ほれ、仲間にしてやるぞー【テイム】』
「カッチ、……カチ?」
『仲間にならなかったら攻撃するぞー【テイム】』
「カチン! カチン!」
≪レッサーミニスケルトン――を、テイム致しました≫
アナウンスが聞こえた途端、そのスケルトン――ミニスルトの震えが止まった。
「カチ!」
『おう、よろしくな! って、……えぇ?』
ベンチの下から這い出たと思ったら、俺の隣までトコトコ歩いて来た――までは、良いんだけど、……なんで、こいつは、俺と手を繋いだの……?
その驚きの行動によって、俺は、めっちゃ困惑してしまった。
「カチ?」
なんですかコレ。「どうしたの?」じゃ、ないよね。なんでさっきまであんなビビってたやつが、こんなにもあっさりと受け入れてんだろ。馴染み力、高すぎない?
……これも、テイム効果なんだろうな。
「コツコツ」
「カチ?」
「コツっ」
俺が困惑していると、従者スルトが助け舟を出してくれた。なにやら意思疎通を交わしている。おそらくは、また教育を施してくれようとしているのだろうけど……
『ま、まぁ、手は繋いだままでいいか』
……教育されている間も、ミニスルトは俺の手をしっかりと握ったままだ。
横に並んで見て改めて思うが、やはり小さい。俺の肩くらいの身長だ。それに、この子は、……女の子だ。従者スルトとの身嗜みのやり取りをみても……そう思う。
『……はぁ。何にも考えないようにしよ』
深く考えれば考えるだけ、泥沼に落ちていくような気がする。ならば、どうせ泥沼に嵌っているのなら上を向いて沈んでいく方が気が楽だ。
『はいはい、そんじゃ行きますよー』
そう言って、手を繋いだまま、歩き出す。再び――探索開始だ。
ミニスルトの歩くペースは、俺とあんまり変わらない。トコトコ横を歩き付いてくる。俺が横を向けば「なぁに?」って首を傾げて見るだけで、探索の邪魔にならないようにしている。そんで、……何かを見つけたのか、指差して――
『――ん? あぁっ!』
見つけた! 俺が探していたモンスターが居た!
ミニスルトが夜空を舞うボロ布を指差していたが、アレがきっとそうだ。
『あいつあいつっ! あいつを捕まえるぞ!』
あいつの形状は、フード付きの黒い外套――そう言葉を正せば、聞こえ良くなるが、見た目は完全に穴開きボロボロほつれまくりの布にしか見えない。
使い物にならなくなって捨てられたゴミ――といったような形をしているが、それこそあいつの特徴だ。獲物の油断を誘うために、ワザとボロ布に擬態しているんだ。
あいつは風に飛ばされるようにして獲物を探し、空を舞っているふうを装い、突然、ガバッと襲い来る――立派なモンスターだ。
『ぅおっ!? スルトォオオオ! そのまま耐えろォオオオ!』
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