第3話 増殖繁栄



『……30、31、……32、……匹か』


 増えに増えたネズミの群れを前にして、一人、頷く。


 そして、前もって決めていたことをネズミ達に告げることにした。


『……よし、じゃあ、いいか? お前達の名はだ。お前達の種族名の夜鼠から取ったチーム名称だ。お前も、お前も、ヨルズだ。いいな?』


 俺は、どこぞで見た軍隊の教官をイメージし、淡々とした口調で決定事項を発す。


『お前達には悪いが、個別に名前は与えない。これは、決定事項だ。名前が欲しけりゃ、死なないくらい強くなってくれ』


 そうして、チラーっと、ヨルズの様子を伺い見る。すると、コクコク頷いていたり、首を傾げていたり、隣同士で顔を見合わせていたり、特に気にする様子もなさそうなヨルズの反応が見受けられた。


『……ん、ンンッ』


 まずは、一安心である。……正直、ホッとした。


 もし、反発されようものなら、気持ちがブレてしまいそうになっていたかも知れなかったからだ。胸の内では修羅道をいくと格好つけて、決意を固めてもいるはいるのだが、そうは言っても、それは心の持ちようを保つためのものだ。


 例え、ゲームでも、使い捨てなんて出来るわけがないだろ。


『……テイムしといて何なんだけど、俺に付き従う者は、死を迎える可能性が高く、危険が沢山だ。……それでも、お前達は付いて来てくれるか?』


「「「チュウー!」」」


 群れの先頭に立つ三匹が、代表して声を上げた。その三匹の顔を良く良く見て見れば、それぞれが任せてくれと言わんばかりだった。


 もっとも――


『よし、なら、天敵の対処法と餌のことは任せてくれ』


 ――ヨルズの困りごとを解決してやるのが前提条件なんだけどさ。


 というのも、ヨルズは、あまりに弱いからだ。街の外のフィールドに現れる、最弱エネミーモンスターとされている飛ばない鳥にも負けてしまうほどだ。角の生えたウサギなんてもっての外、レッサーゴブリンなんて勝てる訳もないくらいに弱い。


 テイムコストが掛かってるか、分からんくらいに弱い。


 多分、夜鼠だけで部隊編成したとすれば、数百はテイムできると思う。消費されるMPと、テイムを維持するための精神力も、それほど必要ないのだろう。まぁ、レッサーゴブリンでも、特化型の俺なら30体くらいはイケそうだけども。


 一応、この世界に生きとし生ける人以外の生物の全ては、モンスター区分だ。


 だから、いくら弱くともヨルズもモンスターだし、壁を這う小さなトカゲも、下水道に巣くうチビ蜘蛛も、何もかもがモンスターだ。もちろん害のないスライムも、ヨルズに仇成すイタチもモンスターだ。


 現実世界と似ていても、色や形が多少違っても、モンスターだ。


 それら全てのモンスターが、弱肉強食が当然という生物界の摂理の中にいる。夜鼠は――おそらく、ジェスチャーによる対話から得た情報で、それが正しいか不安であるけど、イタチに痛い目を合わされているらしい。


 夜鼠の習性は、夜に街へと出て餌を漁る。


 日がある内は下水道の暗がりに潜み、イタチの恐怖に怯え、夜になれば街へと出て、人に見つからないようにして餌を漁っているらしいのだが、自分達の種族の力だけでは、どうしても数を減らしてしまうか弱き存在のようだ。


 つまり、ここでヨルズを養うにしても、問題解決が必須ということだ。


『……でもさ? テイムしたから、ちょっとは強くなってんじゃないの?』


「チウ? チゥー……チュ、チュチュ?」


「チー、チチチー、チーチー」


「ヂュ! ヂュヂュヂ!」


 ……うーん。どうだろう。お互いの前歯を覗き見たり、ジャンプしたり、押し合いへし合いを始めたかと思えば、一区切りついて首を傾げてるやつが多過ぎないか?


『まぁ、いいや。……まず、お前達はテイムされたことで強くなってるはず! だが! しかし、そうでなくとも、今のお前達は戦力として大幅強化されている!』


 おぉ、俺の言葉を聞いて、背筋ピーンとした。


『以前までのお前達は、個で動いてたんじゃないか? 違うにしても、家族単位で動けてたか? ……うんうん、そうだろうそうだろう』


 思ってたけど、こいつらリアクションがいいよな。誰もかれもオーバーだ。


『そうだ。そこで大口開けて仰け反ってるお前、……気付いたようだな? 今のお前達を見てみろ。……総勢32匹の群れだぞ?』


 この賢いのかアホなのか分からないところが、カワ――いいや、今はよそう。


『いいか? つまり、数の力は強いってことだ。一塊になって動いていれば、襲われる心配も少ないし、一斉に掛かればイタチにだって勝てるかも知れないぞ?』


 俺がそう言うと、もう救われた気でいるヤツらが抱き合って喜び始めた。


 それは、あまりに気が早いと言うかなんというか、俺はその姿を見て危険だと思えた。安心するのはいいとしても、危機感を失ってはならないだろ。そう思った俺は、ここで釘を刺しておくことにした。


『だが、勘違いするなよ。……死は、付き物だ。ここにいる全員が生き残れるほど甘くはない。……しかし、お前達は個であり群れである。だから、継いでいけ。死んだとしても仲間に託すんだ。そうして、ヨルズとして、お前達が生き残っていくんだ』


 そして、これから生き残っていくための道筋を示すことにした。すると、これもテイムの影響なのか、ヨルズは並々ならぬやる気を見せた。それは、個が群れを成しただけでなく、まるで軍へと変貌したと感じるほどの変化を感じた。


『……よぉーし、じゃあ、夜まで仲間を増やしながら狩りを行うぞ』


 そうして、俺達は地下の暗がりを彷徨い歩き、戦力強化を図ることにした。


 ……とは言っても、初めは、群れでの動き方から指導を始めた。


 俺より先を走って振り返って近づくのを待ったり、踏み潰してしまいそうだと心配になるくらい足元の近くでウロチョロしたり、後ろでもみくちゃになるくらいにじゃれ合ってたりと好き好きに動き回ってたからだ。


 せっかく、動き出したかと思った次の間には、立ち止まっていた。


 索敵、警戒、隠密、攻撃などの得意不得意を聞き出してから、それぞれに役割を与え、整列させながら歩くために必要だったからだ。しかし、そうして、試してみたところ、十分な成果を得られた。


 何倍も、動きやすくなっただけで、時間を掛けた甲斐があると思えた。


 ヨルズは部隊分けがなされたことで、幾分かモチベーションが上がったようだった。単純に嬉しがっている姿を見て、それはなによりといったところで、ようやく俺達は、再び、行動を開始した。


 雑魚狩りならぬ、ヨルズによる――殲滅戦だ。


 トカゲ、クモ、気持ち悪い虫などのありとあらゆる超小型の生物を狩り回った。一匹頭、それが、どの程度の経験値になるかは分からなかったが、それでも強くなるための糧となることを願いながら狩りを続けた。


 一時間経ったくらいだろうか、それまでは順調だった。


 イタチと出会うこともなく、着々とヨルズの仲間も増えていた。唯一、困らせられたのは、討伐したことを褒めて欲しいのか、めちゃキモい虫を口に咥えたまま、自慢げに見せにくることだけだった。


 もちろん、褒めることは忘れない。ただし、顔は引き攣っていただろうがな。


 だけど、あまりに狩った雑魚モンスターの死骸を持ってくるもんだから、調べてみることにした。すると、どうやらアイテム化していたらしい。インベントリに収納出来てしまったのだ。だから、ヨルズが拾って持ってきてくれていたのだった。


 そのことに気付いた俺は、何の役に立つか分からない死骸を都度、回収した。


 確かに、嫌々だったろうが、それでも無駄にはしないようにした。もしこのアイテムが売れなかったとしても、ヨルズの餌という使い道があるからだ。ヨルズは、これまで逃げられていた獲物も、取り囲むことで捉えられるようになって喜んでいた。


 そうして、ヨルズが分隊化にも慣れ始めた頃――ヤツが現れた。


『おい、なにしてんだっ! 放せやこんにゃろぉおおおおっ!!』


 俺は、一匹のヨルズを咥えたイタチを、蹴り上げようとした。


『あっ、くそっ!!』


 だが、しかし、俺の蹴りは空ぶった。容易く、避けられてしまった。すぐにイタチの姿を追うが、俺の素早さが足りないのか、翻弄されてしまう。


 捕まえようと手を伸ばしてみても、それほど素早いとは思えない動きなのにも関わらず、容易く避けられてしまっていた。


 そのイタチは、水の入った革袋といったような、しなやかな身体を撓ませながら、飛び掛かる俺や、ヨルズの群れさえも、物ともしていない様子だった。


 突然、暗がりから飛び出して来たイタチが、先を走っていたヨルズの首根っこを咥えた瞬間、俺は咄嗟に駆け寄ったのだが、そうしても間に合わなかった時点で、嫌な予感がしていた。


『あぁ、くそっ! くそっ! ヨルズぅうう!』


 近くにさえ来てくれればイタチくらい捕られるだろうと簡単に考えていた。そして、捕まえられれば、非力なステータスであっても、どうにでも出来ると思っていた。そんな俺が、甘かったのだと気付かされることになってしまっていた。


『でもっ、絶対、諦めねぇぞ! うぉおおおっ!!』


 三度目のボディーダイブを繰り出した時――俺の手がイタチの尻尾を叩いた。


『ぐっは、……よじっ! やった! ソイツのッ、救出を頼む!!』


 石畳に叩きつけた腹を抑えながら、イタチのいた方を見れば、咥えられていたヨルズが石畳の上に横たわっているのが見えた。どうやら、俺の手が与えたダメージが、イタチを驚かせたようで、咥えられていたヨルズが解き放たれたようだった。


『……っ、正面は俺に任せろ!』


 石畳に手を着いて立ち上がると、逃げ場を失ったイタチの姿が見えた。


 気付けば、下水道のそれほど広くない道の、少し離れた向こうには、回り込んだヨルズの群れが並んでいた。そして、こちら側にも、俺とヨルズの群れが、イタチと程よい距離を保って並んでいた。


『さぁ、逃げ場はないぞ……』


 俺がにじり寄ると、イタチは、身を屈めた。おそらく、下水の川を渡るほどのジャンプ力はないみたいだ。イタチは、時折、背後を警戒し、あたふたしながらも、こちらを向く度に、威嚇の声を上げて、抵抗の意思を見せていた。


『……どっ、りゃああああああ! ――あぁ?!』


 気合は十分だった。しかし、ここでも素早さが足りなかった。


 俺が両手で捕まえようとした瞬間、イタチが脇をすり抜けてしまった。


 俺はすぐさま、避けられたことを察知し、身を翻すように反転――すると、


『ぉお?! ナイス!! よくやった!!』


 ヨルズの一匹が、イタチへと組み付いていた。


 そして、振り返り、体制を整えた俺が、イタチへ飛び付こうと身を屈めている内にも、複数のヨルズが次から次へとイタチに飛び掛かっていった。


 しかし、イタチが暴れ動く度に、ヨルズは振り解かれ、弾かれてしまう。だが、それでもヨルズは諦めることなく、果敢に攻め続けていた。


『ッ――!!』


 逡巡――俺が、ここで飛び掛かっては、せっかく団子状態にまで持ち込み、イタチを抑え続けようとしているヨルズの邪魔になると思った。


 そして、ここで手を出してしまえば、ヨルズの成長の妨げになるというふうな思考が過った。だから、俺は――


『ガンバレッ!』


 ――精一杯の応援を送った。


 それこそテイマーの本質とも言える行動だろう。これこそテイマーが味わうべき、感覚なのだろう。そう、俺は、自分自身に言い聞かせた。


 これがモンスターの力を借りることでしか、何も成し得ないテイマーの悲しき性なのだとヨルズへの応援を送りながら、自らを説得した。


 そうして、何かしてやりたいと願いながら拳を握り、締め歯を食いしばって我慢しつつ、この戦いの行く末を見守ることにした。


『……ぁ』


 イタチが動くに動けなくなって、数十秒――ヨルズの塊の中から光の粒子が漏れ出た。それは、モンスターが消滅したという結果だった。


 小さくなった塊が、解けた後――そこには紫の石ころが残っていた。


『……よくやった! お前達っ! よく、やったぞ!』


 ヨルズは、見事、宿敵であるイタチを自らの力だけで倒した。


 しかし、立ち昇る――光の残痕、それは一つだけではなかった。


 いくつもの、消滅の光が、天へと昇っていた。


『んぐっ、……よぐやった! それでこそ、俺の、ヨルズだ!』


「「「「「チュウウウウッ!」」」」」


『うん、うん……ありがとう。……よし、このイタチの魔石は、お前にだ』


「ヂュ!」


『勇敢だったな! よくやったぞ!』


 一番初めにイタチへと組み付いたヨルズへ、賛辞の言葉と共に、イタチから得た小指の先ほどの魔石を手渡してやる。


『そして、亡くなってしまったヨルズの魔石は……家族か、友が、継いでくれ』


 そう言って、俺の元へと集められた小さな小さな魔石を、掌に乗せて差し出した。


『……ご、……ンん゛……俺が、お前達を、絶対に強くしてやるからな!』


 俺は、すんでのところまで出かかった謝罪を押し留め、繁栄を約束した。


 しかし、それは、犠牲の上にしか成り立たないものだ。それを分かっていて、そんな言葉を吐いてしまえる俺は、まるで自分自身が悪魔にでもなってしまったかのような錯覚を覚えてしまっていた。


「ヂュー! ヂュー! ヂュー!」


 だが、ヨルズは、そんな俺を責めない。それどころか、むしろ、神の恩寵を得たかのように、この先に待つは希望の光なのだと信じ切った様子で、勝ち鬨の声の如き、鳴き声を上げていた。


「「「「「ヂューッ!」」」」」

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