第4話 幻想仮想


『……おい、このゲーム、ヤバ過ぎん?』


 俺は、すっかり、リアル過ぎるVRMMORPG【Evernal = Online】の世界へ、没入し切ってしまっていたことに気付いた。先ほど、ひょんなことから、ふと気付いたお陰で冷静になれた俺は、精神的安定を取り戻すことが出来ていた。


『完っ全に、のまれてたよなぁ……』


 完全感覚型VRゲームが遊ばれるようになった頃、ゴア表現の規制が入ったのはもちろんのこと、リアル過ぎるという理由で動物愛護団体から抗議があったという記事をどこかで見たことを思い出す。


 その記事を見た時は『高々ゲームだろ』と、あまり気にも留めなかったが、今に思えば、規制があって良かったと思えるし、抗議があったのも然るべき主張なのだと思えていた。


『対戦型のゲームばっかりやってたからかなぁー……』


 種類で言えば、FPS、格闘が主だった。ジャンルで言えば、アクションがメインで、それにシュミュレーションやストラテジー要素が加わったゲームばかりをプレイしていた。


 しかし、それらにも、人や動物は登場していた。


 だが、この【Evernal = Online】関して言えば、リアル過ぎることが原因だろう。作り込みが凄いなんてもんじゃない。仮想と現実の差が感じられないほどだ。こんなゲームはプレイしたことがない。


 だから、……頭で分かっているつもりでも、心が勝手に動いてしまうのだ。


『ほんとヘヴィーだぜぇ……』


 ハードモードが常と言われている【Evernal = Online】だが、テイマーにおいてはヘヴィーモードと揶揄されている。俺は、その本当の意味を、この身をもって体感することとなっていた。


『やるもやられるも、どっちにしろ、だもんな……』


 モンスターらしき姿のモンスターを討伐するだけならば、心が揺さぶられることも少ないだろうが、中には愛らしい見た目のモンスターも存在するのだ。


 この先、マジで、辛くなりそうだ。


 テイマーは二倍で済まない。愛着が乗れば、計り知れないダメージを心に負うことになる。夢のためならばと挑みはしたが、やはり、そう簡単にはいかないようだ。


『ヨルズで、あーなったもんなぁ。……犬型とか絶対テイムできねぇよ』


 挫折の二文字が――頭を振って霧散させる。自分でも、その考えは甘いと思う。


 だって、初めっから何も気に留めないヤツか、覚悟が出来るヤツか、血も涙もないヤツしか、テイマーには向かないと言われていたことだろう。


 それに早い所、騎乗可能なモンスターをテイムしたいところではあるし、そうするべきなのは理解しているが、そうなるとやはり近場のウルフ系モンスターをテイムする必要がある。……が、どうしても使い捨てにはしたくないという思いがある。


『……フンー……まぁ、いい。……予定通りに行こう。どうせ、元々、考えてなかったし、テイム予定のモンスター全員を乗せられるほど、テイムできないだろうし』


 うん。それでいい。気分を切り替えていこう。


『お前達も、これから先、テイムした仲間を攻撃するなよ?』


「「「「「チュウー!」」」」」


 返事はいいよな。……だが、本当に分かってるのか、不安だ。


 さっきも仲間同士のケンカで一匹消滅したし、命というものをヨルズは何とも思ってないのかも知れないから、主である俺が気を付けなければならないからな。


 というより、俺よりもコイツらのが逞しいんじゃね?


『……まぁいいか。……よし、食事休憩は終わりっ! いくぞ!』


 そう言って、手に持っていたMAPを仕舞い、歩き始める。すると、五十六匹まで増えたヨルズが、俺の後をゾロゾロと付いてくる。


 もうオープンから、五時間が経過している。


 排水溝の隙間から差し込む光が朱色を帯び始めていた。もうそろそろ日が落ちるのだろう。完全に暮れてしまうタイミングまでには下水道から脱したい。


(……いんだけど、ほんとにいけるか?)


 計画通りに事を進められるのか、些か、不安だ。


 俺が目を離したらケンカをおっぱじめるかも知れないし、そうでないにしてもヨルズは弱っちいから、別行動を命じるかどうか迷ってしまっている。


(いや、まずは、やってみよう。……ヨルズも自信満々だったし)


 じゃなければ、予定が大幅に狂う。朝日が昇る頃までには、一度スリーブタイムを挟みたい。食事はどうとでもなるが、脳ミソに影響を及ぼさないための制限は、どうにもならないからな。


 そして、ゲーム内時間は現実時間の三分の一だが、ゲーム内でも24時間起きてたら、デバフが付いちゃうことになるし、最低三時間は寝ないといけないのが、このゲームでも適用されている。


 あと現実は、三日目のスリーブタイムん時に、栄養補給すればいいとして、その内、こっち側の食事が必要になるのが課題だな。今は、多分、空腹度は半分くらいだから、一日くらいは初期アイテムのパンがあれば、なんとかなるはずだ。


(しっかし、が無いのは、結構大変だなぁ……)


 ……他のゲームでは、生命力を意味するHP、魔法の源であるMP、持久力を表すSTMなどの数値が可視化されているものがほとんどだが、このゲームにおいては、そんな便利なものは存在しない。


 全て、自らの感覚で補うしかない。


 ステータス表示さえ、どこでもは見れない仕様だ。一応、リスポーン地点に設定できる教会であれば、ステータスを見ることはできるが、それもおおよそのもので数値化されてもいない。


 レベルも、すぐには上がらない。


 上がりにくい設定であることはもちろんだが、突然ファンファーレが鳴り響いたりすることもなく、その場ですぐに強くなれたりもしない。レベルアップを繁栄させるには、寝るか、時間経過によって経験値が身体に回るのを待つしかない。


 だから、強くなっているのか、ホントーに分かりにくい。


 まぁ、元々、感じ取りやすい筋力量や素早さのステータス値は最低限だし、分かりにくいのも当然と言えば当然だ。成長倍率的にレベルが2,3上がったところでテイマーの俺が強くなったと実感できるわけがない。


 多分、MPと精神力は増えてるだろう。……あんまり分からんけど。 


 それはそれとして、救いがあったのは、テイムモンスターの成長速度が俺と比べて早かったということだろうな。それに、モンスターを倒すより、得た魔石を吸収する方が、早く成長してくれているようなのも、助かっている点でもある。


『……おっ、出口だ』


 考え事をしながら歩いていると、あっという間だった。


 しかし、そうは言っても、時間がそれなりに経っているようだ。下水道内に差し込む明かりが徐々に減ってきていると感じていたが、後、もう三十分も経っていれば、真っ暗闇の中を歩くことになっていたかも知れなかった。


『よし、じゃあ新入りの十匹だけついて来てくれ!』


「「「「「チュ!」」」」」


『後は、さっき言った通りに狩りを続けてくれな。あ、それと良さそうなアイテムがあったら一纏めにしておくことも忘れないでな?』


「「「「「チュウ!」」」」」


『んじゃ、行けっ! ……また後で様子見に来るから頼んだぞーっ!』


 俺は、そう言って、下水道の奥へと消える四十六匹のヨルズを見送った。


『……んで、お前たちは、俺を目印にするんだぞ? いいな? 付かず離れすぎない距離を保って、モンスターかプレイヤーの気配を感じ取るか姿を見つけたら、一目散に俺んとこまで知らせに来てくれな? よし、じゃあ、散開!』


 そして、足元に残った十匹のヨルズを従えて、この島の端へと向けて歩き出した。




 ……歩き出してすぐは、どうなることかとビクビクしていたが、しばらく歩いている内に、恐れと不安を感じることも少なくなり、月明かりが草原を照らす頃には、あまり警戒し過ぎることもないまでに落ち着いていた。


 危険な場所を避けて通っているというのもあるが、初心者エリアであるこの場所には、それほど危険なモンスターが現れない設定になっているのかも知れないと思うほどだった。いや、単純に運が良かったか、街の近くだったからかも知れないが。


 ともあれ、出会うモンスターは、非攻撃的なモンスターばかりだった。それに運よく、攻撃的なプレイヤーとも出会わなかった。他のプレイヤーの姿を見かけることはあっても、近寄らないようにしたために、話しかけられることもなかった。


 俺を中心に、ヨルズを展開する索敵警戒態勢は、思いのほか、機能していた。ヨルズが慌てて駆け寄って来る度に焦ってしまうが、すぐに身を屈めて素早く遠ざかるということを徹底したために戦闘が起こることもなかった。


 そうして、俺達は倒壊した家屋の瓦礫が散乱する荒地――――


 ――――旧市街地へと一匹の犠牲も出さず、無事辿り着くことに成功した。




『……ぉぉお、ヤベー雰囲気……』


 崩れた家屋が草木に浸食され、まさに朽ちた都というに相応しい有様だ。夜独特の静けさと草の匂い、肌を撫でる生暖かい風に虫の声が、肝試しスポットを彷彿とさせる。月が明るく、視界は通るせいか、余計におどろおどろしく思えてしまう。


『……まぁ、リアルよりは、マシか……』


 現実の夜だと、そもそも真っ暗闇だ。まずここまで来られていなかっただろう。しかし、そこは、このゲームでも安心設計で作られている。ゲームのシステム的に、夜でもプレイヤーが活動しやすいようになっている。


 そうでなければ、夜が訪れる度に街がプレイヤーでごった返してしまうだろうし、ログインできる時間が限られているライトユーザーが楽しみ辛いし、色々と不都合が起こってしまうが故に、敢えてそうしているみたいだ。


 だが、それも月明かりが照らすところに限られる。鬱蒼と木々が生える森など、影が色濃く残る場所は真っ暗だ。そんな場所を行きたいのならば、松明などの明かりで照らすか、夜目が効くようなスキルを習得する他ないようには出来ている。


『……建物内は、入らないようにしよう……』


 未だ崩れていない家屋――とは言え、窓が外れ、扉が倒れている程度には朽ちている。そんな内部へと入れそうな家屋が、この一帯にいくつか存在しているのが見える。だが、内部へは月明かりが届いておらず、奥がどうなっているか分からない。


『……まあ、今回は、外回りだけでいいか……』


 今回の目的は、アイテム収集を求む探索ではないのだから、敢えて危険な家屋を探って回る必要も無い。俺がすべきこととすれば、目的へと向かって寄り道などせず、順を追って進めていけばいいだけだ。


『……もう、そろそろ、……いいか?』


 しばらく様子を見ているが、声も音も聞こえないし、他の明かりも見えない。


 この旧市街地と呼ばれている場所は、下水道から続く川を下流へと向かって行けば、誰でも辿り着ける場所ではある、が――……どうやら、俺以外には、誰もここへは来ていなさそうだ。


 他のプレイヤーの姿が見えないことに、一安心といったところだ。


『まあ、元々、競争率は低いだろうしな……』


 自分で口に出してみてから、それもそのはずだと納得する。


 俺がこのゲームを始めるにあたって選んだ初期スポーン地点の街は、複数ある初期スポーン地点の中で最も不人気だと言われている孤島の中心に存在する過疎地だ。目指す先である大陸と接していないのだから、不人気も納得の場所だと言える。


 他の初期スポーン地点は、本大陸の外側か、陸繋ぎに連なっている部分に存在している。泉の神殿、獣人の丘、エルフの里、ドワーフの洞など、種族に即した村や街で、環境や植生から何から何まで、それぞれ違っている魅力的な場所ばかりだ。


 その中でも、この孤島は超初心者エリアと言われている。環境は優しく、植生も一般的なのだが、得られるアイテムの質としてはもちろん低級ばかり、モンスターも同様に、ゴブリンでさえ名前の頭にレッサーが付くようなエリアだ。


 普通のゴブリンと出会いたければ、泳いで渡るか、金を払って船で大陸に行くしかない。というか、とりあえずの本筋は大陸だから、ゆくゆくはそうしなければならない。だから、わざわざ、この孤島を初期スポーン地点に選ぶプレイヤーは少ない。


 まず、プロや企業などの大会ガチ勢は、選ばないだろうスポーン地点だ。


 大陸の中央に行けば行くほど、モンスターが強くなるし、貴重なアイテムも産出されるようになっているため、敢えて、この孤島を初期スポーン地点に選んだとしても、大陸を目指すプレイヤーが多いはずなのだ。


 つまり、当然、大陸と真反対の、この場所にプレイヤーが来る確率も減るという訳だ。のんびりプレイしたい者が出向いて来る可能性はあるだろうが、いたとしても嫌遠される理由もある。なんたって、腐臭漂うアンデットモンスターが出るからな。


 それこそ、よっぽどの物好きしか来ないだろう場所なのだ。


『狩りをするにしても、ここじゃない方が楽だろうしな……』


 下水道の匂いにも慣れたはずの俺が、鼻を突くような腐臭に顔を顰めてしまう。


『くっぅう……』


 風下だからとか、関係あるのかも知れないが、とにかく離れないと息が続かない。


『っはあ、はあ、くっさぁー……ゾンビやべぇよゾンビ。あんだけ離れてて匂ってくるのはキツ過ぎる。……出来るだけ、近付かないようにしたい』


 と、考えるが、旧市街地の中へと入って行かなければならないのは変わりない。


 だが、外側を回って、せめて、遠目から――


『居た……』


 ――見つけたい、と、思っていたモンスターが視界に入った。


 その骸は、月を見上げるように佇んでいた。


『よっし、よしよし、スケルトン一体目、みぃーっけ』


 思わず、口元が吊り上がった。そして、俺は走り出していた。


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