第2話 足元近道


(ふんぬぅぉおおおおおっ!)


 気合十分、必死に通りを駆ける。だけど、コーナーは気を付ける。


(もうあんな惨めな姿は、さらさないぞっ!)


 先ほど、穀物屋さんから出た後のこと――そんなに速度が出ていないのにも関わらず、早く離れたい一心で角を曲がったのと、身体に馴染んだ癖のせいで、コーナーを回るときに身体を傾け過ぎて、盛大にコケてしまったことを思い出す。


(ぐ、目立ちたくなかったのに! 目立ちたくなかったのに!)


 他のプレイヤーに助け起こされるなんてことになるとは、思いもしなかったよ!


 もう大人なのに! 24歳なのに! 「ボク? 大丈夫?」って言われて、惨めさと恥ずかしさと情けなさとで感情がぐちゃぐちゃになっちまったよ!


(ばかやろぉおおおおおっ!)


 しかもっ、しかも……子供のフリしちゃったし、最悪だ! でも、もうそうするしかない状況に追い込まれてた! からっ、仕方ないっ!


 だって、コケたことに驚いてたら、脇に手を入れられて起こされていて、どう言い訳しようか考えてる間に、服に着いた土が払われてて、そんで、回復魔法まで使ってくれてる状況で『あ、こう見えて大人です』って言い出せないよね?!


 『ふへへ、さーせん』で、許されないよ絶対。


 打ち明けてたら、返ってきた言葉は「キモ……」だったね。


(あー、バレなくて良かった)


 最後の頭なでなでが、髪の毛掴み宙ずりの刑に変わってたかも。


 うん。もう、あのプレイヤーには、二度と関わらないようにしよう。


(……ん、結構、走ったけど、今どの辺だろ?)


 立ち止まって、メニューから、MAPを開く。


 すると、真四角の半透明の地図が、手にくっつくようにして現れた。


(……それにしても、広い。……これじゃ街の端まで時間が掛かるなぁ)


 地図を見れば、神殿の上から眺めた辺りがボンヤリと、ここまで走ってきた通りと近くで見た部分がクッキリと表示されている。前情報では、遊園地一個分くらいの街の広さらしいが、今の俺からしてみれば、かなりの広さに感じる。


(ふむ。……えーと、方向は合ってる。……あ、鳥だ)


 地図を視線の高さに持って見ていると、家屋の屋根に綺麗な尾羽をもった可愛らしい見た目の小鳥が止まっている姿が視界に入った。


(……あんなのテイムしたい気もするけど、だろうなぁー)


 実際、このゲームじゃなければ、テイムしていたと思うくらいに可愛い。あの鳥を肩に乗せて、一緒に旅でも出来たら最高の気分になれただろう。でも、趣味に走るつもりはない。というより、それを許してくれるくらい俺の参加しているゲームは甘くはないから、他のことに現を抜かしていられない。


(せめて、見た目が可愛くなくて、目立たなかったら、考えたんだけどな……)


 手元から地図を消すと同時、小鳥は飛び立っていった。俺は、その小鳥を追うことなく、街の果てへと向けて、再び、走り出すことにした。




 それから、三十分、掛かった。



 オープン開始から、すでに一時間近く経った頃になって、ようやく、初めてテイムすると決めていたモンスターが住まう目的の地に辿り着いた。


(――くっさー……いや、でも、我慢できないレベルじゃ……ない)


 覗き込んだ暗がりは、下水道と呼ぶに相応しい匂いを放っていた。


 街の外の川まで続く、この地下水道の穴は、いわば超不人気スポットだ。


 臭く、汚れる可能性の高い、この場所は、特に行く価値無しとされている。


 エリアで言えば、街の内部。それと初期スポーン地点でもあるが故に、エネミーモンスターが存在していないとされている秘められたエリアだ。しかし、秘められた、とは言うが、下水道なのだから当たり前である。そう設計されている場所だ。


 もしかしたら、βテスターが情報を秘匿している可能性はあるかもしれない。その考え自体、間違いではないだろうし、初期リスポーン地点の隠された場所に貴重なアイテムがあったりするのはゲームにおいての当たり前でもあるだろう。


 しかし、俺は、そんなあるかどうかも分からない物を探すつもりはない。


(……人が通れる足場があってホント良かった。……ゲームとは言え、汚水の川に足を着けたくない。……ずっと臭くなるだろうからなぁ……)


 鼻を覆って手を下げ、匂いに慣れることを選んだ俺は奥へと進む。


 街の石畳と同じような足場が、黒く濁った汚水の川を挟んで通っている。もし天井に空いた排水穴から、日の光が差し込んでいなければ、何も見えなかっただろう。


 薄暗い中、目を凝らして見るが、まだ目が慣れていないから、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。そうして、何度目か、瞬きを繰り返していると、次第に目が慣れ、蜘蛛の巣が張っていたり、所々、壁が崩れていたり、横穴から汚水が流れる光景が見えるようになってきた。


(蜘蛛の巣……、あっ、トカゲだ。……あれは、……泡? ……いや、スライムか)


 ここにエネミーモンスターはいないとされているから警戒はしていない。しかし、そうは言っても、何も、この場所に生物が存在していないわけでもない。


 浄化施設ともなっているらしく、汚水の川や浄水層らしきプールのような所には、泡のように水に浮くスライムの姿や、壁に張り付いたトカゲ、獲物が巣に掛かるのを待っている蜘蛛など、小型生物の姿が見える。


(……見つかんないなぁ)


 遭遇するのは、ハズレばかりだ。ここに存在しているという生物に目星を付けて探しに来たのだが、気配を察知して隠れているのか、この場所なら何処にいてもよさそうな生物の姿が見えなかった。


(……うーん。……やっぱ、穀物でおびき――いたっ!)


 視界の先、丁度、日の当たらないところの、向こうの十字路の角から、こちらの様子を伺うようにしている存在を見つけた。


(多分、あれだ。……ゆっくりだ。……ゆっくり、ここに、穀物を撒いて……)


 後ろへと引き下がる。石畳の目を足裏で感じながら、一歩ずつ、大きな音が鳴らないようにして、穀物を少量、撒いたところから離れる。そして、息を潜めるようにして待った。


(来い、来い……)


「……ュ、……ュ、ュ……」


(来た! あいつだ!)


 小さな毛玉の姿が見えた。光の筋を避けるように、壁際によって少しずつ、鼻をヒクヒクさせながら、それでいて警戒しながらも、穀物に誘き寄せられるようにして、黒色の――が近づいて来た。


 そのネズミは、恐る恐るといった様子だが、確かに、穀物の撒かれた場所へと誘われていた。


(……食え、食え! ……よしよしよし! ……よし、い、行くぞっ!)


 小さな両手で一口、穀物を放り込んだところから、ネズミは穀物を貪るのに夢中になっているようだった。


 俺は、右手を、ゆっーくりと、黒色のネズミへ向かって突き出した。


『……【テイム】』


 そう、小さく呟いた瞬間、俺の掌から、紫色の、細長い糸が伸びた。


「――ヂュ?!」


 その紫の糸は、ネズミの元まで飛んでいくと、額へと――いや、額を通り、ネズミの胸元へと、入り込んでいた。


 ネズミは、一瞬、警戒心を露にしたが、俺とのパスが繋がったことにより……


「チュ? チゥチゥ?」


 ……まるで、意思が通っているかのような反応を見せた。


『あぁ、飯は食わせてる』


 パスが繋がろうとも俺にはネズミの言葉など分からない。だが、なんとなく、そう言っているような気がした。だから、俺は、穀物の小山を左手の平に、新たに取り出して、見せるつけるように差し出した。


『……だから、俺と一緒に来い!』


「チュ、チュゥ!」


 そして、ネズミが声を上げたその瞬間、俺と繋がっていた糸が消えた。


≪夜鼠――を、テイム致しました≫


『やったーっ!! テイム成功だ!!』


 アナウンスが聞こえたと同時、俺は初めてテイム出来た喜びのあまり、叫び声を上げていた。


「チゥー!」


『あぁ、よろしくな』


 足元を見れば、二本の後ろ脚で立ち上がり、首を傾げるネズミの姿があった。その手には、齧り掛けの穀物――ナッツを抱えていた。


『ん? お前、ナッツが好物なのか?』


「チュ!」


『お前の仲間も、みんなそうなのか?』


「ンチュー、チュチューチゥチュチゥ」


『好みはー、それぞれ? ってことか』


「チュ!」


 ネズミは小さな身体を使って、意思を伝えてくれるようだ。


 おそらく……向こうにはAIが搭載されているから、俺の言葉を理解しているはずで、こっちの言葉や意図を汲んでくれるような思考が形成されているのだろうな。


 って、言っても、色んな種類の穀物を一つずつこちらに持ってきては、何かを伝えようとしてくれているが、俺には何にも分からん。


『……ふむ。……あ、そうだ。お前の仲間も、俺のテイムモンスターとして引き入れたいんだけどー……おっ、連れてってくれるのか? あ、おい、どこ行くんだ?』


「チュッチュ、チュッチュチュー!」


 突然、ネズミが走り出した。向こうの角を曲がって、すぐに姿が見えなくなった。


 俺は慌てて――床に撒いた穀物を回収してから、ネズミの後を追いかけた……


『……あれぇー? どこ行った?』


 ……の、だが、ネズミの姿が忽然と見えなくなっていた。


 もしかして、逃げられた? 一瞬、そう頭に過ったのだが、一体全体どうなっているのやら、まだ俺とネズミとの間にパスが繋がっているのを感じられた。


『ふぅむー……まあ、この先に行ってみるかぁ』


 行く宛はないが、歩いてみることにした。


 もしネズミが汚水の川を飛ぶか、泳ぐか、そうでもされようものなら、まるで見当違いのところへと向かうことになるのだろうが、でも、なんとなく、この道の先にいるという不確かな感覚を信じて、俺は歩いた。


 そうして、しばらく行くと。


「チゥチゥ」


『お、こんなとこに――』


「チッウ!」「チュー!」「ヂュュ!」


 四匹のネズミが、頭を寄せ合って、何やら話あっているところへ遭遇した。そして、俺に気付いたその内の一匹が、足元へとやって来た。


「チュチュ、チゥーチュ!」


『おぉ、お前か。……仲間を、集めてくれたー……のか! 偉いぞお前ー! あぁ、うん、で、えー……餌か? よしよし、待ってろ』


 他のネズミは、逃げる様子もなく、そこに居た。


 それどころか、ソワソワして、両手を合わせて、……なんだか、俺に向かって会釈でもして、餌を欲しがっているような様子だった。


 その三匹の前に、複数種類の、穀物の小山を作ってやる。


「チッュ!」「チゥー!」「ヂュヂュ!」


 すると、三匹は驚いた拍子に、尻もちをついた。かと思えば、相当に腹を空かせていたのか、慌てて起き上がると、穀物の小山へ向かって、我先にと飛び込んだ。


「チュウーチュチュー!」


「チチチュッ!」「チゥーチゥ!」「ヂュヂュヂュヂュ!」


 一番初めにテイムしたネズミが、なにやら話し掛けているが、そんなこともお構いなしの三匹は、穀物を頬張っているままだった。


「チゥチー! チゥー!」


『ん? テイムしろって?』


「チウ!」


『おぉ、いいのか? じゃ【テイム】【テイム】【テイム】っと……』


 穀物の小山に隠れて、三匹はケツしか見えない。だけど、三本の糸は、しっかりと繋がっていた。その感覚が、掌から腕へ、そして、胸元へと伝わってきた。


≪三体の夜鼠をテイム致しました≫


『これで、おっけー。……お前も、あんがとな!』


「チウー!」


『でも、まだ終わりじゃないぞ? ここにもっと仲間を連れて来れるか?』


「チゥチゥ!」


『よっし、いい子だ。じゃあ、任せるぞ! お前達も食べ終わったら行ってくれ!』


「チュッ!」「チー!」「ヂュ!」


 丁度、腹が満たされたのか、新たに加わった三匹と最初の一匹が走っていった。


 俺は、その四匹のネズミを、見送った。……の、だが――


『……思わぬ誤算だ』


 ――ふと沸き立った予定外の事態に、動揺を隠しきれなかった。


 それは、なにも予定が狂ったという訳ではない。ここまで順調は順調だし、予定通りに事は進んでいた。しかしながら、今後の予定が狂う可能性のある事態が発生してしまっていた。


『……はぁーあ、参ったなぁ』


 臭くて、汚くて、気持ち悪いネズミなら……と、考えていた。


 それはゲームを初め、テイマーを選んだ時に決めたことでもあるのだが、まさか、嫌悪感を覚えるどころか、首を傾げたりして意思疎通を図ろうとするネズミに、愛らしさを感じてしまうだなんてことがあるとは予測できなかったのだ。


 現実で、二度と動物は飼わない……と、誓っていた。


 幼少の頃、飼っていた、いや、俺が生まれた時には、すでに傍にいた、ゴールデンレトリーバーのマナが死んでしまってから、命あるものは飼わないと決めたんだ。そう思うくらい、マナが居なくなってしまった事が、俺は悲しかった。


 だから、テイマーを選んだ際に……思ったんだ。


 俺には、テイマーしか道は残されていないと分かってから、テイムモンスターは所詮データだから、と自らに言い聞かせ、そして、愛情を注ぎ込むことのないように、そうならないようなモンスターだけをテイムすると決めたんだ。


『……だけど、なぁ?』


 簡単に、愛情が芽生えてしまいそうになっていた。それはもう、とてつもなくチョロいとさえ言えるほどだ。俺は、その自分のチョロさに頭を抱えてしまいそうになってしまっていたのだ。


『んぐぐ……いーや、データだ。ただのデータだ。うん。そう思うんだ』


 このゲームにおいてテイムモンスターの死=ロストだ。


 そうなることを分かっていて、俺は修羅の道を行くと自分で決めたんだ。だから、そんなことでいちいち頭を抱えている暇はないはずだ。それに、すでに始まっているのだから、もう遅いだろ。今更、後には引けない。


 俺は、自らの夢のためならば、鬼にでも蛇にでもなると……


『テイマーとして、このゲームの最強を目指す!』


 ……そう、決めたんだ。


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