006


 刺さるような警報にルークは飛び起きる。瞬間的に研ぎ澄まされた意識は、孤児院の客間で見ていた夢を遠ざけて弟妹きょうだいの元へ駆けさせる。

 外はまだ暗く、風が強い。揺れる窓を流し見て、ルークは思う。


 ――今日だけは、泊まっていて本当に良かった。


 昨夜、ふらりと寄った実家で泊まるよう言いくるめられるたルークは、断り切れず今に至る。断らなかった自分を誉めたい気分だった。何かあった時、何も出来ない後悔にさいなまれるより、ルークは己も渦中で藻掻きたいのだ。

 

 皆が眠る階へ着くと、ひとりのシスターが部屋の施錠を確認して回っていた。


「シスター!」


 静かな廊下に声を響かせれば、シスターはルークに気付く。


「ルーク! 今行こうとしてたのよ、大丈夫だった!?」


 駆け寄ったルークの腕を掴んだシスターは、無事を確かめると安堵の表情を見せる。ルークは冷静を演じながら、施錠された部屋を指して言う。

 

「ああ、大丈夫。皆は?」

「この階は大丈夫よ、私と眠っていたから……。ちょっと待ってね、今鍵を開けるから貴方も中に」

「なんで鍵閉めてんの? 火事だろ? 早く開けて逃げよう」


 錠を持ったシスターへ分担を急かす様に手を差し出すと、彼女は首を振って答える。

 

「違うの。この音はね、侵入者を知らせる警報なのよ」

「侵入者?」


 そう聞いてルークは一番に『グレイかもしれない』とよぎった。


 幾つになっても子供扱いをしたがるシスターへ警察官の誇りを見せて、扉越しの弟妹達に安心を与えた。自分が皆を守る立場なのだと己を奮い立たせれば、身体の仕組みは恐れよりも正義に染まる。


 血が落ちる廊下を辿り、そこに立った悪を見た時。ルークの考えは一瞬にして撤回された。


 ――グレイじゃない。コイツは只の侵入者で、殺人犯だ。


 抱えられていた人間は、自分の肉親と言っていい。脱力した手足と此処までの血液量が、彼女の生を諦めるよう告げてくる。

 沸き上がる感情は恐れより、怒りだ。それらを必死で抑え込みながら、ルークは声を発す。

 

「待て!」


 侵入者は立ち止まらない。声を掛けた程度で殺人犯は止まる筈が無い。そう知っていてもルークは声を張り上げずにはいられない。


「警察だ! 逃げられると思うな」


 震える身体は怯えを知らないようだった。突如現れた侵入者、許されない殺人犯に私情を挟むべきではないと理解していても、己の仇に変換される。仕舞い込むべき恨みが燃えるのは、誇りを身に纏っていないからだとルークは言い訳をした。



「動くな! そこで止まれ!」


 そう言って注意を引こうとしたルークよりも先にその台詞を叫んだのは、駆け付けたシスターだった。背後からルークの肩を掴み、無理に屈させようとするシスターに抵抗もせず、ルークは膝をつく。

 背中へ押し付けられた銃口は、家族の手によって突きつけられている。


「ちょっ、母さん? ……危ねえから、ここは俺に」

「黙って。大人しくして」


 静かに告げられたその声は、知らない音のようだった。護る対象であるべき家族は今、ルークの背後で安全装置を解除する音を鳴らす。心音がやけに騒いで、全身を巡る血が抵抗を促していた。

 彼女は自分を守る為に行動しているのかもしれない。それでも、引き金を引かれたら銃弾を撃ち込まれる現状にルークは動揺していた。


 ――知らない男を庇う為に、殺人犯が止まるとは思えない。


 そんな予想に反して、廊下を歩み進めていた侵入者はぴたりと足を止める。担ぎ直されたシスターから赤が滴り落ちるのを見て、ルークは対応を急がせる。


 ――近接だとしても相手の武器次第だ。シスターの奪還と、警察が到着するまでの足止め。注意は……俺だけに向けさせないと。


 思考を回すルークを余所に、背中へ当たる銃が一層強く押し付けられて喉が渇く。


 ――どうして。


 純粋な疑問を口にする間も無く、侵入者がマントから片腕を覗かせる。

 握られた銃に反応するより速く引き金は引かれ、こちらを向いた銃口が弾道を教えていた。

 

 背中で銃口が滑り落ちるのを感じ、振り向いた時にはと倒れる彼女の姿が在った。

 

 別れはいつも突然で、時間は立ち止まってくれない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る