004


 台本通り、と言う程に自ら道筋を立てた訳ではない。それでも、グレイにとって大方予想通りの展開だ。


 ――彼は何もしない。いや、出来ないが正解だ。賢い君が全体を見るなら余計に。


 疑問を確信へと変えたルークが手綱を強く引いたとしても、グレイは幾通りも逃げる術を知っている。彼に捕まらないよう隠れることも容易い。だが、隣を許す時間が増える程、嵌められた首輪が色濃くなっていくようだった。


 スマートフォンを操作したグレイは、ピアスと反対の耳でコール音を聞く。意味の無い行為だ。理由も無い。

 音が途絶えて直ぐに、相手は怠そうな声で言う。

 

『お前が何か聞いてくるなんて、晴れるんじゃない』


 相手はグレイの内臓まで知る存在、医師だ。彼に直接電話を掛けるなんて、数年に一度あるかわからない。思考が読まれているのは、グレイが台本上のひとりだという証明のようだった。

 

「ちょっと気になっただけ」

『どうせ相棒の名前についてだろ。アイツに聞けば喜んで長台詞を披露するだろうよ』

「ちょっと、気になっただけ」

 

 ほんの少し苛立ちが混じる。それを隠した所で、この男には暴かれる事をグレイは知っていた。


Valヴァルについてすら碌に知らないなんて不気味だけどな。情報制限でもされてんじゃねえの。いや、これに関してはお前の怠惰だな。知る気が無いからってだけだ』

「人の名前に意識なんて向けない」

『はいはい。Valの多くは孤児院に付く総称だ。ValenteヴァレンテValkyrieヴァルキリー、よく聞く名前はそんなとこだろ』

「それは知ってる。それが何って話」


「これらは部品の対象だ。孤児をまとめて、定期的に各国へ輸出する。RAINが誇る一級の部品となる」

 

 世界の誰もが“当たり前”に健康体ではない。RAINのモノは、それを補いやすいのだ。

 扱い易く、美しく、壊れにくい部品として重宝される。それは部品として生まれた宿命であり、運命だった。


『お前の相方をやらされてる奴、Valだろう。Valは平均値が高い、重宝される。からな。それでも部品になるんだ。お前と変わらないくらいまで生きてるなら“部品になるよりもRAINに貢献する確率が高い”と判断されてる、という事だ。――お前より、ひどく優秀だろう』

「……アレは、優秀な警察官だ」

『そうなるようにんだろ』


 彼の手本のような正義感に、吸収するような成長速度。高性能の部品を『成長させたい』と思わせる程の潜在能力を彼は持っている。依頼人から『勧誘』の言葉が出る程に。


Kie shadeウチに入ったって、人も殺せないんじゃすぐ死ぬだろう」


 零れる想いも本心だ。この物語に登場してしまえば生死を突き付けられるのは当然で、彼をいつでも蹴り飛ばせるとは限らない。

 開胸される程の痛みとは言えない胸の沈みを知ってか知らずか、医師はグレイへ突き付ける。

 

『お前みたいな底辺を育て上げたアレが、才能を教育したら。どうなるかは考えなくても分かるだろ』

 

 この男は、胸に沈んだ解を優しく掬うような男ではない。

 とうに幕は上がっているのだ。



 微かに震える通知に反応して、グレイはメッセージを開く。どちらからの連絡だったとしても、連絡を溜める理由は無かった。


『次の任務依頼でも来たんだろ』

「はい。丁度」


 送り主は依頼人だ。そこに載っていたのは、国内に潜むスパイ情報。対象の写真と暗殺までの期限が通告されたメッセージには、彼女の居住地として“Valente”の名前が並んでいた。


「……丁度、というか」

『そうだな』

「知ってたの」

『お前の選択はなんだよ。……アイツの口調っぽくて気持ち悪。話は終わりか?』

「はい。これだと、また近いうちにだろうけど」

『努力はしろよ。じゃ』


 彼頼りの任務には、修理が付き纏う。

 

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