005


 業務停止命令の際にルークの傍に居たロードは、ルークが既に釈放されたと聞きつけて六班にやってきた。デスクに座っていたアレックスに『どーも』と軽い挨拶をして、ルークへ『ちょっといい?』と手招きをしたのだ。


「なんでしょう?」


 六班の扉を後ろ手で閉めながらルークが問うと、ロードは労いの言葉を掛けながら手紙を取り出して声を潜める。


「伯爵、君が捕まっていた事も、風の噂か何かで知ってたよ。心配してた。……けど、俺個人としては、あんまり懐かない方が良いと思う。って、言うだけ言っとくね」

「これを渡しておいてですか?」

「良好な関係は築いておきたいからさ。中身、どうせチェスの誘いだろうし。俺の任務は此処まで」


 ルークが手紙を受け取った瞬間、ロードはパッと手を離してひらひらと指を波のように動かした。

 

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 その名が記された手紙には見覚えがある。丁寧に糊付けされた封を破り、ルークは中を確認した。

 手紙の内容は、ロードの予想通りチェスの誘い。それとは別にもうひとつ、知らせたい話があるとの事だった。大方、こっちが本命だろう。


 結局のところ、ルークは呼び出されたら出向くしかないのだ。

 

 ――グレイと行く理由が無いんだよな。


 あの夜、グレイへ黙っていた事が尾を引いて、彼にオーガスト邸での出来事を報告するのがはばかられてしまう。


 ――言ったとしても、『そうなんだ』しか言わない気もする。


 亡霊に吐き出した違和感が形になる事は無いだろう。ギルバートと共有したそれが正しければ、証拠が出てくる事は零に等しい。

 そんな夢物語を笑うアレックスは、一般的な思考を持ち合わせている。それが、RAINにおける常識で、伝統的な事象なのだ。


 ロードがアレックスを疑ったように、ルークもまたグレイを『信じたい』からこそ調べようとしていた。

 心に引っ掛かりを持たせたのは、先日のグレイの言葉ではあるけれど。


 扉を閉めた後、自席に戻る事もせずにルークはその場に立ったままだった。只、じっと無意識にグレイを見ていたルークは、ばちりとグレイと視線が合っても、ぼうっと彼を眺めるのみだ。



「ルーク」


 グレイに呼びかけられて、ルークはグレイへ意識を向ける。ずっと彼の言葉の意味を考えてはいたけれど、彼を見つめていた訳ではなかったのだ。「何」と答えたものの、自分が怪しかった事にルークが気付くのは早かった。


 アレックスは咳払いをすると、「このあと、グレイは?」と問い掛ける。「もう少ししたら行く」と答えたグレイは、銃の点検をしているようだった。

 

「ルークは?」

「警備部案件です」


 そう言って自席へ向かうと、グレイが顔を上げて言う。

 

「僕に何か話す事でもあるのか?」


 触っていたものから手を離して、グレイはこちらを向いた。


 ――話す事、ね。あるに決まってんだろ。

 

 雨隠しについて俺よりも理解したようにしているなら、何故お前は何もしない?

 俺と同じように、RAINへの不信感を持ってるのか?

 何故、知らないとばかりにをした?


 沢山の疑問がルークの頭を巡る。此処で問い質したい衝動を抑えて、それをそのまま声に乗せた。


 

「ある」


 

 ルークが想定していたよりも、ハッキリと不機嫌そうな声が六班に響く。

 

「何? 行く前に言えばいい」


 しれっと視線を手元に戻したグレイは、淡々と回答を促す。


 ――俺が何か言いたいって事は察したけど、何が言いたいかまでは察してねぇな?


 そう感じたルークは、場所と時間を変える事にした。

 

「……今日、夜集合。俺んちな」

「今日は無理だ」

「なんでだよ! 後輩の話を聞く流れだろ!」

「ちょっとした仕事。君だって、何時までか分からないだろう」

 

「終わったらでいい」

「終わったら? 僕はいいけど、朝食になってもいいのか?」

「はあ? んー……、まぁいいよ。それでいい」

「そう。僕は今でもいいんだけど」

「俺はもう行くからムリ。じゃあ夜な」

 

 そう言って六班を出たルークは、オーガスト邸へと向かった。



 ――――――――

 

「疑い尽くせないんじゃないか?」


 そう指摘したオーガストは、湯気と共に珈琲をすする。


「そんなこと……」

「あるだろう」


 反論しようとしたルークをオーガストはぴしゃりと断言した。


「つまり、我々が共有していたRAINのを、その“彼”は君よりも理解していた。君は、彼を信じているからこそ、彼ごと違和感を究明しようとしている。だが、彼が嘘を吐いていた事で、君が彼へ疑念を向ける要因になった」


「詳細までは言いませんが、そうです」

「嘘ね……。全て教えてくれれば、君をより詳細に理解してやれるのに」

「言いません。ですが、事実しか述べていません」


 盤を幾ら眺めても、ルークは会話に意識を持っていかれる。

 

「そんなつもりはなかったが、まるで取調べのようだね。それは君の専売だろう。――しかし、君には疑うという行為自体、難しいんじゃないだろうか」

「今、疑っていると話したところで何故そうなるんです」

「きみは、人を信じすぎるから。そこが君の美徳な点で、私はそこを評価している」


 ――評価、ね。揶揄って遊んでいるだけだろう。


 駒を触る手を止めて、オーガストの視線を集めるように黙った後、ルークは呟いた。


「疑えますよ。少なくとも、貴方に信頼を預けていないように」

 

「ふむ。それは確かに良い例えだ」


 周りの人々をルークは大切にした。問答無用で信じる家族たち、背中を預ける仲間。そんなルークは、揶揄われていると分かっていても、此処に座る。

 信頼は預けていない。それでも、ルークは少し亡霊に寄り掛かってしまっているところがあった。意識的に、オーガストへ警戒するよう心掛ける必要があるのだ。


 

「そうだな。では、君の信頼を得てみようか」

「今の状況では難しいのでは? ロードさんにでもするつもりですか?」

 

「いいや。君に、情報を捧げようかな。とっておきの、捨て駒なんかじゃない核心だ。お伽噺のような存在に、手が届くと言っていい」

「どういうことです?」

 

「答えを実際に見るのは君だ。おそらく、としか言えないのが心苦しいけれど。私では答えまで辿り着けないだろう。君の心が打ち砕かれた時、君が彼に抱く信頼の形が変化する筈だよ」

 


 ――打ち砕かれる?


「君に、合言葉を託そう」


 

 不安な単語が並ぶ中、背景にはレコードが回り続けていた。

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