003
「よく取り返してきたね!」
六班に戻ったルークとグレイに駆け寄ったアレックスは、わしゃわしゃと二人の頭を撫で尽くした。
無抵抗でそれを受け入れるルークと、避けようとしながらも逃げられないグレイは対照的だ。抵抗の意志を見せながら、ルークの隣でグレイは呟く。
「別に、ただ冤罪を証明しただけ」
「アルさん、ご心配お掛けしました。グレイ、改めて。本当にありがとう!」
兄弟とは恒例の“感謝のハグ”をしようと、ルークがグレイへ腕を伸ばす。即座に胸へ置かれたグレイの右手がルークを止める。無言で距離を取るグレイへルークが力を加えると、面倒になったのかグレイは胸を
そんな二人を笑いながら見ていたアレックスが、ひとつ息を吐く。意図して作られたような
「冤罪、なんだろう?」
射抜かれる視線で、ルークは一瞬取調べを受けているような錯覚を覚える。おそらくアレックスは経験者なのだろう、とルークは察した。答えを繕う必要はない。ルークは、事実を口にする。
「はい。本当に、思い当たる事も無くて。グレイが来るまで取調べも行われず放置だったんですよ。弁明する機会も貰えず……、解放されて良かったです」
「へえ、放置か……。それは、よくグレイはルークを解放できたね!」
「ホントだよ。冤罪だって説明してもないのに、いきなり来るんだもんな」
ルークが黙っていたグレイと目を合わせると、彼はぽつりと
「君には無理だろう。殺人は」
「そ、れはそうだけど! 逮捕されてたんだぞ。俺を信じられない可能性だってあっただろ」
「事実だとしたら、僕があの部屋に入った時点で自白するだろう。君は」
「うっ、いや、わかんねえだろ。お前に、……嘘を、吐くかもしれない」
「まぁ、可能性としては有り得るけど。――
僅かに低めたグレイの声が、ルークには呆れた信頼に聞こえた。
『嘘なんて吐けないだろう』と言いたいような声の擦れは、ルークの頬を緩めるのには簡単な材料だ。『隠し事をしない』と信頼を寄せられている実感が、ルークがグレイに感じている“絆”を深める理由になる。
「……
自分を深く知られているようで嬉しくも照れが混じるルークは、グレイから顔を背けた。
ふと頭に
『お前、信じたいと思う人間は居るか?』
――グレイを、俺は信じている。仲間も、家族も。自分の信じたい人を信じる、というギルバートさんの心情は理解できる。
理由なく信じられる相棒は、簡単には巡り会えないだろう。今こうして絆があるのは、ルークが第一に信頼を預ける癖を持つからだ。そして、偶然にも揃えられた状況が、二人の距離をぐっと近付けた。だが、ルークはグレイやアレックスに関して、知らない事は多くある。
『俺は、憧れの先輩を疑い尽くして、調べ上げたことがある。その人を――』
――心の底から信じたい自分自身の為に。
真実を己の瞳に映せば、絆は強固な物になる。
ルークは心に留めた言葉を反芻していた。
――――――
六班を出て、一週間ぶりのグレイとの任務は
並んで外へ向かい、もうすぐで警視庁を出るというタイミングでルークがグレイに問いを投げた。
「なぁ。RAINに違和感があるとしたら、何だと思う?」
「急だな」
建物から一歩外に出れば、雨と共存する世界だ。傘を開くルークと傘を持たずに雨の中を進むグレイは、並び歩く速さに一瞬の差が生まれる。いつものように足を速めようとしたルークを、グレイがスピードを落とすように待った。
追い掛けるまでもなくグレイに追い付いたルークは、自然にグレイを自らの傘に
「帰って来たら聞こうと思ってたんだ。ちなみに、模範解答はある」
「模範? ……違和感か。それは、模範解答を当てた方が良いのか?」
「当てられるなら。他にあれば、それも」
同じ傘に入る事で、お互いの声が届きやすい。答えを考えているであろうグレイの微かな声すらも、耳が拾う。グレイは解答を導き出したのか、さっと傘の外へ触れるように手を上げる。
「模範は、コレだろ。雨」
「やっぱそうか。早いな」
「
「他は? ないのか?」
「他ね……」
グレイの顔を
――面倒とも言わず、本当に聞けば答えてくれるよな。
途絶えた言葉の続きより、ルークは自分の疑問を優先する。
「じゃあ次。 雨隠しについて、何か思う事はある?」
「あぁ。それもRAINだけか。特に思う事もないけど、何?」
「ないよなぁ……」
「なんで残念そうなわけ? これも模範があるのか?」
ルークを窺うグレイの視線を
「あ、そういえばさ。報告書の作成依頼、請け過ぎじゃないか?」
「報告書なんて雑務を六班に回さないのは、それこそ違和感ってヤツだと思うけど」
「そうだろうけど! ……名前、貸したりしてるだろ」
「まぁ、貸せと言われれば貸すけど」
「この前ちょっと眺めたら、お前の名前ばかり並んでたぞ。あと、書き換えられた形跡とかあったんだけど、アルさんに言った方がいいかな」
「アルに? 何を」
「だから、書き換えられた形跡っていうか、編集者がわざと表示されないようになってたりとか。なんか、変だと思わない?」
その眼で見た事実をグレイに問うと、彼は少し首を傾げて不思議そうに声を出す。
「いや、特に……。書き換えるべきなんじゃないか?」
「は? なんでだよ。報告書には真実を残すべきだろう。そうでないと、意味が無い」
足に跳ねる雨が勢いをつける。同じくらいの歩幅で歩いていても、地面を踏み締める強さまで同じとは限らない。
大通りを抜けて、橋の上を通る。下に通った水路と、その脇に舗装された道を歩く傘たちがルークの視界に入っていた。下を眺めるグレイも、同じ景色を見ている筈だ。
問いの続きを語らないグレイの
雨雲が重なったのか、一帯に灰色が増して暗くなったような気がした。
「……前に、港で誘拐犯を捕まえたのを覚えてる?」
グレイの問いが二人の
「え? 勿論。君と、女の子を助けた時だろ?」
「そう。あれだって、報告書には載せられないだろう」
「バイクを壊したって?」
「それは載せても良いと思うけど。そっちじゃなくて」
立ち止まったグレイが濡れないように、ルークは手元だけグレイに寄せる。引き返した身体は、グレイの横に立つ。振り向いた際に見たグレイの視線は、周囲を確認するような動きをしていた。
「刑事部は、あの女の子を本気で助けようとしてなかっただろう」
「――え?」
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