010


 王宮の中庭に用意された席で、DARPダープ国王との会談が行われる。グレイは、護衛チームの遣り取りを無線で聞きながら、会談場所近くの木陰に潜んでいた。

 この場面シーンで隙を見せる護衛はひとりも居ないだろう。予定通りの位置に置かれたチームメイトは、各々が責務を果たす。

 

 ――太陽が眩しい。

 

 緑葉の隙間を見上げたグレイの左腕は、マントの下に隠れたままだ。首から吊り下げるように固定された腕は、今現在らしい。

 何処に居ても良いとの任務だが、非常時に対応できるような位置をグレイは保つ。植物に身を隠されながら、グレイは会談の無線に耳を通していた。


『RAINからの輸入品にはいつも助けられております』

『輸出できる産業は僅かですが、今後ともご贔屓に』

『勿論。RAINの品は何処の国でも重宝される、世界を補う唯一の国ですから』


 外交は順調だ。例えDARP国がRAINの闇を突いても、それらは陰に制御されとされた。雨雲の下に陰が在る限り、支配の手が伸びる事は無い。不条理な雨は、傘で防ぐべきなのだ。


 ふと気配を感じたグレイが視線を上げると、白い鳩が木の枝に停まってグレイを見下ろす。それを合図にして後ろを振り向けば、知った顔が近寄って来ていた。

 

「相変わらず、気配に敏感だねぇ」


 現れたのは、いつかの夜に鴉を纏っていた陰。動物との意思疎通を図れる彼は、鴉や鳩と行動を共にする。

 

「明らかにお前の鳩だろう」

「普通は気付かないものだよ? 『鳩だ』って、一括りに認識する人間が殆どだし」

「用件は?」


 同じ木の影に背中を預けた彼に、グレイは声を潜めて問う。

 

「いやぁ、君の顔を見に来ただけなんだ」

「……会談中に?」

「此処に居るだけじゃん。『調子はどう?』ってナンバーワン様に聞くような事でも無いのかなぁ」


 疑いの目を向けても、彼は世間話もどきを続行した。

 白煙は、Kie shade内で一番に名前が挙がる。辻褄を合わせる役割は、義務のように祀り上げられるのだ。揶揄うような物言いをグレイが無視していると、彼はそれを気にもせず言葉を繋げる。


「そういえば、最近お気に入りの駒がいるらしいね?」


 声量を落とす彼は一応、任務中の意識はあるのだろう。仕方なく、グレイは会話へ乗る事にした。


「特に思い当たらない」

「六班は、バディを組んだと聞いたよ」

「……あれは名前だけ」


 駒として動いているのは、グレイ自身だ。そんな風にルークを道具のように語るのは依頼人くらいだが、依頼人から聞いたというより、彼は盗み聞きしたのだろう。鴉が時計塔の機械室を出入りするのは、見慣れた光景だ。

 

「ふーん。まぁいいけどさ。君自身は、何の駒と呼ばれるんだろうねぇ。やはり、後継者としてならキングかな?」

「キングはもう埋まってるだろ」


 影として、『キング』と呼ばれる者が過去に居た。

 だからと言って、それは継承されるような呼び名ではない。


『白煙』はいつからかグレイに与えられた呼称だったが、大体のそれは辻褄を合わせる役割を持つ陰に渡されるもうひとつの名だ。全員に該当する話ではない。


「かつてキングと呼ばれた我らがトップは、もう席に座らない。代わるように、君が道化を演じている。求められた役を演じ切る君は、完全なる道化師と言っていいだろう。『キング』の駒に納まらない君は、ルールを破壊しているように見えるけど?」


「納まらないんじゃない。……君は僕より少し若いから、あの人を知らないだろうけど。それに、この盤上にルールはないようなものだ。板の上では、役を演じ切るべきだろう。――暇潰し終わり。長く同じ場所に居たくない、用件を」


 彼との世間話擬きに幕を引き、此処へ来た本当の理由を急かす。諦めたのか、飽きたのか、彼はすんなりと依頼を口にした。


「予定変更、『グレイはRAINへ帰国』だってさ」

 

「早く言えよ」

「カワイイ嫌がらせだろ?」

「可愛くない」



 ――――――――

 


 オーガストに疑問を溢した後、ルークは警視庁の事件録にアクセスしていた。

 

 ――『人から与えられた情報を百パーセント信じる』よりも、自ら情報を集めた方が絶対的な確信を得られる筈だ。

 

 警察手帳には個人のデータが含まれる。六班所属のルークは、限定的なアクセスだけでなく、他部署の事件報告書も閲覧が許されていた。

 アレックスが不在の六班で、ルークは幾つものデータを投影させる。

 

 

「また空欄……。これも、書き換えられてる」


 加筆修正されたと思われる履歴に加えて、最終編集者の名前が空欄のまま放置された報告書が、やけにルークの目に留まった。

 該当する報告書の担当者に添えられるのは、慣れ親しんだ名前。グレイ・アシュリーの文字が並ぶのだ。


 ――グレイが関わる事件の総数は多い。名前を“貸した”場合も少なくないだろう。こうなると、本当に彼が関わって報告書コレを作成したかもわからなくなっている。


 面倒事を請け負う、その多くを担っていたのはグレイだろう。グレイが警官になる前の報告書の殆どは、アレックスの名前が占めていた。

 異なる点は、アレックスの報告書からは『事件に関わった詳細』『六班が請け負う前の担当』までも事細かに入力されている。グレイの報告書には、それが無い。

 グレイが本当に担当した事件なのか、報告書だけ作成したのか、名前を貸しただけなのか。それが読み取れるのは編集履歴のみだというのに。


 ――これじゃ、君が疑われるだけじゃないか。


 空白の編集者名は、システムに触れなければ不可能な所業だ。過去へ遡っても『いやな編集』の形跡は複数件、外部の犯行ではないだろう。


 ――警察内部の誰か、と考えた方がいいよな。仲間を疑いたくはないが。


 システムへの侵入は、グレイには難しい。アレは未だにスマホを使うような機械弱者だ、とルークはグレイのスマホ利用に安心を得た。

 


 ――そもそも、報告書を書き換える目的は何だ?

 

 閲覧権限は部署ごとによる。該当事件の担当部署は偏っていない。

 


 ――俺でも見つけられるような報告書の穴を、今迄誰も気付かないなんて事あるか?


 データで管理された報告書は、事件が終われば人の目から遠ざかる。見返す必要が無ければ、最終編集者によって改変されても穴は塞がらない。


 

 ――は、何処で線引きされるのだろう。

 

 誘拐も、殺人も、犯人逮捕が事件解決と言えるラインだ。

 ルークが初任務で確保した犯人も、『あまり関わるな』との指示の後、逮捕されたとの報告書が残っていた。


 ――港へ停泊したところを逮捕。一名は抵抗の末に現場で射殺。一名は獄中で自殺。二名は取調べても情報得られず、か。

 

 原因になる悪人が存在する節理の中で、『雨隠しであれば仕方ない』と国民が無条件で納得する一手がある。

 

 誘拐にしては証拠不十分。犯人は存在しない。

 跡形も無く消える現象は、雨が降る事と同じくらいに自然な事だと当たり前に思っていた。

 

 

 空白を残した報告書は、疑いの芽を育たせる充分な要素だ。



 「誘拐、か」

 

 光る端末に照らされながら、ルークは呟く。並んだ名前を流し見て、指を止めた。

 

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