009


「グレイ? 名前に覚えはないが……」

「そうでしたか。忘れてください」


 オーガストから視線を外して、頼んでいた珈琲をルークは口にする。アレックスと面識があるなら、グレイの事を話していても不自然ではない。また揶揄われているのと感じたのは、気の所為だった。


「コレに近い人間でも居るのかい? 警察関係者か? それとも、友人か」


 理想の話をしていたから、かもしれない。一致しないだろうと挙げられた理想像は、グレイと重なるように思えた。ルークの目に映る彼は、『強く、仲間として頼もしく、身体能力が高い。目を離せば突然何処かへ行ってしまう、困った相棒』。頭の中で組み立てた彼の条件と、当たらずといえども遠からず。

 

「同じ班の先輩です。友人だとも思ってますけど、彼はどうでしょうね」

「君が友人だと思うなら、きっと彼も同じだろう。――『グレイ』、か。私の条件で彼の名前が出る程、怪物のようなのか?」

「怪物? いや、普通に、人間ですよ。ただ……」

「ただ?」


 言葉を続ける前に、ルークは周囲を確認した。居ないと分かっていながらも、グレイの耳に入れるのは照れ臭いような気がしたからだ。グレイは勿論、アレックスも周囲に居ない事を再度確かめてから、ルークは言葉を紡ぐ。


「『今は、敵わない』とは思います。強くて、動きが素早くて……。彼がいつでも私より先を走るので、追い掛ける事に必死な時期もありましたし」

「今は追い掛けてないのか?」


「追い掛けてますよ。追い掛けなくても、同じ志がありますから。今は、彼を待つ時間も嫌いじゃないので。いつか追い抜きますけどね」


 見えない程、理想は遠くない。バディであり先輩であるグレイを、ルークはひとりの人間として扱う。

 ニッと笑って言えば、彼の前を走る日が近付くようだった。


 動かされない盤面に目を落としたオーガストは、ルークを見て笑顔を返す。


「意見を口にすれば、こうして互いの理想を語り合う事も出来る。だが、君は恐れを理由に口を閉ざすのかい?」

「恐れているわけでは」

「“こわい”のだろう。そうでなければ、私に共有しても問題無い筈だ」


 違えた意見は、人を孤立させる可能性がある。

 大多数と同じものを抱いていれば、共感を得る。

 少数の限られた意見に共感すれば、仲間意識を強く持つ。


 ルークは既に、一歩外側へ立っている。

 


「……家族が雨隠しに遭った事はありますか?」


「成程。――私は無いよ。君は、それをどう思ったんだ?」


「先日、家族がひとり雨隠しに遭いました。戻って来ないなら幸せに違いない。当たり前にそう思っていました。……貴方の言葉と同じです。

 弟が『もう会えないのは嫌だ』と泣いていました。『此処よりずっと、幸せに暮らしているから泣く必要は無い』と、反射的に返そうとした自分に違和感を得ました。『どうして、そう言える?』と。 疑問を抱き、泣いていた者は幼い弟妹きょうだいだけです。

 ずっと、あなたの言葉が引っ掛かる。『理想的な国民』とは、こんな事を言っていたんじゃないかって。

 ――変だな、と思います。昔から続く風習なのに」


「聡い君は、私が答えを渡さないのも理解しているだろう。それでも、こうして言葉に出来るのは君の良さだ。何事も疑問を抱きにくいのは、RAINの国民の習性でもあるね。……滑らかに、優しい人柄を持つ人間が多いから。君もこうして、やんわりと疑問を口にする。

 声を小さくして、言ってみなさい。私だけに聞こえるように」


 オーガストが囁くように声を落とす。

 暴かれるような感覚を、ルークは掌に握り締め、息を吸う。


 静かに吐き出す息と共に、言葉を続ける。

 

「居なくなった事実は、家に必ず残ります。例え、他の思想は妄言の範疇でも、それだけは揺るがない。

 ……事実だけを見つめたら、雨隠しは“誘拐や死”と限りなく近い、と思ってしまいます」


 窓の外で雨が降る。ルークの耳に、雨音が届く。


 ――――――――


 国王滞在の船室では、DARPダープ国への入国前にグレイと司令官、それと王室からの側近という限られたメンバーが集められていた。

 制服の片腕を隠したグレイが、国王への報告を述べる。


「自動拳銃をアンモラル廃特区へ流した黒幕は、DARPダープ国だとKie shadeキーシェードは判断しています。目的は、RAIN内部からの崩壊。不道徳の象徴である廃特区の国民が、RAINへ反逆の意志を持つストーリーだったと睨んでいます。その際、警視庁の情報は漏れていた、との報告が」

「そうなのか?」


 この場に参加する警視庁の人間は、グレイ以外に居ない。王が問うのは、警視庁六班のグレイへだろう。だが、今は白煙として此処に立っている。グレイ・アシュリーが担当した仕事で、情報を得たと言う必要は無い。

 

「あくまで予想、確証ではありません。警視庁内部には、情報をリークする者が少なからず居ます」

「Kie shade以外にか?」


 警視庁や軍、街のあらゆる場所に潜伏しているのはKie shadeの陰だ。国王の管理下ではないKie shadeは、疑いの目を向けられても仕方ないと言える。

 

「そこはご容赦ください。――今回の護衛は警視庁ではなく軍主導ですので、軍の漏れは無いか確認できる機会となります」

「……私に危険に晒されろ、と?」


 軍主導で行う護衛の内部情報が漏れれば、スパイの有無の確認や背後組織まで辿れるかもしれない。だが、それは誘き寄せる行為。こうして白煙を国から連れ出しても尚、彼は自分が可愛いらしい。

 友好関係にあるとは言えない両国は、表面上だけでも歩み寄る演技パフォーマンスをする必要があるだろう。


 

『RAINには雨雲と共に存在する“陰”が在るから』

 その駒は今、RAIN国王と共に在る。

 


「まさか。陛下の傍には、白煙がおります。それに、私を傍に置いて、覚悟すら持ち合わせていない王ではないでしょう」

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