009
「グレイ。君自身の事を教えてくれ。君に起きてる現状も過去に有った悲劇も、俺に話してくれないか」
――俺はグレイに対して、知らない部分が多すぎる。
ルークは、捜査への情報提供に協力しながらも、グレイへの確信を隠した。濁りも、淀みもなく、淡々と助けられた事実を覆う自分と、当たり前に嘘を重ねるグレイは似通う。そう感じるのは守りたい何かが、お互いにあるからだろう。
――もう誰も殺さないでくれ。
全てをグレイが犠牲にする事によって、この国と生活が護られている。誰かを殺して、グレイは自分自身さえも殺し続けている。
本音を伝えるより先に、彼の痛みを知る事が彼に寄り添う方法のひとつだろうと考えたルークは、覚悟を持ってグレイを知ろうとした。
「断るよ」
グレイに冷たく切られた会話を、ルークは無理に結び直す。
「言いたくないのか」
「違う」
「じゃあ」
「……
伏せた目に潜める何かを紛らわすみたいに、グレイは頭を掻く。静かな溜息をひとつ吐いた後、ルークを見て呟いた。
「話す事が無いんだ。現状や、悲劇と言われても。君は、僕に何か……痛みのようなものを向けているようだけど、その正体もわからない」
「答えは“心配”だ。何か、寂しかったり悲しかったりするような傷があるだろう? それを放っていたら、人はいつか立っていられなくなる」
「傷?」
そう言ってグレイは掌や腕を適当に返す。捲られた袖から見える肌は透けるように白く、傷ひとつ無い。本当に思い当たる事が無いみたいに首を軽く傾けるグレイへ、ルークは告げる。
「外傷じゃない。目に見えない傷の話をしてるんだ」
「そうか」
理解を顔に出さないグレイは、話を終えたかのようにソファを立つ。終わらないタイミングの線引きにもルークは慣れ始めていたし、それを気にせず繋げる事も度々あった。
「あのさ、グレイ」
「何?」
「俺を、また助けただろう」
しん、とした空気が流れたのは、それを感じさせない程の僅かな時間。拾い上げようとしなければ気付かない隙を置いて、グレイは答える。
「……何の話?」
「昨日の事だ」
「アルから聞いてる。平気なの?」
――知らない振りをする必要性は、あるか。俺に与える情報は少ない方が良い。
助けられた事実は、侵入者の正体を知る形の無い証拠だ。
「ああ、おかげさまで」
誤魔化す物言いに負けじと言い返すと、グレイは何かに気付いたように「あ、なるほど」と理解を示す。
「なんだよ」
詰め寄るように立ち上がったルークは、グレイから言葉を引き出そうとする。疑いを顔に貼り付けて覗き込もうとしたルークを、グレイは流れるように距離を取って躱し、にこりと笑う。
「僕は今、目に見えない傷の話をしてる。大丈夫なの?」
グレイのこういう一面が、卑怯だとルークは思う。
優しさを返すように、嘘かも知れない言葉を紡いで、こちらを窺う。処世術なのかもしれない、彼が生きる為に必要不可欠な学習能力かもしれない。作り物のような“欲しい言葉”を簡単に渡してくるグレイが、誰かの祈りを叶える英雄として存在しているのだろう。それでも、突然に渡される配慮と優しさは、彼が持っている心だとルークは信じていた。
自分の傷は判らない癖に。痛みに鈍いと言いながら、寄り添うように隣へ立つ彼に、ルークは何度も救われている。
「……お前を、恨んだりしてないのが不思議なんだ」
「……どうして僕が恨まれる話になったんだ?」
「だって、君だろう?」
「答えられる事は無い。知る必要が無い事まで知らなくていいって、君は家族にそうしてるんじゃない? ……聞いてるよ。誰か、死んだって。幼い子供にも事実を伝えた訳じゃないんだろ?」
「伝えられないだろ」
「そうだろうね」
もう一度、無理に話を繋げる事も出来た。だが、子供に伝えない選択を下したルークが、逃げるように立ち去ったグレイを捕まえるには、初動が遅すぎた。
――知っている。君が英雄と怪物を担う事で、世界が調整されている事を。
――生まれは俺と変わらないのに、歩いてきた手段が違う事も。
地獄のような初仕事の時、殴られた彼は『この痛みでは足りない』と被害者家族の痛みに心を寄せていた。初めて子供を助けた時、彼が『子供は助けないと』と言っていたのをルークは覚えている。今も、孤児院の子供達に“残酷な現実”を伝えない優しさを、ルークと同じように抱く男だ。
――知らない事ばかりだ。でも、知っている事だって。
彼の庇護対象には国民と同じく、ルークも含まれている。だが、自分以外の誰かを救い続けても、彼の事を誰も助けない。
この国の英雄は、幼い彼に見向きもしないのだ。
「……神様、彼の負担が大きすぎませんか。少しくらい、俺を身代わりにしても、いいんじゃねぇの」
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