#04 Ideals and facts

001

 

 暗闇を漂うのは何度目だろう。グレイはおぼろげに意識を辿る。


 ――何処だ。今、何時だ。身体の全部は、動くのか。


 感覚が遠いのは煩わしい。四肢との連携を繋げるように、グレイは指先を動かす指令を送る。ピクリと動く感覚は得ていても、肉体の全てを自由に動かせている気がしない。

 

 ――こんな夢を、いつかも見たような気がする。


 そう気付けば、グレイの覚醒は早かった。


 

「っ、は、」


 目を開けば、眩い照明がグレイを照らす。この見慣れた天井は、手術台の上だろう。思い切り息を吸ったのか、肺が膨らむ。落ち着かせるように、グレイは意識的に呼吸を繰り返す。


「起きたね。遅い。君、失神いつぶり?」


 少し離れたところに腰掛けていたのは、依頼人だ。端末に意識を向け続ける彼は、作業中なのだろう。グレイの方を見向きもしない。

 

「……十三、とか」

「いいや。十四の頃にも一度、アレにぶっ飛ばされてやってただろう。それ以降は?」

「あー……。それが最後だったと」


 体を起こすと、くらり頭が揺れる。頭を押さえる為に挙げた右手が包帯で巻かれているのを見て、グレイは与えられた痛みを鮮明に思い出す。


 撃たれた足、刺された腹部、肌に落ちる雨さえも、グレイに苦しい痛みをもたらした。任務の最中に失神したのだろう。記憶の隅に『死ね』紛いの言葉を吐かれた断片が残る。

 失神というより、『一瞬でも死んだのかもしれない』とグレイは悟った。


「左腕、あんま動かすなよ。変に治ったら、俺の腕が落ちたみたいだろ」


 自動ドアから入って来た医師が、依頼人の隣へ簡易椅子を寄せると、どかっと座る。白衣を触って『綺麗になったね』と笑う依頼人から見るに、着替えて来たのだろう。おそらく、グレイを執刀したのだ。


「……任務は」

「ん? 成功だよ。君が演じた被害者はあの場で死んだ。多数の目撃者を用意して、ね。君の流した血は、ひとりの亡命を成功させた。何も問題は無い」


 人をひとり、RAINから消す為に。絶命したと見せかける演出を用いて、身代わりに死ぬ任務だった。

 成功の言葉を聞いたグレイは安堵する。死んで尚、失敗と聞かされたら死んだ意味が無い。失敗だとするなら、こうして目覚めなかったかもしれないが。

 グレイを目覚めさせた本人が、話に割り込むように愚痴を垂れる。

 

「俺がこの後捕まったりしたら、問題大アリだけどな。大損害だぞ、RAINにまで呼び出すなんて」

「これに今死なれちゃ面倒だからね。君を呼ぶのが最適解なんだ、って何度も言ってるだろう。俺がいるから、大丈夫だって! 何をそんなに心配してるんだか」

「心配とかじゃねぇよ。――おい。どうだ、色々」


 医師の言う色々は、身体の調子や痛みの具合を示していると判断したグレイは、確認するように身体を触る。


「戻ってきてる筈だ。薬は抜いたし、傷の治りも早まってる。感覚、鈍いんじゃないか?」

「そう、だね」


 自分で腕に爪を立てたり、つねったりしてみても身体に不快感は無い。雨の中での記憶だけが、グレイに残った痛さだった。


「だが、一度意識を飛ばしてる。流石に痛みも、肉体も限界値を超えたんだろう。無闇矢鱈に動き回るなよ。――お前にも言ってるからな、コレを使ってるのはお前だろ」


 依頼人の頭を鷲掴みにした医師は、じゃれるように髪を崩す。端末に合わせていた目線を医師に向け、依頼人は抗議を口にする。

 

「ええ、俺? 知らないよ。治ったなら良いだろ、何しても」

「いつも通りに治ってねぇの。グレイ、一日は腕固定するようにしろ。変に骨繋げたら、もう一度折るからな」

「……わかった」


 ――やっぱり、折ったんだな。


 確信を得たグレイは、『油断と隙を与えた自分に責がある』と己を納得させた。意識を飛ばす事も、麻酔で眠らされる事も、自分を手放した己の責任なのだ。誰かに仕組まれていたとしても、それを越えられない自分が悪い。

 

 ふと、グレイはある事が頭によぎる。


「陛下の警備は、どうなりました? あと……、どのくらいの期間、経ちました?」


「どのくらいの時間、って聞かない所を誉めてあげよう。痛覚は鈍くても、勘はまだ働くのかな?」

「鈍い痛覚は、コイツの長所だぞ。それが無ければ白煙は務まってない」

「わかってるよ。――今日で、陛下がRAINに帰港される。港で、陰と入れ替わりなさい」


 その命令で、グレイは数日経過している事を把握した。


「陛下に偽物を付けたりして、大丈夫だったのか?」

「奥さまには、話を通してある。表立つ陛下は『何も知らない』のが、受け継がれる事実だ。――あ、そうそう。そういえば」


 わざとらしく声を上げた依頼人は、グレイに向けて笑顔を見せた。


「例えば、飼い主が居なくなった飼い犬は、野良犬になるのかな?」

「何故、急にそんな話を……。居なくなった? 誰の、話ですか」

「珍しいね。意識を飛ばして、頭の回転が少し早くなったかい? RAINに戻ったなら、君はそれを知るべきだ」

 

 依頼人の例え話は、グレイにとって分かりづらい代物だ。それでも、何度となく例えられた『首輪に繋がっている相手』は、思い当たる人間がひとり居る。

 

 ――適当なヒントだけを与えて、答えを与えない。


 陛下が『何も知らない』のは、知らないという逃げ道を用意しているからだ。有り得ない可能性が存在したとして、女王主導のだと、王が傷付かない逃げの一手を打つ為に、代々Kie shadeとの繋がりは女王が行う。

 故に、国王が知るべきRAINの全てを『何も知らない』王が出来上がる。彼もまた、国王としてそこに在るだけなのだ。


 此処で答えを与えない依頼人には、理由が在るのだろう。曖昧に誤魔化された答えを、グレイが無理に引き出すことは無い。

 依頼人が答えを与えないのは、いつもの事だ。時間が経てば、いつか知るタイミングがやって来る。今のグレイに、その事前情報は必要無いというだけの話だ。

 

 ――――――――


 ――依頼人の話は、コレの事か。


 六班に戻ったグレイは、アレックスからルークが居ない事実を知る。淡々と説明するアレックスに、グレイは苛立ちを覚えていた。

 

「それで、今何処に?」

「わからん!」


 ひらひらと左手を振ったアレックスは、グレイを見て微笑む。


「本気で言ってる?」


 腰に手を当てて、重心を傾けたグレイの心情は『疑わしい』一択だ。

 この男が、何もせず大人しく此処に座っているなんて。グレイにとっては想像し難い。知っていて、何もしていない。その一言の方がグレイは納得出来た。


 そう考えている事が伝わったかのように、アレックスは言葉を重ねる。

 

「ま、普通に考えたら公安所有の獄舎かな? 刑事部直下の監獄には居ない。六班俺らだけじゃなく、刑事部へも隠すとはね」


 口を動かしながらも端末を操作するアレックスからは、動揺が微塵も感じ取れない。


「罪状、見た?」

「何とも。本物けど、果たしてどうだろうね。反論の隙も与えず、問答無用で拘束。ルークも何が何やら、って様子だった。――俺が調べられるのは、ここまで。公安部様の功績か。悲しき殺人犯、逃走劇の果てか。どう思う?」


 ルークには殺人の容疑が掛けられている。それだけが事実で、と言うアレックスの話し方からすると、殺された人間は明かされていないのだ。

 

 ――殺人、だなんて。


「どう思うも、誤答だけ述べてるだろう」

「そうは言ってない。事実だけをお前に伝えてる。そう受け取ったのは、紛れもなくお前自身だよ」


 沈黙が二人の間に流れる。ルークが居ない六班の静けさが、二人だけだった頃の記憶を呼び起こす。

 

 視線を外したのはグレイが先だ。


 そのまま何も言わずに六班の部屋を出たグレイは、閉めた扉に寄り掛かって静かに口を開く。


「――手を回しましたね。アレが捕まるのは不自然ですし、何より僕にはアルの態度が引っ掛かる。そこまで読んで、アルが集められる情報を制限した。違いますか? 僕を、試しているんですか。……聞いているんでしょう、返答を」


 答えを求めたグレイの耳が、くすりと笑う依頼人の音を拾った。

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