013


「巡回で、武器の数を管理しているんでしょう?」


 ルークは隣を歩くロードへ、問いを投げ掛ける。

 警備部の人手不足は、陛下が不在の間は続く。彼等は何度も六班を呼び出し、その度にルークが派遣されていた。『居るだけで良い』とされたルークも、業務に意味を求め始める。彼は、そういう人間だ。

 

「あぁ。昔から名が通る邸宅には、護身用として自動拳銃が備えられている。彼等の趣味で収集している物も含め、警視庁へ届出がされている。が、その報告に間違いが無いか確認するのが“巡回”だ。他にも、『月に一度は必ず警察が見廻る』っていう事実を作る為でもある」

「事実……、防犯対策のような意識ですか?」


 傘を持つ腕を少し高めに持つロードは、すれ違う住民に絶え間なく会釈を繰り返す。巡回で通る決まった道なのだろう。固まって歩く警備部は、住民にとって景色の一部のようだった。

 

「そう。治安が悪い時代の名残りだ。今となっては何もかもが整備されて、盗人が住むような街じゃないけどね」

「武器の報告数に間違いが出る時なんて、あったんですか?」


 ルークの例え話に、ロードは即答する。

 

「無いよ。あれば厳重注意、使用用途によれば逮捕だ。……抜け道は幾らでもあるけどな」

「抜け道?」

「友好的な関係を築いていても、明日には報告に嘘が混じるかもしれない。向こうは武器庫の提示で『善良な国民』を明示できて、『定期的に警察が立ち寄る家』を演出できる。こっちは『武器を用いた横暴』を牽制できて、彼らに『安心』を与えられる。どっちも自分の目的を満たす為にやってるめたって良いけど、める必要も無いだろ?」

「それは――」


 続く会話を遮って。


 突然に響いた短く高い音は、警官の耳には馴染みある音だ。街中を凍らせるように響いた銃声は、遠くない距離で鳴った。

 直ぐにルークとロードは顔を見合わせ、傘を消す。振り返った二人は、共に巡回をしていた警備部二人とも無言で意思の疎通を行い、銃声の元へと走る。


「あ、もしもし? ちょっと遅れそうなので、家の中に居てくださいね。あー、そうそれ。一応確認してきますので」

「警備部より邸宅巡回中、近辺にて銃声アリ。四名、現地へ直行します」


 各々が端末から連絡を飛ばす。ロードは巡回予定の邸宅へだろう。ひとりが全体無線を使うと、続々と連絡が入り込む。

 

『地区駐在より銃声確認。現地混乱の模様、応援願います』

『刑事部第二班向かいます』


 音の元から逃げる住民達を避けながら、ルーク達は道を走る。

 その間も、何発かの銃声が響いた。


 逃げ惑う住民達と逆に走れば、銃声の元へ辿り着く。混乱の渦中は、遠目から見ても一目瞭然。怖いもの見たさか、物珍しさか。逃げた者以外は、目撃者としてその場に残っていた。


 円になるように囲まれた空間で、男三名が倒れた人間に銃を向ける。


 ――まだ撃つのか!?


 此処に到着するまでに銃声が鳴った数は、四だ。今の銃声で、五発目。

 人が密集する円を掻き分けてルークが現場を確認すると、撃たれた人間は男のようだ。ピクリとも動かない男に、男が刃物を突き刺す場面だった。


「ヴッ、ア゛ア゛……!」


 ――まだ、生きてる。


 刺し抜いたナイフの痛みに反応して、被害者は掠れた声で悲痛を漏らす。

 雨に溶け混ざる黒は、撃たれた男の物だろう。刺したナイフが抜かれる度に、刃先や腹からも血が滴り、男から漏れ出る声が枯れていく。


 一定の距離を保って取り囲む見物客は、狂気的な男達を止めようとは思わないらしい。


 ――クソッ!!


 ルークが傘の波を突き破ろうとした瞬間、後ろからロードが肩を掴んだ。


「ルーク! 待て! ――緊急事態だ、君を一時返却する」

「は……? 今それどころじゃ」

「こっちもな。だが、君もだ。……何したの?」

「え、何って。まだ何も出来てな」


 目の前で倒れる被害者を救う事に意識を奪われていたルークは、次々に情報が流れる無線連絡を無意識に排除していた。ロードに身体を掴まれて後ろを振り返ったルークは、それをきっかけにして音の断裂を繋ぎ合わせたかのように全体無線の声が流れ込む。

 ルークの動きを縛るように止めたのは、無線から流れるアレックスの声だった。


『六班ルーク・ヴァレンテ。至急、アレックスまで連絡を。公安部より業務停止命令アリ、至急六班へ』


 ――業務停止?


 ピタリと動きを止めた隙を利用され、ルークは人の波から後ろへ引き戻される。ルークを見下ろしたロードが、静かに、そして冷酷に告げたのだ。


「君は、警視庁に戻らないと。たった今、それが君の仕事になった」


 喧噪の中、ルークは目の前にいるロードと自分だけが止まっているような感覚を持つ。悲鳴も、動揺も、此処に居る野次馬は受動的で、ルークは『自分が助けなければ』と使命感に心を震わせた。


「こんな、混乱の現場にいるのにですか!? あの人を、助けないと……!」

「それは警備部こっちでやる。――君に背中を預けられない。これは、そういう意味の業務停止命令だと思う」




 現場から離れるのは容易い。人の流れに乗って、ルークは警視庁へ早々に戻る。

 アレックスに現状を報告したところ、普段と変わらない声で『落ち着いて戻ってきなさい』と柔らかく指示されたが、現場に残る選択を与えられなかった時点で、ロードの言っていた事が正しいのかもしれない、とルークは感じた。


 六班に戻ると、見慣れたアレックスを囲み、この部屋に似合わない人数の男四名がルークを待ち構えていた。困ったように笑うアレックスから、異常事態を改めて認識する。

 ルークは肩で呼吸をして、息を整えた。それくらいに、急いで戻って来たのだ。


「ルーク・ヴァレンテで間違いないな」

「は。自分に何か、御用でしょうか?」


 男に問われ、ルークはハキハキと答える。

 ルークをじろりと見た男が近寄って、手に持った紙をルークに突き付ける。

 

「貴様に逮捕令状が発付された。身柄はこちらで拘束させてもらう。無駄な抵抗は、お勧めしない」


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