007
眼球を取り出し、照明に透かすように医師は球体を眺める。緻密な機械を組み合わせて作られた結晶は、グレイには理解も出来ない仕組みで動く。
「良い出来だよなあ」
右眼が空いたグレイを放置して、彼は机に向かう。アップデートの為だろうか、青い電子盤に球体をセットする彼の背中を、グレイは残された左眼で捉え続ける。この部屋で動き回る必要も無いので、手術台の上で横になったままだ。
しばらくして、くるりと振り向いた医師は、今更ながら「痛い?」とグレイに声を掛ける。
「いいえ」
「あっそ」
形式的に問答を行うも、彼はグレイが痛覚に鈍い事をよく知っていた。机から離れた彼は、消毒液に浸かっていたナイフを拾い上げ、水滴を切るように振る。そうして、グレイの側に立ち、振り上げたナイフをグレイの左腕に突き刺した。グレイは、避ける事もしない。
「切り落としたら、流石に痛いか?」
表情を変えずに訊ねる医師は、痛みの度合いを確認しているだけだ。
グレイは『血液が流れ出そうだ』と思うと同時に、『此処で失血させられても死ねない』確信を持っていた。手術台まで突き刺したナイフは、抜けば腕に穴を開ける事だろう。刺さったナイフに沿って腕を上げると、腕の中でナイフが動く感覚を得る。
「いいえ。動かせるくらいには、痛くない。違和感はあるけど」
腕が差された感覚は在っても、遠くに感じる鈍い痛みだ。過去に得ていた“痛い”と叫ぶ感覚とは似ても似つかない。
真っ直ぐに答えたグレイを確認した彼は「うーん」と言ってナイフを引き抜いた。
「なに?」
「新しい腕とかさ、付けるか?って話。でも新しい方が普通の感覚だと勿体ないなって。お前の弱点にもなるし。お前の腕を部品にしても、どうせそっちは痛がるだろうしな」
「依頼人が変えようって?」
「アイツはなんか……録画機能付けたいとか言ってたけど。無視してる」
呆れたように笑った彼は、続けて話し続ける。
「RAINのが候補に挙がるけど、痛覚もズレずに引き継ぐしなぁ。お前も結局RAIN産だし。――微妙だな」
一方的に喋った彼は「やめよ」と言ってグレイの装いへ目を向けた。重さが表示されているであろう画面を確認すると、グレイの服を引っ張って起き上がらせる。
「お前、重い。仕込んでる物、全部外せ」
手術台から降りるよう仕草をした彼に、グレイは従う。
「全部?」
「脱げ。こっち着ろ。あ、此処から物盗んだら、アイツに報告するからな」
――今更何か盗むのは、バカすぎないか。
何も言わず、グレイは服と同じように纏った武器を外していく。
今回は、手動拳銃も警視庁から支給された
全部が私物かと言われると怪しいところだ。彼の忠告は、あながち間違っていない。
身軽になったグレイが再び手術台に乗ると、医師は奥の部屋からガラガラと薬品を乗せた台車を押してくる。
「お前、薬の効きは?」
「摂取量次第かと」
「どのくらいなら効きそう?」
「睡眠剤は効かないと思ってるけど。薬漬けにされた経験があるので」
「じゃあ薬漬けにされても問題ないから、よかったね。良い経験だ」
――アンタにされたんだけど。
此処で試した薬は、数えきれない。量・種類、実験体のように扱われた記憶は、彼によって与えられた産物だ。もっとも、今も
「たまには入れてみるか」
「何を」
「麻酔、かけてやるよ」
「珍し……、あんまり掛かる気しないけど」
「現状把握も兼ねてる。俺が、『お前が痛がらないように』なんて言った事あるか? ないね」
手際良くグレイと管が繋がれていく。睡眠剤に限らず、人ひとり分の摂取量なら効く事は無いだろうとグレイは判断していたし、実際そうだ。
カランカランと、空いた薬剤の入れ物がシルバーのトレーを鳴らす。
冷たい薬剤が、身体と混ざり合っていく。
――どれだけの量を入れたんだ。今更、麻酔なんて。なんの、ために。
いつからか、何をするかなんて事を彼に問うのは止めていた。痛みに鈍いグレイへ、麻酔を使われることは滅多に無い。痛みを得ていた頃だって、麻酔の使用有無は彼の気分次第だった。
「おやすみ、
懐かしい言葉だった。彼に麻酔を掛けられる度に聞く言葉。これを依頼人も稀に言う。
眠りへ落とされる前に『良い夢の基準を教えてくれ』と思う事を、グレイは毎回この瞬間に思い出す。きっと次は、再び彼に現状把握をされる際に思い出すだろう。
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