005


 知ってしまえば『どうして気付かなかったのだろう』と思う程に、日常に溶け込んだ当たり前。


 アレックスに貰った飴玉を口に投げ入れたルークは、広がるオレンジの甘さと共に、この国が持つ違和感の答えを思い返していた。



『第一に挙げるべき違和感は“雨”だよ! 長く生きる程、雨に慣れて違和感に気付かなくなるが、これはRAIN特有の事象だ。他国には降り続かないし、雨雲を“輸出”したところで定着もしない。グレイも、今は太陽の光を浴びてるんじゃないか?』



 傘はいつでも片手を塞ぐ。合羽を好んでも、傘は国民の必需品だ。誰もが雨と隣り合わせで生きている。

 これが『この国の持つ当たり前であり、違和感である』というアレックスの答えは、模範解答そのものだ。


 もう片方の手には、紙袋いっぱいに土産を詰め込んだ紙袋を持つ。警備部の巡回で貰った菓子折りを、ロードは『いつも貰える物だから、遠慮なく貰ってよ』と言って、ルークへ押し付けた。


 これらを持って向かうのは、孤児院と称されるルークの育った実家だ。

 Valenteの姓を受けた家族が暮らす敷地に着くと、見慣れた住まいと併設された教会がルークをいつも通り出迎える。



「あ! ルーク来た! おかあさん! ルーク来てる!」

「ルークだあ!」


 姿を見せると、下の弟妹きょうだいたちがルークへと集まってくる。軒下で雨を雑に落とし、膝をついて子供たちを迎え入れた。


「ただいま。元気だった?」

「ね、これ何?」「こっち来て!」

「お土産。なんだよ、そんな久しぶりでもないだろ」


 数人を纏めて抱き締めると、けらけらと笑って逃げようとする。定期的に訪れる此処は、今でも変わらず安心できる場所だ。


「おかえり、ルーク」


 手を引っ張られるように連れられたシスターは、ルークを見て優しく微笑む。

 

「ただいま、母さん。これ、仕事で貰ったから持って来た。皆で食って。変な店のとかじゃないから」

「綺麗な包装紙ばっかり……。ありがとうね。わざわざ買ってきたの?」

「買ってないって。貰ったんだよ」


 実母ではない。物心ついた頃から、此処で共に暮らすシスターを子供たちは親のように慕う。シスターも、愛情を持って接してくれていた。

 ルークにとっては育ての親だ。此処で育てられた子供にとって、親はひとりだけではない。


「ルーク! ご飯、食べて行くでしょう?」

「そうしよっかな。帰ってもひとりだし」

「あらら。もう彼女作って、もう振られちゃったの?」

「違うって。最近仕事の先輩と食ってたけど、いま出張で居ないから、飯誘う奴いねーの!」

「はいはい」


 騒がしく会話が飛び交う空間は心地良い。雨の音を忘れる程、賑やかな出迎えだ。

 

「彼女出来たの?」

「もう振られたんだって」


 子供たちから遊びをせがまれながらも、ふたりのシスターの声はルークに届いていた。


「ちょっと、そこのお母さんがた? 違うから! 誤情報流すなよ!」


「わかったわかった」

「次行きなさいね」


 ――全然わかってねえな。


 彼女たちは夕飯の準備をする頃だろう。引き止めずに弟妹の相手をしていると、五歳下の妹が通り掛かりに呟いた。


「ルーク振られたん? かわいそ」

「だから! 振られてねぇって!」


 子供たちから抜け出したルークは、シスターの元へ弁明に向かう。

 噂話をしながら、養母たちは既に夕飯の準備を進めていた。並べられた食事は、子供の喜ぶご馳走ばかり。

 それを見たルークは、口元を隠すようにして周りを窺う。


「えっ。俺、来るのバレてた?」

「違うわよ。ひとり、一昨日から帰って来ない子がいるから」


 好物を用意されていたと勘違いをしたルークに、シスターはくすくすと笑う。


 ――『帰って来ない』ということは、“雨隠し”か。


「あぁ。それは、仕方ないね」


 ご馳走の理由は、自分では無い。そう理解したルークは、照れ隠しとばかりにおかずをひとつ頂いた。


 

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