#03 Given elements, make him

001


 珍しく太陽が顔を出した朝、乾いた傘を手に持ったルークは警視庁の廊下を歩く。何かしらの面倒事に溢れた日々は、一日たりと同じ時間では無い。六班のドアを開ければ、また今日も誰かの援けへと向かう事になる。


 繰り返す毎日を、ルークは当たり前の日常と化していく。

 雨雲は、いつもと違う今日の始まりを教えていたのかもしれない。

 

 

「出張ですか?」

「うん、一週間だって。ほら」


 アレックスが指差す映像の中には、外交に赴くRAINレイン国王陛下の姿が在った。真新しい船を背景に、王は笑顔で国民へ手を振る。


『今、国王陛下が出船されます。DARPダープ国は北へ十二時間の距離ですが、即位後の訪問は初。一週間程滞在し、親交を深めるとの事で――』


 生中継の表示に重ねて、アナウンサーが実況の声を乗せる。この映像と共に、アレックスの言葉を反芻したルークは驚きの声を上げた。


「えっ、国王の護衛ですか!? グレイが?」

「そうそう。映るんじゃないかな、って見てたんだ」

 

 グレイが同じ時間に出勤していない事は、たまにあった。現場へ直行していたり、他の面倒事を既に請けていたり。この部屋で、朝に顔を合わせなくても、一日の何処かで同じ仕事に就いていた。同じ国で、同じ班に所属するバディとして。

 

「すごいですね……。昨日飯食った時、何も言ってなかったんですけど」

「またルークの家に居たのか、アイツは。夜中に決まったらしいよ? にしても、仲良くなったものだね!」


 映像をじっと見つめていたアレックスが、顔を上げニカッと笑う。

 アンモラル廃特区での任務以降、グレイとルークは良好と言える関係を築いていた。


「あの人は案外、誘えば来ますよ」

「そうだろうけど、そもそもアレは誘われないだろ。あ、いた! ははっ、怠そう」


 現地の様子を映すカメラに捉えられたのは、深緑の軍服と見慣れたマントが混ざる警備隊。画面端に、無表情で微動だにしないグレイの姿が映る。


「国王が通るってのに、緊張しないんですかね」

「緊張してどうするんだよ! 陛下は護衛対象だぞ?」

「そうですけど! その言い方、アルさんも護衛に就いた事あるんですか?」

「昔の話だなぁ。あ、警備部がこの件で手薄なんだって! ひとりだけど、行くかい?」


 


 集合場所は、警視庁一階の喫茶店。身なりを整えたルークは、そこへ向かう。

 ひとりで他部署へ派遣されるのは、これが初だ。それでも過度な緊張感が無いのは『単独行動の多いグレイにから』と、ルークは勝手にグレイの手柄としておいた。

 

「お疲れ様です! 六班、ルーク・ヴァレンテと申します!」


 アレックスから『猫背で、細めの人ね』と言われた通り、待ち合わせ相手は背を丸くしてテーブルに映した文字を覗く。声に反応した彼は、椅子にもたれるように顔を上げる。

 

「おー、六班……って、違うのが来るかと思ってたわ。あのー、アレックスさんとこって……ほら、傘差さないヤツいるだろ」


 少しだけ瞳を動かしてルークを見た彼は、話しながらも手の動作で向かいの席を勧めた。

 

「彼は、陛下の護衛で」

「あー。軍傘下さんか組ね」


 促されたルークが向かいに座ると、彼はテーブルに映した書類を消す。「くぁ」と欠伸をした彼は、頭を掻いてそう呟く。

 

「軍傘下さんか組?」

「国外警備だし、あっちは軍が仕切ってんのよ。まぁいいや。ルークだっけ、俺はロード。警備部 三班隊長。よろしく」

「ロード隊長。よろしくお願いします」

「うん。――呼びつけといてアレだけど、俺の後ろに居てくれるだけでいいからさ。向こうとは違って、こっちは単なる巡回だから」


 ――――――――


 グレイは船室から、小さくなるRAINを眺めた。割り当てられたこの部屋は、陛下に近い一室だ。各方面から『仕事を務めろ』という意の圧を感じる。


「ここからは、お好きに過ごしてください」


 船室の扉を閉めて、そう告げた彼は作戦成功を安堵しているようだった。彼は、今回の陛下の旅を指揮する司令官。軍で立場を持つ彼は、Kie shadeキーシェードの存在を知る人間であり、様々な顔で任務を共にした事がある。

 先程、グレイは彼と必要な芝居を魅せた。軍や警備部の人間から、少し離れた位置を取る為だ。


「今回、僕から居場所の報告はしません。何かあれば連絡してください」

「承知しています。陛下は我々の力量も確かめるとの事。貴方がたの手は借りず、尽力します」


 ――棘を隠した言い方だな。


 国王の配下である軍は、RAIN公式の武装組織だ。そんな彼らがKie shadeキーシェードをよく思っていない事は、何度も会った彼からも滲み出ている。敵対する事も出来ない、尊重する事もしないのだろう。

 素顔で彼と話すのは初めてだ。彼からしてみれば、『白煙と称された人間が複数居る』と思われても可笑しくない。

 

「了解です。さっきので、何処に居ても『司令官の扱きを受けている』と思われるでしょうし、動きやすくなりました。協力感謝します」

「お気になさらず。貴方は、陛下の旅に同行してくだされば問題ありません」

 


 彼の言う通り、今回のグレイへの任務は『存在する事』が第一条件だ。

『白煙』の存在が、この会談の均衡を保っている。

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