011


 監獄に響くは靴の音。灰色の世界で眠る囚人は、今夜は目を覚まさない。この場に足りないのは、グレイだけだった。

 街の端に在る此処は、アンモラル廃特区の外だ。ルークを置いて街に戻ったグレイは、任務に取り掛かる。

 

 黒い手袋に指を通し、手首まで覆う。念の為に仮面を付けたグレイの姿も、監視カメラには届かない。闇に紛れた彼の姿が確認されるなら、Kie shadeキーシェードは痕跡を消すだろう。

 舞台は整った。残るは、駒だけだ。


「なんで今日なんです?」

《都合良いじゃないか。君の相棒が証人になってくれるだろ?》


 ピアス越しの声は、依頼人だ。城を出てすぐ、一方的に彼からの連絡が入っていた。彼は『廃特区で仕事中の警官には、犯行は不可能だろう?』と言い、陰を使ってグレイを呼び出し、また廃特区へ戻すと言う。


 ひと手間の仕掛けの為に、グレイはルークを眠らせた。『疲労回復効果』が有るのは間違いないだろう。睡眠は身体を休ませる。

 

「わざとですか」

《いいや、偶然。彼らの限界が今日だっただけ、死を選んだのが今日なだけ。ま、失敗してるけど。最期までキッチリ死ねないのって、末端の義務なのかな?》


「どうでしょうね。――そういえば、自動銃って民間にも流してますか?」


 今回の任務に与えられた銃を触りながら、思い出したようにグレイは依頼人に問い掛けた。

 

《支給は公的機関のみだけど? 警視庁とかね。アレはRAINレインじゃないと威力が弱いから、軍は国内のみ自動。あとは港や病院の警備に置いてるんじゃないか?》


「一般人も持っていますよね?」

《コレクターは持ってるだろ。高価だけど、手に入らない物じゃない。資格さえあれば、所持できる》


 の銃弾を浴びた記憶が蘇る。思えば、青年が外した銃弾は高い音を鳴らしていた。馴染み深い音を聞き流して、当たり前に避けていたのだろう。


 ――廃特区の報告は、六班へだけれど。隠す事も無いか。


「特区の少年たちが僕らに使用したのは、自動拳銃のようでしたが」

《あ? 弾は?》


 依頼人の声が少し低くなったのを、グレイは感じ取った。

 

「残らないですね。落ちているのは、少し劣化が見られました」

《へえ。――ともあれ、チェックメイトは決定事項だ。よろしくね、白煙》


 静かな監獄に、切断音が刻まれる。


 ――女王との謁見を思い出させようとしたな。白煙と呼ばれなくても、『安定の結末エンディング』は覚えてる。


 

 独房に眠るのは“004ゼロゼロフォー”の残党、兄Bだ。港で自死に失敗し、刑事部に捕らえられた哀れな死刑囚。捕まれば最後、正義の名の下に処刑が決まる。


 生きる為に選んだ手段が悪かった。警視庁に喧嘩を売ったのが弟組だったとしても、高級品に目を眩ませて、取引と金に夢中だった兄も同罪だ。『命を奪った』事実に、変わりは無い。


 刑事部は死刑執行前に、絞り取れるだけ情報を吐かせるだろう。

 鳩は飛んでいる。彼らの結末とKie shadeこちらの要望を知らされていても、彼は自死に失敗し、明日への夢を見る。



 ――人間は、痛みや苦しみに弱い。自死も出来ない彼は、雨の如く情報を落とすだろうな。


 暗闇の中、カチリと鳴らすは手動拳銃。左の瞼を落とせば、グレイの視界は夜にも強い。眠る標的を狙って、鉛を撃ち込む。頭を貫いた弾丸は、脳を殺す。彼の命を奪った音は、消えるように制御された。



 ――完了。後処理は陰、銃弾は残、だったな。


 チェックメイトを言い渡すのはKie shadeキーシェード、駒として動くのが白煙と陰だ。

 纏った手袋や仮面を脱ぎ捨て、グレイは監獄から隠し通路を使った。街に通じる扉を出れば、身体へ雨が落ちる。傘を差して街を歩いた。目指すは時計台。陰が待つ、天辺へ向かう。



「相変わらず早いな。もう少し掛かると思ってたのにね?」


 屋根の無い時計塔の最上階。夜の黒に紛れて、カラスに囲まれる男がひとり。足元に落ちない雨は、鳥達の背に落ちているのだろう。

 

「何を。一羽、僕の上を飛んでた」

「目聡いなぁ。疲れないのか? その眼。――あぁ、、のか」


 億劫だった。己の眼が冷えているのを理解しながら、彼を見る。此処に来たのも、依頼人の指示だ。彼を頼らずとも、グレイは困らない。

 

「世間話がしたいなら、僕は勝手に戻るけど」

「はいはい。手伝わせてください? それが俺の任務なんだよねぇ」


 陰と共に、グレイはアンモラル廃特区へ戻る。

 

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