007


 四方から狙われた現状が身が震えるほど異質でも、動揺の色に染まってはいけない。

 ルークは平静を装い、グレイと同じ方向に銃を構えた。広間の中央からは、グレイの言った『下の連中』もよく見える。彼らもルーク同様、もう隠れる意味が無い。

 

 正面に立つ青年の背景には、大きな窓枠。雨雲にされた昼の光が、青年の姿を影濃く見せる。


「何故、待ち伏せた?」


 グレイの問いに、彼はにっこりと笑って答えた。


「教える必要ねぇな」


 逆光に陰る彼の瞳は、光を持たない。跳ねる雨音は、何処かの天井が無い証拠だ。降り方を変えた雨音が、ルークに戦闘の気配を知らせるようだった。数秒もしないうちに彼の指示が飛んだ。

 

「撃て!」


 高らかに声が響くと同時に、ルークの肩に重みが加わった。与えられたのは、右肩への力とグレイからの助言。

 

「常に動け」


 掴まれた肩にグッと力が込められ、振り向く間もなくルークは突き飛ばされた。

 広間には銃弾が降り注ぎ、銃声が鳴り続ける。上で銃弾を降らせる彼らの足場、その影に押し込まれたルークは、『下の連中』とぶつかる勢いで鉢合わせ


こっちを、どうにかしろと!?)


 ルークを目掛けて、男が鉄パイプを振り被る。下の薄暗さに合わせて、瞳孔が光を調節したのを感じたようだった。ルークは思い切り降ろされたそれを見切って、素早くかわす。

 これは、当たれば冗談にならない暴力だ。

 別の男が曲がった棒を武器に、ルークへ立ち向かう。


(銃は上だけか?)


 彼らは、攻撃にパワーはあっても機敏さに欠ける。当たらなければ、危害は加えられない。ルークは銃を手に持ちながらも、発砲はしなかった。

 悪意を利用して、ルークは次々に彼らを崩す。これは警察学校以前、孤児院で教え込まれた体術だった。倒れ込む者や動きを封じられる者、お互いを攻撃してしまう者が現れる。

 

 その間も、銃声は明らかに減っていた。人数は圧倒的に不利。それでも瞬殺されないのは、グレイの存在を理由にしていいだろう。彼の速さが銃弾を無駄にして、正確な射撃が銃を。グレイは銃弾を避けつつ、それらを拾って余り弾を利用していた。


 残り、三丁。グレイの様子を盗み見たルークが、援護へ回ろうとした時。



 銃弾のひとつが、ルークの左腕に当たった。

 銃声と、着弾の衝撃が重なる。



 痛みの伝達と変わらない速さで、ルークはグレイに蹴り飛ばされていた。反射的に漏れ出た声が、どちらの痛みを理由にしたか判らない。


 蹴り飛ばされた先で得たのは、浮遊感。


 着地の衝撃で、ルークは落ちた事を確信する。抱えられた身体が地面に落とされると同時に、肩を強く踏まれる事で痛みが増す。顔を見上げれば、上に乗って居たのは、ルークを蹴り飛ばした張本人だ。


「い゛ッて、バカ!」

「バカはどっちだ。簡単に撃ち抜かれて、君は当たる専門なのか?」

「踏むことねえだろ!」

「止血も兼ねてる。少し黙って」


 服の中から取り出された“水分”のカードリッジを、グレイは手元を見ず銃へ装填した。流れるような動きの向こうに、天井の穴が見える。あれが、さっきまでの床だった。天井を失くした部分が在るなら、床が無い可能性も在って自然だ。


「おーい、死んだかぁ?」


 近くに在った廃材を、グレイは盾として影を作る。こちらが動いた音に気付いたらしく、嬉しそうな笑い声が聞こえた。

 

「おにーさん! 随分腕が良いねぇ? 急所も狙えただろうに、誰も殺さないなんて。もうひとりも訓練してんね。下の連中にも銃を持たせればよかったかな。あ、今はおにーさんたちが“下”だけど!」


 グレイは答えない。空気が静まる中でも、肩に重さは与えられ続けていた。ルークも黙って痛みに耐える。

 反応が無ければ、彼らは情報を得られない。


「……動ける奴、下に回り込め」


 曖昧な暗闇に飛び降りる事は、リスクを伴う。彼らには、それが出来なかった。

 バタバタと足音が遠ざかると、上へ注意を向けていたグレイがルークに視線を落とす。


「どのくらい痛い?」

「俺、死ぬ?」


 枯れたような声だった。痛みは刺すように与えられる。重みのお陰か、血液は止められている感覚があった。それでも、バクバクと心臓が異常に動くのだ。

 

「あ、死ぬ?」

「えっ、死ぬ!?」


 あっさりとしたグレイに、ルークは驚く。喉の奥から飛び出た驚きは、擦れない声を届けた。

 

「なら、此処ここに置いて行くけど」

「やめろ」

「死ぬって言うから」


 肩を踏みつけた足が上がれば、ズキリ痛みが増す。

 

「血、とか、結構出てる?」

かすったにしては普通じゃない? 初めて撃たれたのか?」

「撃たれた事あるわけねぇだろ」


 ふっと笑ったグレイは、自身のネクタイをしゅるりと外し、ルークが負傷した腕へきつく縛った。

 

「大丈夫。この程度じゃ死ねない。ほら、気合い入れて」

「根性論か?」

「そうそう。君の得意分野。――移動しよう。もう少し、下へ」

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