006
石壁に挟まれた門が、二人を厳かに出迎える。曲線で繋がれた錆格子は、隙間に幾つもの蜘蛛の巣を抱えていた。
「朽ちたと言うより、欠けた城だな」
門を通り抜けた先、そこに在る建物を見上げようと、ルークは掌で傘を作る。
「城
向かって右側、崩れ落ちたような劣化が目に見える城は、今となっては
「
この国に、城はもうひとつ。現在のRAIN王室が住まう城を連想して、ルークは王の話題を選んだ。
「街を廃墟にするような王様だろうね」
「生まれ変わったら、
石造りの階段を上ると、開け放たれた大きな扉の中に薄暗い廊下が続く。扉は朽ちた箇所や錆びが目立ち、扉としての機能は果たさない。左の外壁に飾られたランプはひび割れ、右は足元に転がっていた。
目線を右下に移したルークは、城の横に広がる湖を捉え、無意識にそれを見下ろす。静かな水面に、雨粒が円を描いては消える。均等を忘れた城の右側が、湖の底へ沈んだと言われても、不思議ではない。ルークが理由も無く思う程に、城は独特の空気を纏う。
廊下を先に歩んでいたグレイが、腰の拳銃をおもむろに抜く。無駄なくそれを手にした彼は、存在を確認するように、触ったり握ったりしながら呟いた。
「なんだ? なんか、違和感」
遅くなった彼の歩みに合わせて、ルークは辺りに注意を向ける。剥がれた壁に、斬撃のように残る傷。ルークからすれば、城内は違和感に溢れていた。長い廊下の途中、定期的に置かれた濁る鏡は、歩みを進めるだけで何人もの自分とすれ違い、違和感を増幅させる材料となる。
直線が終われば、誘うように開かれた扉から、薄暗い廊下に細く光が漏れる。扉に背中を預けるグレイを横に、ルークは片目を閉じて隙間を覗く。
「――あ、わかった」
グレイの声が少しの反響を呼んだ。続きを口にしない彼をよそに、ルークが扉へ手を掛ける。扉に力を加えるよりも早く、グレイの腕がルークを静止した。「止まって」と口を動かしたグレイの声は、殆ど聞こえない。
「……どうした?」
「廊下の先には、大広間があったはずだ。誰も居ないか、騒いでた記憶があるんだけど」
「だけど?」
二人は、極めて声を潜めて会話をする。グレイとの身長差に合わせて、ルークが耳を寄せた。
「静かすぎる。にしては、人が多い」
「え?」
「待ち伏せされてるらしい」
「……戻るか?」
「いや、覗くだけ覗く。攻撃されるようなら反撃する。僕が先に行くから、少し待てる? 一応、銃を持って」
「撃つのか?」
「撃たれそうであれば。君も、殺されそうなら撃ち返すといい。死なないようにね、アルが待ってるから」
(そんな、身の危険を感じた後に反応しろと?)
ルークが返答する前に、グレイは背中で扉を押した。軋み響く音を気にもせず、グレイは扉を開けきる。ルークは呼吸を整え、閉じられた片側の影に身を置いた。
コツコツ、靴音が広間に響く。扉の影に身を潜めたルークにとって、広間の様子を知る手段は音だけだ。静寂の中を歩くグレイの靴音。それが途絶えたきっかけは、多くの何かが動く音だった。ガタガタッと幾重の物音が、扉の向こうで騒いだ。
パァン! ―― キィン ――
近い銃声。直ぐ、高い音がルークの耳に残る。音の正体を確認するよりも先に、知らない声が広間に響く。
「此処の情報を、集めてるって?」
「どんな所なのかな、って興味があって」
後に聞こえた声が、グレイの声だ。先に話すは、男の声。荒々しさを含んだその声は、久しぶりに聞いた声量だった。
「興味、ってだけで何人か撃ったのかよ? 聞いてるぜ、襲撃されたって」
「僕は、僕の所有物を奪い返しただけだ」
「ははっ! 奪い返す、ね。興味だけにしては、随分と此処に染まってるんじゃねえの?」
「そうか? 君たちは、他人への仲間意識は芽生えないと思っていたが」
パァン! ―― キィン ――
二発目が鳴る。音だけで様子を窺っていたルークが、耐えきれずに広間を覗くと、そこには片手を添えるように銃を構えるグレイが居た。
「敵対心、が正しいだろーな。次は当てるよ? 上に居る全員も、おにーさんを狙う」
グレイが銃口を向ける先には、汚れた衣服を身に纏った若い男が立っていた。彼が指す『上に居る全員』は、自分達よりも若く見えるこの青年が率いているのだろうか。天井が高い構造の所為で、ルークは彼らを視認する事が適わない。
「全員ね。下の連中は、数に入れないのか?」
「おにーさんこそ、もう一人は数に入れねえの?」
ルークが下へ注意を向けると、濃い影の中に控える数名と目が合った。
もう、彼に待つ理由は無い。ルークは影を出て、グレイが立つ中央へ歩く。今迄見えなかった彼らへ、視線を上げる。
彼らを見たルークは、動揺の仕草を隠す。
(グレイ。君は何故、普通に彼と話していられるんだ)
ぐるりと一周。銃を構えた青少年が、広間の一段上から等間隔にグレイとルークを見下ろす。ざっと数えて、二十。全ての銃口が、ルークが此処に立つまでグレイへ向いていた。
扉の影からルークが見た景色は、グレイの見る世界の一部分に過ぎなかったのだ。
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