005
結局、ルークが「マントを盗られた」とグレイに報告したのは、車上荒らしを解放した後の事だ。
箱を
それは主に、
現在も、大半が城を拠点にしている事。
昨年に比べると、他国の実力主義者の割合が増えた事。
目立って子供が増えたとは感じていない事。
グレイは他にも、彼らに幾つも質問を降らせ、会話から情報を
雨雲に
パラパラと雨が聴こえる白い石造りの廃墟で、グレイとルークは夜雨を避けていた。壁から生えた白い椅子に座り、外を眺めるグレイは静かだ。ルークは、床に膝を付いた姿勢を保ったまま呟いた。
「放って置けなかった」
「雨に打たれ続ける人間は、この国には
グレイの声は普段と変わり無い。声は透り、強弱も無い彼の声。淡々と尋ねる言葉が、やけに冷え切ってルークに届く。
「帰る場所も無いかと思ったんだ」
「知らない人間に変わり無いよ」
グレイが壁に寄り掛かる。左肩が触れた壁から、微かに白い粉が舞うのが見えた。
『全員に』なんて、不可能はルークも承知だ。それでも、彼の理想と正義の根幹はそこに在る。叶わない正義に心臓を刺されながら、ルークはグレイを見上げて言った。
「子供は、守る対象だろ?」
「それを利用して盗みを
「君が言った『だぼっとした
ルークが思い出した少女の特徴を数えるように、グレイは指をひとつずつ折り、静かに手を開いた。立ち上がって、身体を伸ばすグレイは気怠げだ。
「他に無いの? 子供だからって、油断したか」
「油断、してた。触る事も出来なかった。気付いたら『おやすみ、よい夢を』って、完全に舐められてたな……」
「
少女に煽られた言葉を繰り返すグレイに、ルークは目を伏せる。
「去り際に、言われたんだ。警察官なんて『
(俺の夢は、全然甘くない)
嘆くルークの隣にグレイが腰を落とす。ルークが顔を上げると、グレイがこちらを真っ直ぐに見ていた。
「他に何を話した?」
「他? 情けないけど、制服を『僕のが似合ってる』とか、あとは……『ハッピーエンド』だから『これにて終演』とか言ってたな」
「へえ。それは随分と」
「あの子はハッピーかも知れないけど、俺はバッドエンドだろ! ――やっぱり、探す。誇りは、返して貰う。俺の責任だ、グレイには迷惑かけないようにするから」
決意の熱と比例して、ルークは言葉を溢れさせる。早口に自分を鼓舞したルークを遮って、グレイは彼の火を消す。
「ルーク。無理しなくても、諦めたら?」
その一言を聞いて、ルークはガックリと肩を落とした。
「グレイ。お前は俺が警察官を辞めても、六班から居なくなっても、別にどうだっていいかも知れないけど」
「辞めないだろ。アルに怒られて、始末書・謹慎? 少し大人しくしてたら新しいマントが届く。それを着れば良いよ」
「……盗られたのは、どうするんだ」
「どうするって。必要ないなら、売られるんじゃないか? コレクターが買わなければ、RAINに一人、偽警官が現れる」
「それは駄目だろ!!」
ふぅ、と息を吐いて立ち上がったグレイは、また伸びをする。身体を整えるように関節を動かすとルークへ言った。
「城に行ってくるよ。おそらく、バランスを覗くには都合が良い」
「今からか? 確かに、夜の方が見つかりにくいか。良いぞ、行こう」
ルークが立ち上がると、グレイは少しの間を置いて、気付いたように言葉を漏らす。
「あ、君も行くのか」
「……先輩、
「わかったわかった。じゃあ、明日にしよう」
「アルさんなら、丸一日で終わるんだろ? 今日行っとけば、出来るだけ早く」
「
「二人いてもか?」
一人で丸一日。その前例を超えようと、並ぼうと意識する姿勢は間違いじゃない。それが基準値で在るなら、の話だ。
「二人いても、だ。急げば良い仕事じゃない、正確に行こう。それに僕は、君がマントを失くした事よりも、君の油断を心配に思ってる」
ルークの油断は、知識の薄さに起因する。痛みを知れば、人は同じ痛みを得ないよう行動を変えていく。
少女を置いて行けない彼も、グレイの忠告と失った誇りが頭を過れば、少しは立ち止まるかもしれない。
「マントは大丈夫だよ。明日、城へ行こう。昼も、夜も、
その台詞に甘え、ルークは何時の間にか沈むように眠った。
☂
時計塔の針が鮮明に陰る。時刻は、特区と同刻。二十二時だ。
警視庁刑事部のドアが開き、ノック音が静かなフロアに響いた。
「こんばんは、ギルバート刑事。夜遅くまで、捜査かい?」
「アレックスさんこそ、こんな夜更けまで面倒事ですか?」
アレックスが手に珈琲缶を持って、刑事部を訪れるのは珍しく無い。
「はは、まぁそんなところ! 刑事部が明るいようだったから、休憩に来たんだ。ね、ギルバートも一旦休憩にしよう。どうせ今夜は、
「……六班は、あまり関わらない方向に落ち着きましたよね? 相変わらず情報が早いですね」
「あ、やっぱり? そろそろ“
アレックスが笑顔を見せると、ギルバートは
「何度も言った事ですが……、アレックスさん、なんで六班に居るんです」
「俺に合ってるだろう。前線も、昇進も、俺は“嫌い”なんだよ」
もう何度も交わした会話だった。その度に、ギルバートは諦めたフリをする。
「面倒事、増やすのはやめて下さいよ」
「解決して回ってるだろう。ひどいなあ」
「貴方以外の、六班は大丈夫なんですか」
疑いを忘れない。そんな彼の眼を、アレックスは以前から信用しようとしているし、厄介な障壁とも視ていた。
「大丈夫? あはは、何の心配だよ! 大丈夫。彼らは今も
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