005


 ルークが「マントを盗られた」とグレイに報告したのは、車上荒らしを解放した後の事だ。

 “箱”をり返したグレイとルークは、『命と代償』にアンモラル廃特区はいとっくの情報を得た。


 それは主に、此処ここでの日常について。


 現在も、大半が城を拠点にしている事。

 昨年に比べると、他国の実力主義者の割合が増えた事。

 目立って子供が増えたとは感じていない事。


 グレイは他にも、彼らに幾つも質問を降らせ、会話から情報をすくい上げていく。ルークが聞き慣れない『地下の色』や『湖の列』の単語の数々も、グレイは耳に馴染む当たり前のように理解した。

 


 雨雲ににじむ円は、時計塔のあかり。曖昧に刻む時計も、アンモラル廃特区はいとっくの景色に紛れ込む。


 パラパラと雨が聴こえる白い石造りの廃墟で、グレイとルークは夜雨を避けていた。壁から生えた白い椅子に座り、外を眺めるグレイは静かだ。ルークは、床に膝を付いた姿勢を保ったまま呟いた。

 

「放って置けなかった」

「雨に打たれ続ける人間は、この国には何処どこにでも居るよ。全員に傘を差して歩く気か?」


 グレイの声は、普段と変わり無い。声は透り、強弱も無い彼の声。淡々と尋ねる言葉が、やけに冷え切ってルークに届く。


「帰る場所も無いかと思ったんだ」

「知らない人間に変わり無いよ」


 グレイが壁に寄り掛かる。左肩が触れた壁から、微かに白い粉が舞うのが見えた。

『全員に』なんて、不可能はルークも承知だ。それでも、彼の理想と正義の根幹はそこに在る。叶わない正義に心臓を刺されながら、ルークはグレイを見上げて言った。


「子供は、守る対象だろ?」

「今回、それを利用して盗みをはかられた。警戒しろと伝えただろう? 特区の子供は弱くない」


「君が言った『だぼっとした合羽かっぱに・身体能力が高い・ショートカットの少女、たぶん』だったか? その特徴は、薄いだろ」


 ルークが思い出した少女の特徴を数えるように、グレイは指をひとつずつ折り、静かに手を開いた。立ち上がって、身体を伸ばすグレイは気怠げだ。


「他に無いの? 子供だからって、油断したか」

「油断、してた。触る事も出来なかった。気付いたら『おやすみ、よい夢を』って、完全に舐められてたな……」

 

?」


 少女に煽られた言葉を繰り返すグレイに、ルークは目を伏せる。

 

「去り際に、言われたんだ。警察官なんて『Sweet甘い Dreams』ってことか!?」


 ――俺の夢は、全然甘くない。


 嘆くルークの隣にグレイが腰を落とす。ルークが顔を上げると、グレイがこちらを真っ直ぐに見ていた。


「他に何を話した?」

「他? 情けないけど、制服を『僕のが似合ってる』とか、あとは……『ハッピーエンド』だから『これにて終演』とか言ってたな」

 

「へえ。それは随分と」

「あの子はハッピーかも知れないけど、俺はバッドエンドだろ! ――やっぱり、探す。誇りは、返して貰う。俺の責任だ、グレイには迷惑かけないようにするから」


 決意の熱と比例して、ルークは言葉を溢れさせる。早口に自分を鼓舞したルークを遮って、グレイは彼の火を消す。


「ルーク。無理しなくても、諦めたら?」


 その一言を聞いて、ルークはガックリと肩を落とした。


「グレイ。お前は、俺が警察官を辞めても、六班から居なくなっても、別にどうだっていいかも知れないけど」

「辞めないだろ。アルに怒られて、始末書・謹慎? 少し大人しくしてたら、新しいマントが届く。それを着れば良いよ」

「……盗られたのは、どうするんだ」


「どうするって。必要ないなら、売られるんじゃないか? コレクターが買わなければ、RAINに一人、偽警官が現れる」

「それは駄目だろ!!」



 ふぅ、と息を吐いて立ち上がったグレイは、また伸びをする。身体を整えるように、関節を動かすとルークへ言った。


「城に行ってくるよ。おそらく、バランスを覗くには都合が良い」

「今からか? 確かに、夜の方が見つかりにくいか。良いぞ、行こう」


 ルークが立ち上がると、グレイは少しの間を置いて、気付いたように言葉を漏らす。

 

「あ、君も行くのか」

「……先輩、って、言われましたよね? それとも、もう俺の事抜かして考えてます?」


「わかったわかった。じゃあ、明日にしよう」

「アルさんなら、丸一日で終わるんだろ? 今日行っとけば、出来るだけ早く」


。あれを基準にしない方が良い」

「二人いてもか?」


 一人で丸一日。その前例を超えようと、並ぼうと意識する姿勢は間違いじゃない。それが基準値で在るなら、の話だ。

 

「二人いても、だ。急げば良い仕事じゃない、正確に行こう。それに僕は、君がマントを失くした事よりも、君の油断を心配に思ってる」


 ルークの油断は、知識の薄さに起因する。痛みを知れば、人は同じ痛みを得ないよう行動を変えていく。

 少女を置いて行けない彼も、グレイの忠告と失った誇りが頭を過れば、少しは立ち止まるかもしれない。



「マントは大丈夫だよ。明日、城へ行こう。昼も、夜も、此処ここの人間はどうせ警戒してるから。今日は、身体を休めた方が良い」


 その台詞に甘え、ルークは何時の間にか沈むように眠った。


 ――――――――


 時計塔の針が鮮明に陰る。時刻は、特区と同刻。二十二時だ。

 警視庁刑事部のドアが開き、ノック音が静かなフロアに響いた。


「こんばんは、ギルバート刑事。夜遅くまで、捜査かい?」

「アレックスさんこそ、こんな夜更けまで面倒事ですか?」


 アレックスが手に珈琲缶を持って、刑事部を訪れるのは珍しく無い。


「はは、まぁそんなところ! 刑事部が明るいようだったから、休憩に来たんだ。ね、ギルバートも一旦休憩にしよう。どうせ今夜は、だろう」

「……六班は、あまり関わらない方向に落ち着きましたよね? 相変わらず情報が早いですね」

「あ、やっぱり? そろそろ“004ゼロゼロフォー”確保の頃だと思ったんだ! 情報ありがとう、ギルバート」

 

 アレックスが笑顔を見せると、ギルバートは事を察して苦い顔をした。代わりとばかりに、アレックスが珈琲を手渡す。無言でそれを受け取り、蓋を開けた彼は口をつける前に言う。


「何度も言った事ですが……、アレックスさん、なんで六班に居るんです」

「俺に合ってるだろう。前線も、昇進も、俺は“嫌い”なんだよ」


 もう何度も交わした会話だった。その度に、ギルバートは諦めたフリをする。

 

「面倒事、増やすのはやめて下さいよ」

「解決して回ってるだろう。ひどいなあ」


「貴方以外の、六班は大丈夫なんですか」


 疑いを忘れない。そんな彼の眼を、アレックスは以前から信用しようとしているし、厄介な障壁とも視ていた。

 

「大丈夫? あはは、何の心配だよ! 大丈夫。彼らは今も、アンモラル廃特区でお仕事中だよ。俺の代わりに、数日は不在だ」

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