013


 ――隣に並んだら、眩しくなるのは僕の方だ。


 寝たフリをした暁に、何故そう感じたのかは解らない。誰とも『同じ』になる事は不可能だ。存在する限り、融合する事は有り得ない。


 

 仕事は終わった。六班へルークと共に戻った後、グレイは依頼人の元へ赴く。

 時計塔内を歩くグレイの腕に、縋るように抱き着くのはニアだ。


「うう。会いたくない!」

「捕まえてくれって依頼されてる。わかっていて、僕の前に現れたんだろう」


 此処に着いてから、同じ台詞を繰り返していた。彼女の返却は決定事項。これもグレイに与えられた任務のうちだ。

 機械室のセキュリティを通り、依頼人の前に彼女を差し出す。しぼんだ彼女の背中と対称的に、依頼人は腕を広げて彼女を迎え入れた。


「やっと帰って来たね! 俺の可愛い!」

「うるさぁい……。怒ってる?」

「グレイの前にも現れなかったら、怒ったかもね! 帰って来たから、許してあげるよ。――おいで」


 おずおずと依頼人に近付いたニアは、抱き締められても抵抗はしない。彼の愛玩対象であるニアは、依頼人を癒す為に生かされている。逃走癖はあれど、それも込みで可愛い



「早速もうひとつ、いいかい?」


 ニアの頭を両手で包んで、依頼人はグレイへ声だけを飛ばす。


 ――白白しらじらしい。


 断る選択肢は、与えられていない。伺いを立てるように、依頼人はグレイの言質を取る。

 

「どうぞ。今日は非番になりましたから」


 ゆっくりと上がる瞼が、気の重さを表すようだった。

 グレイへ視線を移した依頼人が、指を二本立ててと笑う。


「アンモラル廃特区へ行ってくれ」


 先日のアレックスと同じ所作。明らかに彼を模倣した姿を見て『最初から見ていたな』と、グレイは察した。


 ――――――――


 廃れた城に戻ったグレイが相対するは、自動拳銃を手に持つ青年。遭遇を避けるように動いた先日と異なり、グレイは彼を目指して城内を歩き、再び銃を向け合っていた。


「いつまで経っても当てないじゃないか。どうぞ、撃ってください?」


 敵意を剥き出して発砲する青年の弾は、グレイには当たらない。先行してグレイが撃ち込んだ左足への銃撃が、彼の余裕を奪う。

 遠慮なく連発する弾は、軽めの設定。おそらく“20”だろう。やはり、彼が使用している物は自動拳銃だった。

 

「はっ、煽るじゃん。殺されてぇの?」

「まぁ、そんなとこかな」


 銃声が響く。その他大勢の観客が居ないのは、警察の撤退が知れ渡っているからだろう。彼らが待ち伏せ出来たのは、おそらく情報が漏れた結果だ。

 動きながらも、寸前で弾を避けるグレイに青年は言う。


「マジでキモイな! なんなんだよ、お前」

「……しっかり撃ちなよ」


 左眼を閉じれば、より鮮明な視界が手に入る。装填の時間を与えて、グレイは静かに彼を待つ。カードリッジを銃に差し込み、新たな弾を用意した彼は、何発かをグレイへ向けて撃つと、顔を強張らせて叫ぶ。


「撃って欲しいなら、けてんじゃねぇよ!」

「当たると、スピード落ちるから」


 青年に向かってグレイは真っ直ぐ走り、彼の右手へ弾丸を打ち込んだ。銃を落とさせた後、自らの弾数設定を“5”に切り替え、青年の左肩に銃口を押し付ける。


「ちょっと、億劫だなって」


 そう言って、グレイは引き金を引く。


 場所が影響したのか、過去の会話がグレイの頭に流れ込む。

 今はもう居ない。幼いグレイにそれを教え、鍛え上げた人物との記憶。



 、\・。゜、\ \


「お前、よく視えてるな」


 あの時も、滅茶苦茶にグレイは怪我を負わされていた。『手合わせ』と言って連れ去られる場所は、決まってアンモラル廃特区。攻撃を必死に避け続けたあの日、男がそう言ったのだ。

 

「は? そりゃ、そうでしょ。これは特別だ」

「違えよ。それもある。だが、それは補助でしかない」


 腕を上げる彼に、反射して構えたグレイの目に映るのは、「一秒」と言って立てられた一本の指。


「あの時計塔の一秒が、この世界の一秒だ。誰にでも等しく与えられた時間のスピードを、あの時計塔が刻んでる。でも、体感の一秒は変えられる」

「体感?」

「あぁ。お前、実験とは別に“教育”受けてるだろう? 痛くて苦しい“拷問”の事ね。あの時間、思わないか? 『はやく終われば良いのに』って」


 グレイは、彼の言葉に沈黙を貫く。当時は人並みにそれを得ていた。

 

「思うよなぁ! 俺も思うよ! でもなあ。『終われ』って強く思えば思う程、長く感じるんだよなあ。あの忌々しい時間は」

「アンタでも、そう思うんだな」

 

「誰が好き好んであんなもん受けたがるんだよ。幾ら俺が強くても、気付いた時から囲われてる恐怖の檻からは簡単に出られない。――それでも、体感の一秒は俺の自由だ。それは俺の感覚だからな。嫌な事から意識を逸らせば、一秒なんてそう長い時間じゃあ無い。今こうして話してる一秒を、そう長くは感じないだろ」

「それはそうだけど」

 

「お前も無意識に、それを応用してるって事だ」

「応用?」

 

「分からない奴だな。察しが良いと、何事にも有利だぞ? つまり、お前は俺との手合わせ中、無意識に一秒の体感を長くしている。俺の相手もなんだろ。だから動ける、だから躱せる。その眼の手柄じゃなく、お前が視た手柄だ」

「俺の」

 

「そうだ。これを上手く使えば、あの忌々しい時間は早く終わるぞ。時間は同じでも、体感は違う」

「嫌の逆?」

 

「好きな事や楽しい事に意識を向けられれば、体感は早くなる。だから、アイツは“教育”の時間が長いんだろ。好きな事は、長くやってても苦じゃ無い」

「好きとか、楽しいとか無いけど」


「あっそ。でも、嫌は分かるんだろ。意識だけしてろ。そうじゃないと、お前はすぐ死にそうだ。――アレは、絶望に映える人形が好きだから」


 

 、\・。゜、\ \


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