009



 依頼人へ当てられたスポットライトが、グレイの白いローブを微かに照らす。暗闇に包まれた部屋の中。唯一の光は、それだけだった。


ことの始まり――。先日、RAINレイン王室よりKie shadeキーシェードへ注意喚起を頂きました。“004ゼロゼロフォーの動きの雑さ”について」

「ああ。やけに市場を荒らしていると聞いた」


 女王の所作は、無駄なく美しい。肘掛けにもたれる様子でさえも、絵になるようだ。

 

004彼らは“高級品”を扱う新規参入グループです。奥さまのご意向もありましたので、Kie shadeキーシェードの監視下に置きました。その頃、004彼らは警視庁前に遺体と予告状を放置しています」


 この部屋の防音性は高い。だが、どんなに盗聴される危険性が低くとも、決定的なワードが口にされることは無かった。

 言葉の鋭さや印象悪、それも在るだろう。だが一番は、狂ったままに歯車を回すこの世界の『当たり前』ゆえ。


 

 ――人身売買。

 それが、連続誘拐事件及び『雨隠し』に共通する事項。

 

 RAINの“前進”や、Kie shadeの“進歩”の為に。

 それぞれの目的の為に行う「仕方ない」ことの正体だ。

 


004ゼロゼロフォーへの連絡拒否を各地へ敷き、彼らは海の上で孤立。その後、刑事部が行う囮捜査の把握を行いました。

 そして、本日。彼らの単船の動きを確認し、奥さまと面会させて頂いたのがお昼頃になります」


 グレイはここで初めて、Kie shadeやRAIN王室の情報を共有された。彼の任務は、あくまでワンシーンでしかなく、全体を統べるのはグレイの役割ではない。

 

「お前が突然城内に現れるのは、好ましく無いがな」

「奥さまも取引ルート流出を危惧されていたようでしたので」


 女王の溢した空気に気付くと、依頼人は咳払いをして手元を操作する。

 

「おや、溜息ですか? これはこれは、申し訳ありません。少し……、飽きを感じますかね? もう少し魅せましょうか」


 すると、スクリーンは見知らぬ城の外観を映し出した。それを背景に、依頼人は城の窓へ向かってゆっくりと手を伸ばす。

 

「我々は嘆いていたのです。――あぁ! このままでは彼らから、取引に関することや流通経路が公になってしまうかもしれない! そこに紐付く、我らの宝石たちが!」


 大袈裟な芝居、悲恋を連想させる演出。観客は二人だけだ。グレイにとっては、よくある光景。

 数秒経つと、スクリーン全体にヒビが入り、バラバラと城は崩れていった。依頼人は、しれっと切り替えたように言葉を続ける。


「ま、直接的にKie shadeうちRAIN王室そちらに目は向きません。が、念の為です」


 軽く、何でもないように依頼人は言い放った。


 ――パチン!

 彼が指を鳴らすと同時に、グレイへスポットライトが当てられる。

 

「そこで、私たちは出会ったのです! 丁度良い魔法使いに!」


 画面では、グレイの周りに魔法の粉のような煌めきが浮かび、宙を舞う。


「偶然にもその場に居たかげを使い、004ゼロゼロフォー単船と一人を刑事部へ贈りました。

 捕まった彼は誘拐実行犯であり、取引に関することは無知の……彼のことは、“弟くんエー”としましょう」


 グレイの足元に“A”の形をしたキャラクターが生まれる。もちろん画面の中の話だ。


004ゼロゼロフォーは、兄ABエービーと弟ABエービーで構成された四人組です。

 あ、兄弟ではありませんよ! なんて表現、感情移入しにくいでしょう?」


 次々に生まれた“A”と“B”が手を繋いで、くるくるとグレイの周りを回っていた。


「そして、現在いまに追いつきました。奥さまのお待ちかねは、この先ですね!」

 

 意気揚々と声を高めた依頼人へ、女王は急かす様に言う。


「この先、演出は入れなくて良い。端的に、物語ストーリー結末エンディングが気になる」

「左様ですか? お望みとあれば、従いましょう!」


 映し出されていた背景と、先ほど生まれた“A”と“B”が消え、スライドショーの画面に戻り、男の写真が二枚映し出された。

 


「問題は、うえ二人です。彼らは、叩けば取引に関する情報をく。現在も海の上で孤立させられている彼らは、いずれいかりを下ろすことになります。場所は、RAIN。弟が一人、奪われていますから。

 状況は、既にチェック。コール済みも同然です」


 ふと、依頼人が窓の外へ目を向ける。タイミング良く、二羽のカラスが窓の外にある装飾へとまり、羽を休め始めた。

 

「逃走への牽制も込めて、彼らへハトを飛ばします。出来ることなら、RAINで自死して頂けるように。後は、刑事部へ華を持たせても良い頃合と考えています。彼ら、少し面倒ですし」


 黙ってその場に立つ白煙の前を横切って、依頼人は仕方ないように笑う。


「ひとつ、船内の証拠押収の際は、かげを仕込みますのでご安心を。

 ふたつ、うえ二人が自死に失敗した場合……刑事部に身柄を拘束される事になりますが、その際は白煙はくえんを使い、チェックメイト。この件は終わらせます」

 

 スクリーンが消え、部屋全体がぼんやりと明るくなっていく。間接照明のゆるやかな灯りが、グレイと依頼人を包んでいた。女王には、暗闇も入り雑じった映像が届いていることだろう。

 

「溜めたわりには、安定の結末エンディングだな」

「結末は、ハッピーエンドが好ましいのでは? 取引ルートの情報も、要らない駒も、これで奪われません。最適解でしょう」


「良い。それで進めるように。バッドエンドは求めていない。

 ……白煙はくえん。お前は、壊れる事も、消える事も許されない。漂い続けなければならないのだ。依頼人、わかっているな?」


 どちらにも銃口を向けるように、女王が言葉を刺し込む。威圧を込めた詰めを行う彼女に、依頼人は一歩前へ出て答えた。

 

「ご心配には及びません。、大丈夫です」

 

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