004
彼らの名を、
それは、光の影に隠れるように。物語の辻褄を合わせるように。
物事を上手に運ばせる為の鍵。不条理な雨を防ぐ傘。
グレイに特注のピアスを装着させ、グレイを利用している組織。そして、グレイ・アシュリーも
「港、かと思います」
昨夜も聞いた声からの問いに、グレイは答えた。
《何かを追ってるのか? こちらからは
「
そう言ったグレイは、右眼に雨が当たらないように右手で雨除けを作ると、意識して黒バイクに目線を向けた。性能が良いグレイの右眼は、
グレイを通して、対象を確認した依頼人は言った。
《これか。
「それだけですか?」
グレイが彼らに指示される任務とは、殺しや誘拐の類だけでは無い。
探し物を、護衛を。それこそ
《ああ。今回は、それだけだ。
「わかりました」
《じゃ、よろしくね》
☂
黒バイクを乗り捨てたであろう“元・黒バイク”こと“黒いフルフェイスヘルメットを被った男”が子供に銃を突き付け、スーツ姿の刑事部二名へ向かって「動くな!」と叫んだのを聞いたのが二十秒前。
“黒いフルフェイスヘルメットを被った男”こと“黒男”が“
それを見たグレイが『なるほど、確かに
バイクで近付くグレイに“黒男”が「止まれ!」と叫んだのが五秒前。
そして、今。グレイは緊張感が漂う現場で、刑事部二名が向けた銃口と黒男の間を通過した。
大小様々な船が停泊する港に到着したグレイは黒男と“
バイク音に気付いた一般人を散らすように進み、「止まれ」と叫んだ黒男を無視。そして刑事部二名の周りを旋回。一周目が終わり、グレイがもう一度黒男の前を横切った時、黒男が再度叫んだ。
「おまえら二人は、武器を捨てろ! おい、そこのバイク! 止まれって言ったよなあ!? 聞こえねぇのか!?」
勿論グレイには聞こえている。波の音や普段と変わらない鳥の鳴き声。普段は騒がしいはずの港で働く人々は、非日常に言葉を奪われているようだった。
「その子を解放しろ。……バイクも、止まれ」
刑事はそう言うと、構えていた銃を落とす。低く落ち着いた声色は、グレイにとって聞き馴染みのある音だった。待機済の刑事部数名に彼が含まれていて、現時点で犯人確保に至っていないのは『あえて』と考えて良いはずだ。
再び黒男の前を通り過ぎないよう、グレイは刑事部よりも犯人に近い位置でバイクを停車させた。
人質を近距離で見たグレイの瞳は、急速に冷めていく。
幼女が髪を結う飾り、背負っているリュック。抱き上げられて宙に浮く足が
(やはり、この子に何かしら仕込んでいる。『ネズミ一匹、物ひとつも乗せるな』は、これら全部だ。刑事部は、この子
刑事部は、連続誘拐事件の解決を越え、その遥か先を見据えていた。
RAINという国では『雨隠し』と呼ばれる現象が起こる。
ある日突然いなくなってしまう。それは子供だけでなく、大人や老人も。性別も貧富差に至るまで、まるで統一性が無い。跡形も無く、ただ消えてしまう人間が一定数いる。
証拠も無い。有るのは、それらが帰って来ないという事実。生活の痕跡と周囲の記憶だけが残る。
『雨隠し』に遭えば、世界はそれを「仕方ない」と言う。
連続誘拐事件の解決は、その糸口。彼らは、幼女の前に消えてしまった人々も、これから『雨隠し』に遭うかもしれないRAINの国民も、真っ直ぐに見つめる。目を逸らさずに。
それを「仕方ない」ことで済まさないのだ。全体を見て、幼女を囮とする事を最適解と判断している。
この場面の台詞は『正義に犠牲は付き物』と言えば、良いだろうか。
「あのー、すみません。郵便なんですが」
緊張感を打ち消すように、淡々とグレイは言った。バイクのアイドリング音や海の音に掻き消されない程度の音量で。
先程まで降っていた雨は、今にも止みそうな程に弱まっていた。
黒男を視界から外さない刑事二名も、グレイを視界の隅に入れざるを得ない。「郵便」とグレイに言われた黒男は、グレイの服装や乗り物をちらりと見ると、その
「郵便なわけねぇだろ! そのマント、お前も警察か? そこから一歩も近付くなよ。
見せつけるように持つ
グレイは、話を進め続ける。
「これは、借り物で。今、お荷物お渡ししてもよろしいですか?」
「動くなって言ってんだ!」
「はぁ。そんなに気になるなら、これは脱ぎますよ。今お荷物出しますね」
「そういう問題じゃねぇよ! なんなんだ、お前! 郵便屋だとしても、引っ込んでろ!」
バイクを降り、ケープマントを脱ぐ。グレイは黒男に背を向けると、ガタガタとバイクに積まれた四角い箱を開けた。中を漁りながら、箱の確認をする。
「でも、この船の方ですよね? この船宛のお荷物なので、受け取って頂かないと仕事が……」
そう話しながら、グレイの視線は港入口付近のバイクへ向いていた。そのバイクは、真っ直ぐこちらに向かっているようだ。
(警察車両。何故あれに乗っている?)
「おい、警察共は動くなよ」
これは、接近の気配を見せた刑事たちに言ったのだろう。ガチャガチャと荷物を探しながら『捕まえる気もないだろうに』とグレイは思った。だが、それも仕方ない。今この場には、観客が居る。
「あった! ホント大きいんですよ。よろしければ船まで運びますけど、どうします?」
「運ばせるわけねぇだろ、うるせぇから今見せろ」
偶然、にしては
「わかりました。それでは」
近付くバイクに視線を送る。
もう少し距離が縮めば、彼に注目がいくだろう。
バイク音が近い。
黒男も背を向けるグレイ越しに、バイクに気付いたようで「あ?」という疑問を声に出す。
注目がグレイから離れた時。
グレイは、ガチャンと音を立てて郵便物が入った箱をバイクから外し、それを抱えて振り向いた。
「どうぞ」
そう言ったグレイは、荷台に付けられていた
郵便物が舞う。
まず、箱が黒男を襲った。大きさのある郵便物は、箱の重量を増す。
子供へ向けていた銃口は、空へ。咄嗟に黒男は、腕で自分と
高級商品を扱う彼は
箱を防げば、何十通という手紙が降りかかる。
その隙を、狙った。
「グレイさん!」
(本当に、
いつの間にか置いて来てしまった新人が今、追い着いた。
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