第4話
二〇〇七年六月十日。初夏の日差しが優しく照りつけるなか、おじいちゃんが病院で息を引き取りました。七十二歳でした。
お葬式は厳かに行われました。死化粧を施されたおじいちゃんはとても柔らかく、眠っているだけのように見えました。私は胸にぽっかりと穴が空いてしまったかのような気分です。
――これから
こんなことを言った一月後におじいちゃんは入院することになってしまいました。今にして思えば、あの夜からおじいちゃんは自分の死を悟っていたのかもしれません。もしかしたら、私があの違和感を父や母に伝えていたら……?
そんなことを考えても仕方がないのに、一度考えてしまうと頭から離れなくなりました。
おじいちゃんが死んで一ヶ月以上経ちました。私はふと疑問に思ったことを父に聞きました。
「そういえば、あの神社ってどうなるの?」
「言ってなかったか? 俺は神職を継ぐ気は毛頭ないから、とある男の宮司さんにすべてを任せてるよ」
「え、もしかして帰省もしないってこと!?」
「まあおふくろと親父の墓はあの辺りじゃないからな。行く必要もないし……というか、なんだ。あの神社に行きたい理由でもあるのか?」
「別にそんなんじゃないけど……」
こんなにもあっけなくおじいちゃんや彼との関係が途絶えてしまうのは複雑でした。
それからの数週間、学校の友達にも心配されてしまうくらいに落ち込んでいた私はただ時間に身を任せ、気がつけば夏休みになっていました。高校二年生という、進路を真面目に考えないといけない時期になにしてんだろうなあと自嘲します。
寝苦しい熱帯夜の中、私は決まっておじいちゃんの言葉を思い出していました。私が彼に寄り添う……おじいちゃんは何を思ってあんなことを言ったのか。私はどうするべきなのか。
答はとっくに出ていました。ただ、それを実行するだけの勇気を振り絞るのが難しくて。
そのたびに彼を想いました。
ずっと好きな人。振られてもまだ、好きで好きでたまらない人。ここで私が行動を起こさなければずっと会えないかもしれない。きっとそれは後悔することになる。
八月十五日。私は早朝に家を飛び出しました。バスに一時間揺られ、神社に最寄りのバス停で下車します。ひとりで遠出することがなかった私はなんだか悪いことをしているようで、胸がドキドキと波打っていました。まあ、親に何も告げずに出ていったので実際悪いことなのかもしれませんが。
バスが去っていくのを見送って、私は辺りを見渡します。
目の前には緑豊かな畑。その奥に広島市街。後ろには壮大にそびえる山。蝉の声がうるさい。
車の行き交いはほとんどなくて、人の気配も全然しません。ひと夏の冒険に出た気分です。幸い車で来るときにもこのバス停を通りますから記憶を頼りに目的の場所まで行けるでしょう。
私はリュックサックから水筒を取り出してお茶をぐびぐびと飲みました。照りつける太陽によって滲む汗をハンドタオルで拭って、そのまま首にかけます。
――まずはあの丘に行こう!
そう決心して、私は期待と不安を胸に歩き始めました。
丘へ行く山道を探すのに苦労しながら、ついに到着しました。原っぱが広がり、遠くには活気づいてる町並みが眺められます。
今日はお盆。つまり、彼もここに居るはずなのですが……姿が見えません。
「暑い……」
地べたに座って水分補給をします。水筒を軽く振るとコロコロと氷がぶつかり合う音がして心なしか涼しくなります。
「いないのかな、幽霊さ――じゃなかった。えーと、
会えると思っていたのですが……これじゃあ私がここまで来た意味がないじゃないですか。
天を仰ぐと澄み渡る青空が日差しにやられてほわほわになっていきました。一日千秋の思いで祈ります。ああ、私はあなたに逢いたい!
想えば想うほど、私の胸はキュッと締めつけられて涙が出そうなほどに痛みを増していきます。どうして、どうして今年はいないのですか……。
「おじいちゃん、幽霊さんと会えなくなっちゃったよ」
呟きは蝉の声が掻き消してしまいました。
それからどのくらいの時間が経ったでしょう。いくら待てど幽霊さんはついに現れはしませんでした。
お腹が盛大に音を立てます。昼ごはんの用意をしていなかったのでどこかに食べに行きましょうか。ここまで来たのですし何もせず帰ってしまうのはもったいない。神社に寄ってから街まで行ってみましょう。
私は立ち上がっておしりを軽く払い丘を少し見渡したあと、決別の意を持ってこの場を去りました。
ぽーっとしながら神社までの道を歩きます。今まではおじいちゃんがいた場所。夏、家族といつも訪れていた場所。今では私と無縁な場所……。
ほどなくして辿り着きます。木々に囲まれた赤い鳥居をくぐるとそこは境内。本殿が淋しく佇んでいます。
なんだか親近感を覚えて、参拝しようと思いました。まずは手水舎で手と口を清めます。
少しの時間をかけた後、本殿の前に行きます。財布から百円玉を取り出して賽銭箱に放り投げます。まずは二拝、そして二拍手。お願いごとは、そうですね……
(幽霊さんにまた逢えますように)
『その願い、僕の力を使わずとも叶うだろう』
「えっ――」
頭に響いた中性的な声に驚いて顔を上げます。風が落ち葉を吹き上げました。
「今の、なに?」
空耳でしょうか。さっきまで人は誰ひとり居なかったのに。
「君、ひとりで来たのか」
困惑していると、驚いたような、優しいような、そんな声が後ろからして振り向きます。
「幽霊さん……」
「ああ、一年ぶり」
そこには私の想い人が微笑みを浮かべて立っていました。
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