第3話

 神社の縁側に座って、ぼーっと夜風に吹かれています。


「はあ……」


 結論から言いましょう。私の告白は失敗に終わりました。もちろん幽霊さんとお付き合いなんてできるはずもありませんからもともと玉砕覚悟ではありましたが、突きつけられた言葉はどうしても胸をチクチクと刺してきます。


「いったい、あなたの好きな人って誰ですか」


 私のボヤキに呼応するがごとく蛙が鳴きました。都市部からすぐ近くなのに田舎だなあ。

 足をぶらぶらさせていると、後ろから足音が聞こえてきました。おじいちゃんです。遠慮なしにどっかりと隣であぐらをかいてきました。


「眠れんのか?」

「別に、そんなんじゃないけど」


 さっきの言葉が聞こえていたかもしれないと思い恥ずかしくなって、無意識にツンケンとした態度を取ってしまいます。申し訳ないなと少しの後悔をしたとき、おじいちゃんは語り出しました。


「こうして夜風に吹かれるのは落ち着くのうや。ワシも若い頃はいろいろと悩んどった。今みたいにここで何をするでもなく」

「そうなの?」

「ああ。夢を叶えるために努力するか、ここを継ぐかでな。結局宮司になったが、後悔はしてない。じゃから悩んで悩んで悩み抜いて、決断をせねばならんときがいつかくるとワシは思う。一番まずいのは問題を放り投げることじゃけえの」


 なんだか、産まれて初めておじいちゃんのことを頼もしく感じました。


「じゃあさ、教えてほしいんだけど。彼のこと」

「彼?」

「いつもそこの山にある丘にいる、二十歳くらいの男。おじいちゃんのことを知ってるらしい」

「――まさか、きよしさんのことか?」

「知ってるの!?」


 驚いて、身を乗り出しました。おじいちゃんは少し狼狽えながら、「昔からの知り合いだ」と言います。


「彼はどんな人なの?」


 思い出すのは告白したあとの彼の言葉。ここからは私の回想です。


 ◇ ◇ ◇


「好きです」


 真剣に、私の想いを言いました。それが伝わったのか、幽霊さんも真面目な顔つきになります。


「そうか……それは、ありがとう」

「あ、はい」


 ありがとう、と言われるとは思っていませんでしたから返答に窮しました。


「一応聞くけど、好きというのは恋愛感情で言っているの?」

「そうですよ」

「そっか……」


 幽霊さんは一回まばたきをしてから、虚空を眺めました。その眼差しがとても複雑そうで、否応なくこの告白はダメだったのだと悟ります。

 それに気づいてしまったのがとても悲しくて、涙が出そうになって、私は膝に顔をうずめました。


「急にこんなこと言っちゃってごめんなさい。迷惑でしたよね」

「そんなことない。とても嬉しく思うよ。ただ――私には、ずっと忘れられない好きな人がいるから」


 頭を思いっきり鈍器で殴られたような錯覚をしました。ぐわんぐわんとして、うまく言葉が出てきません。


「好きな人、いたんですね」


 我慢していたのに、声が少し掠れてしまいました。――もう、ここから早く逃げ出したい。大声で泣いてしまいたい。


「でも、それはずっと昔のことで」


 私の思いとは裏腹に幽霊さんは話を続けます。


「ただ私は、時間に置いていかれているだけなんだろうな」


 その声音は深い哀愁が漂っていました。そこで初めて、私は彼のことを何も知らないのだと意識したのです。

 私が何か言おうと口を開くと、それより先に幽霊さんが「雨が降りそうだ」と言って空を見上げます。つられて見てみると、気づけば暗雲が広がっていました。


「早く帰ったほうがいい」

「でも……」

「風邪を引いたらいけんじゃろ?」


 幽霊さんの催促によって、私は後ろ髪を引かれる思いで神社に帰りました。


 ◇ ◇ ◇


 おじいちゃんはしばらくの間、瞑目していました。すると、社の影からひょこっと昼に見たタヌキが歩いてきました。

 おじいちゃんが目を開け、タヌキと見つめ合います。厳かな雰囲気が漂って、言葉を発することができません。


「清さんのことは、清さんから訊きなさい。すまんが、ワシから何かを言うのはどうにも憚れてな」


 重々しい様子でそう言いました。


「沙織はもう寝とき。寝不足はいろいろといかんぞ」

「どうしても、駄目なの?」

「悪いな」

「んーん、わかった」


 話しづらいことを無理やり訊くのは思いやりに欠けますからね。おじいちゃんの言う通り、社務室に戻って寝ることにします。


「……沙織」


 私が立ち上がったところで、おじいちゃんが言いました。振り返ると座ったままで、目線もタヌキに向かっているままでした。そんなおじいちゃんの背中はどこか小さく見えます。私はそれに一抹の不安を覚えました。


「清さんの抱えている悩みはきっと解決する。けれどそれがまた新たな悲しみを生むだろうな。じゃけえ、これから沙織が寄り添ってやってくれ」


 その言葉がとても寂しく思えて、けれどその理由がわからないから私は「うん」としか答えることができませんでした。

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