第2話
「ちょっと散歩に行ってくるー」
「気いつけてな」
父の言葉を背に受け、私は社務所を出ました。燦々と輝く太陽は地上を焼き尽くさんと燃えています。真っ赤な鳥居を潜り抜け、一直線にあの丘へと歩きながら私は胸の高鳴りを抑えずにはいられませんでした。
告白。当然私にはそんな経験ありません。いったいどんな言葉を言えばいいのでしょう。クラスの男子が私に告白してきたときは、率直に「好きです。付き合ってください」でした。しかし私の相手はお盆にしか現れない幽霊。付き合うも何もないではありませんか。好きという言葉を投げかけたあと、どうするのが正解なんでしょうね。
悶々としながら歩いて、ついに気持ちの整理ができないまま丘に到着してしまいました。彼はいつものように腰を下ろして広島の街を見下ろしています。どういう感じで話しかけようか――足を止めて考えていましたが、結論が出るよりも彼が私に気づいたほうが先でした。
「
「こ、こんにちは……」
仕方がないので隣に座ります。去年までは普通に話せたはずなのに、意識してしまうとどうしても言葉が出ません。
「えっと、暑いですね、幽霊さん!」
結局世間話に逃げてしまいました。告白のセリフがどんどん遠ざかっていく……もう今日は駄目かもしれません。
「だから私は幽霊ではないと何度も……」
三年前、私が彼を幽霊だと推理した日以来、このやり取りは毎年しています。
「嘘ですね。それではあなたの顔が老けないのはどうしてですか」
「まだ十年しか経っていないんだからそんな簡単に老けない」
「むう、強情ですね……」
よかった、ちゃんと話せてる――これなら告白だってどこかのタイミングでできるでしょう。
「そもそも私が幽霊であるのなら、どうして君にだけ見えているの?」
「聞いて驚かないでくださいね。私は神様と縁があるからです!」
「ああ、だからそういう勘違いを……」
彼の言葉に私は拍子抜けしました。
「笑わないんですね」
「君の祖父とは少し縁があってね」
「え、おじいちゃんと!?」
初耳です。
「実は初めてあった日から私は君のことを知っていた」
「それはまあ、なんとなくわかっていましたけど」
「あれ、知っとったんか」
その反応がなんだかお茶目に見えて、クスッと笑ってしまいました。そんなとき、茂みから一匹のタヌキが顔を出したのです。
「あ、タヌキだ!」
「本当だ。コイツはたまにここにくるやつだね」
タヌキは幽霊さんのもとにのそのそと歩いていきました。幽霊さんは優しく抱え、膝の上に載せます。
「かわいい……」
「もしも私が幽霊ならタヌキを抱えることはできないんじゃない?」
幽霊さんはニマニマといたずら心あふれる笑みを見せました。
「それは、ほら。おじいちゃんの神社はタヌキを祀っていますから、きっとこの御方こそが神様なのでしょう!」
「新道って穢れを嫌うものだから、私が幽霊だとしたらこんなにも懐くことはないはずだけど」
「うぅ、きっと寛容なんです!」
理論が破綻したことを言うのは少々恥ずかしいものですね……しかし私だって負けられません。
「それならおじいちゃんと縁があるとはどういうことですか? その歳の差なら本来ありえないはずですよね」
「君の祖父とは実は歳が近いんだよ」
「やっぱり幽霊じゃないですか!」
「ハハハ」
高らかな笑い声は澄んだ青空に溶けていきました。私は釈然としないまま、幽霊さんの膝の上で丸くなっているタヌキを撫でます。
そこで一つの可能性が思い浮かびました。幽霊さんはおじいちゃんと縁がある。歳を取らない。タヌキに懐かれる。
もしかすると幽霊さんは幽霊ではなく神様なのでは!?
「な、なんてこと……」
「え、急にどうかした?」
「今まで不敬な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げました。
「はあ、また変なこと考えているでしょ」
そんな私に彼は呆れた様子。
「まあそこが君の面白い所でもあるよね」何気なく言ったであろうその言葉に、私は胸がキュッとなりました。
しばらくしてタヌキの寝息が耳に届きます。木々もサアーッと音を立てます。穏やかな空気が感じられました。
「あの、幽霊さん」
「なに?」
「好きです」
一陣の風が通り抜けて、原っぱを揺らしました。
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