幾度の夏を越えて、また君に逢いたい
福山慶
第1話
実は私、
彼と出会ったのは十年前の夏。私が五歳のときでした。お盆休みということで、家から車で一時間ほどかかる山に囲まれたおじいちゃんの神社に泊まっていた日。私はひとり真っ暗な夜へと飛び出しました。その理由はあまり覚えていませんが、当時の私のことですから母と喧嘩してしまっとか、おじいちゃんに怒られたとか、多分そんなところでしょう。
鬱蒼とした山に入って歩き続けました。辺りを照らすのは月と星の光だけ。虫の声がとても不気味に鳴り響きます。私は歩き疲れたのも相まって泣いてしまいました。このときの心細さと言ったら筆舌に尽くせません。今までの人生で一番怖い思いをしたと言っても過言ではないでしょう。
涙も枯れ始めて鼻水をすすることしかできなかったそんなとき、突如として開けた場所に出ました。そこは広島の夜景が一望できる丘で、あまりの美しさに、わあっと声を上げたことを覚えています。
涼やかな風が頬を撫で、私は原っぱに尻もちをつきました。安息を得ました。自分が今しがたまで恐怖に身を支配されていたことさえ忘れるほどに、ただ星と都市の灯りを眺め続けたのです。
うとうとし始めたとき、さっさっ、と足音がしました。驚いた私は振り向きます。
「おや、君は」
それが彼との出逢い。
「――子供がこんな時間にひとりでいては駄目じゃないか。私が家まで送ろう」
その人は、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出している男性でした。髪はやや長く、二十代くらいの見た目にしてはやけに落ち着きを払っています。今思うととても危ないことだけれど、その日私は彼の言う通りに手を引かれ、神社の前まで送ってもらいました。
もちろんその間無言だったわけではありません。幼児の強い好奇心は相手を警戒するなんてことはできず、彼を質問攻めにして困らせてしまいました。
「お兄さん、だあれ?」
「うーん、私が何者か、か……そうだなあ、あの丘が好きなだけの人間だよ。この時期はいつもここにくる。そんなところに幼い君がひとりでいたから見ないふりなんてできやしないと声をかけたんだ」
「次の夏もあそこにいるの?」
「ああ、私は必ずそこにいる。お天道様が我々を照らしているときも、お月さまが我々を優しく見守っているときも、必ずそこに」
その言葉は、えもいわれぬ力強さがありました。
「じゃあ、また会いにいってもいい?」
「そのときはこんな夜中ではなく昼にくるんだよ」
嬉しくなった私は、うん! と笑顔で返しました。
その日から毎年あの丘で彼と会うのが恒例になっています。彼の言った通り、お盆のときはどの時間帯に行っても必ずいました。けれど、年始などで訪れた際はいなかった。
お盆は祖先の霊があの世から帰ってくると言います。十年経っているのに容姿が一切衰えていないし、なぜか彼は私のことを前から知っているような口ぶりで話すことがあるので、きっと私たちの祖先なんでしょう。私の家は代々神社を継いでいまして、常理では測れない摩訶不思議な出来事もあったみたいですから幽霊が見えるのも納得がいきます。もちろん、誰かに話したとしても笑われるだけですから、これはずっと私だけの秘密。
そうした日々を過ごしていると、私は彼のことが好きだと自覚しました。幼い頃からあった大人への憧れみたいなものが、恋心に変化したのかもしれません。幽霊を好きになるなんておかしなことだ、とは自分が一番わかっています。けれど、この気持ちはもうどうしようもないんです。
二〇〇六年八月十五日。私は今日、彼に告白します。
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