18ウワサされるのは、うんざり
「クマさんと付き合っているんですか?」
二条さんは、思い切ったように俺に聞いたのだ。
びっくりした。
そんなことを聞かれるとは、全く予想してなかった。
「今の時代、そういうこともあるって分かってます。青山さんがもし、そういう傾向のある男性なら、身を引かなきゃと思って」
二条さんはうつむき加減で暗い声で言った。
「ちょっと俺のアタマが追いついていないんだけど。クマさんと俺が彼氏と彼女ってこと?」
「あ、いえ、青山さんが彼氏でクマさんが彼女って感じなんですか?」
ソイラテを吹き出しそうになる。
筋肉モリモリでごっついクマさんが、俺の彼女......。
「ボーイズラブって知ってます?そういうのにハマってる女子社員たちが言ってました。あの二人は毎朝、一緒に出勤してくるし、同棲してるから間違いないって」
「あぁ~、一緒に住んでるのはホント」
金持ちのボンボンであるとか、二条さんにセクハラしただとか、挙句の果てには、同性愛のウワサか。
俺はどうしてこんなに「お騒がせ人間」になってしまったのだろう。
地味にしていたはずなのに。
もう驚きを通り越して、笑えてきた。
「この間、青山さんの家に遊びに行きたかったのに、拒否されたのも、家にはクマさんが待っていたからですか。そうとも知らずに、紗英はしつこくしてしまいました」
このとき、澪の言葉が浮かんできた。
澪はこんな風に言っていた。
(女を追い払いたいなら、手っ取り早いのは「他に好きな人がいる」と言えばいい)
このまま、沈黙していればいい。
二条さんは俺がクマさんのことが好きなのだと勘違いしてくれそうだった。
しかし。
もしもそうなったらクマさんに迷惑がかかる。
黙って考え込んでいる俺をみて二条さんは続けてこんなことを言った。
「クマさんと青山さんの二人はお似合いだって、みんな言ってました。二人の生活についていろいろと想像するのが流行っているみたいです」
「一体どういう想像」
「会社では、クマさんは俺様体質だけど、家ではきっと青山さんのほうが強くて、立場が逆転しているに違いないとか」
勝手な想像してくれるよな。
家では、全く話さない日も多いし、力関係は同じなのになぁ。
やっぱり嘘はつけない。
このまま黙っていれば「同性愛」として結論付けてくれそうだけど。
「クマさんと付き合ってない。訳あって一緒に暮らしてるけど」
二条さんの表情がパーっと明るくなる。
「ホント?ホントにホントですか?」
「マジで」
「会社でウワサにならないように、嘘ついてませんよね?」
「嘘はつかない。っていうか、二条さん、口軽いよね?仮に俺が同性愛者だと告白したら、早速みんなにバラすわけ?」
「そうじゃないですけどぉ~」
二条さんの目が泳ぐ。
こいつ絶対バラすな。
俺はそう確信した。
「はぁあ~」と俺はため息を付いた。
「クマさんもそうだけど、どうしてみんな人の秘密を喋るのが好きなんだろう」
元はと言えば、クマさんが、俺の住んでいる「家」の話を、みんなに喋ってしまったことから、この騒動は始まった気がする。
頬杖をついて、窓の外の景色を眺める。
はしゃいでいる高校生軍団が見えた。楽しそうだ。
秘密なんてなんにもない、そんな顔をしていた。
「それは、周囲に隠すような悪いことじゃないと思ったからじゃないですか?」
二条さんも頬杖をついて外を見ていた。
無邪気な高校生軍団はCAFEの前でたむろしていた。
お茶をするお金は無いけど、解散するのも寂しい、そんな感じなのだろうか。
二条さんの横顔をそっと盗み見る。
今日一日の疲れが、何となく彼女の横顔にも見て取れた。
「大豪邸に住んでいる、そしてビルを所有している、ってサラリーマンからしたらスゴイ~って思うし、非・日常なんですよ。ドラマチックな話って、人にも共有したくなるんです」
「口が軽いのを正当化するなよ~」
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日が暮れてきた。
俺と二条さんは店を出た。
「それじゃ」
と言いかけると、二条さんは
「ね!渋谷まで歩きません?渋谷から、紗英は電車で帰ります!今日はホントに大人しく帰りますから」
と言いだしたのだ。
渋谷までは、歩いて40分くらいだろうか。
「仕事で疲れているだろうに、よくそんな気力があるよなぁ」
俺は呆れる。
「1秒でも長く、青山さんといたいんですよぅ。紗英は青山さんが大好きなんです」
二条さんはニッコリと笑った。
相変わらず軽い告白を連発してくる。
(俺が好きというより、俺の資産状況が好きなんだろう)
そう思うと、なぜか寂しい気分になった。
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