19二条さんと二人で歩いた
結局、二条さんからは、クマさんの重要な情報を聞き出すことはできなかった。
ほんとうなら、クマさんの島流しを防ぐためにも、優秀な営業である二条さんにも協力を仰ぎたいところだが。
あくまでも太郎丸がうちから手を引く「理由」については秘密にすべき内容であり、誰の協力も当てにできなかった。
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渋谷まで歩きたいと言われた。
断って電車で帰ってもいいが、9月の暑くも寒くもない気持ちのいい夕暮れだった。
なんとなく誘いに乗ることにした。
「歩くか。ただ俺、ヤバいくらいの方向音痴なんだよね。ナビ頼むわー」
「え~っ。男のくせに方向音痴なんですかぁ。笑う~」
「その性差別的発言、やめなさい」
車での移動ならナビがついているから安心だが、歩くとなると、俺は方向感覚が鈍かった。
「ナビ任せてください。ダイエットしてたとき、渋谷までよく歩いてたし」
「ダイエット?」
「あと通勤費もうきますからね~一石二鳥ってやつです」
さぁ行きましょう、と二条さんは俺の腕に自分の手を置いた。
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「青山さん、知ってますか。うちの売上の3割を占める太郎丸茶舗が、ウチの製品の購入を止めるって」
「あっ......うん、知ってる。事業部長から聞き取り調査があったし」
「ヤバいですよね。誰がやらかしたんですかね。それとも競合がうまくやったのかな。売上が厳しくなってリストラとか始まらないと言いけど」
「リストラ?そこまでのことになるかな?」
「ありえますよ」
二条さんは暗い表情だった。
「リストラされるとしたら、子持ちとか家庭持ちの男性より私みたいな独身女だろうなと思って」
「まさか。二条さんは成績優秀じゃん」
彼女は黙っていた。
二条さんは自分がリストラされるかも、と思っているんだ。
いつも自信満々だけど、そんなネガティブな感情も持ってるんだな。
今の時代、男だ・女だ・なんていう表立った差別はないけれど、うちの会社で権力を持つ50代、60代の重役たちの中に女性はいなかった。
営業として働く女性も、二条さんを入れて支店の中ではわずか3名。
将来を思うと、心細い思いをしているのかもしれなかった。
考えたくはないけど、そこで俺の資金をあてにしているのだろうか?
そんなふうに考える自分が薄汚い人間のようにも思えるのだが。
それでも俺はセクハラ疑惑の件をまだ引きずっているし、彼女を信用したわけではなかった。
道はオフィス街から住宅街に差し掛かっていた。
どこかの家から夕飯の匂いがする。
カレーだろうか。
「キューゥウ」
腹が鳴ってしまった。
「あはは!なんか小動物の鳴き声みたいなカワイイ音がした」
二条さんは身をよじって、笑ったのだが
「ゴキュギュキュ~」
彼女の腹も鳴った。俺の腹の音の倍くらいの音量だった。
「やだっ、いまのは紗英じゃありません」
「どう聞いても二条さんの腹の音だよなぁ。俺のはもっと可愛い小動物系の音だし」
二条さんは、顔を赤くして慌てている。
ちょっと可愛いなと思ってしまう。
「青山さん、コロッケ食べよう」
二条さんが突然俺の腕を引っ張った。
「えぇ?」
住宅街の中の肉屋だった。
小売の肉店、今時珍しい。
「小動物をなだめましょう」
彼女はそう言うと、財布を取り出し、
「牛肉コロッケ2つください」
と言った。
おごってくれるようだった。
二人で歩きながらコロッケを頬張る。
「ヤバい。ここのコロッケ、めっちゃうまいな」
「はい。ヤバい美味しさです。ラードで揚げてるからコクが違います」
「へえ」
「ダイエット中、ここの肉屋の誘惑を振り切るのが本当に辛かったんです」
標準体重であろうがなかろうが、女はすぐにダイエットを始める。
元カノの澪もしょっちゅう、ダイエット・ダイエットって言っていたなぁ。
食べたいものを食べればいいのに。
「好きなひとに嫌われたくないから」
澪はそんなことを言っていた。
いつの間にホテル街を歩いていた。
「ここって......。二条さんダイエット中、こんな場所も歩いたの」
「歩きましたよ!まさか、私がわざとここへ連れてきたと思ってません~?」
ニヤリと笑う。
「いや~そこまでは思わないけど」
ホテルの派手な看板が並んでいる。
サービスタイムと言った文字が目についた。
「二条さん、どうしてあんなことしたの?」
俺は疑問に思っていたことをとうとうぶつけた。
「倉庫で......抱きついてきて、泣き出して。そのあとは、俺が誘惑したようなこと言うし」
渋谷のバーで「セクハラ疑惑」を盾に俺をいじめた二条さんと、牛肉コロッケを頬張る二条さん、同じ人物なのだろうか。
「バーでのことは言い訳にならないけど、かなり酔ってました。紗英は緊張していて、青山さんがバーに来る前にたくさん飲んでしまったんです。飲むと昔から開放的な気分になるというか......強気になるクセがあって。ごめんなさい」
二条さんは、たしかにあの日、先にバーに到着していた。
俺が来る前にけっこうな量を飲んでいたのだろうか。
気づかなかった。
「倉庫で抱きついたのは?」
「それは青山さんが好きだからに決まっています。本当は、もっとゆっくりアプローチしようと思っていたけど、それじゃ敵に負けるから」
「敵?」
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