16クマさんのピンチと元カノとの会話
家に帰ると珍しくクマさんが先に帰ってきていた。
Tシャツにスウエットですっかりくつろぎモード。
コンビニで買ってきたと思われるビールをひとり飲んでいた。
「おつかれです!今日は早いんですね」
「まぁ。新規店舗の準備が落ち着いたもんだから」
「おぉー、ひと段落ですね?俺も飲もうかな?」
冷蔵庫にビールまだあったっけ?と考える。
ビールを手に、ソファに座ると、クマさんがなにやら神妙な様子なのに気が付いた。
どうしたんだろう?
「やっぱ太郎丸茶舗の件、ヤバいことになってきた」
「えっ」
太郎丸の件に進展があったのか。
「今日、部長に言われたんだ」
---------------------------------------
部長は次のようなことを、言ったらしい。
「太郎丸茶舗の社長は、やはりウチとの契約は打ち切るとのこと」
「原因は奥様の不倫ですか?と社長に、直接聞くことはできない。だが調査にて、それ以外に原因は考えられないと結論付けた」
「なお社員が犯した不貞行為は、プライベートなことでもあり罰則する社則もなく、過去にそういった事例もない」
しかしながら
「会社に損害を与えたのは事実である。何らかの処分は覚悟してもらいたい」
-------------------------
「そんなー。なんらかの処分って一体どんな処分なんですか」
「やばいよなぁ。でもだいたい社内でやらかした人っていうのは、僻地に飛ばされる」
「僻地!?」
「そう、沖縄のほうの何処かの島とか。そして一生戻れない」
「島流し!?」
「話にはまだ続きがあるんだ」
---------------------------------
クマさんは部長に対して、悪あがきをしたらしい。
部長に向かって、こんなことを言ったという。
「もし、太郎丸茶舗と同じ規模の新規を獲得すれば、無かったことにしてもらえますか」
部長は「うーん」と唸ると
「まず無理だと思うけどねぇ。それならいいよ。じゃあ期限を決めよう。あと3ヶ月で獲得して欲しい」
--------------------------------------------
「3か月!?たったの?」
「何も抵抗せずに、島に流されるより良いだろう?」
「それはそうですけど、でも」
太郎丸茶舗並みの大手企業の受注。
もちろん、よその競合他社から奪ってくるしか無い。
でも価格を下げることなく、どうやって?
一体クマさんはどうするつもりなのだろう。
「俺もなにか情報あればもってきますね」
自分も協力しなければと思った。
しかし打開策はなにも思い浮かばなかった。
----------------------------------------
クマさんが島に流されてしまったら?
考えるだけで寂しさを感じた。
ガハハ!と笑いながら首を絞めてくるパワハラな先輩だけど、新人のときから何度も助けられていた。
発注をミスって製品が納期までに届かないと判明したとき。
あのときは、夜通し一緒に高速を飛ばして取りに行ったっけ。
朝日を浴びながらサービスエリアで飲んだ珈琲がなつかしい。
「やっちまったことは気にすんな」
そう言って、背中をバーンと叩いてくる。
そんな先輩だった。
-----------------------------------------
クマさんのことを気にしつつも打開策が浮かばないまま、数日がたった。
「会いたい」というしつこいラインに耐えかねて、その日、俺は元カノの澪と会うことにした。
社内で細川さんとギクシャクしているし、噂の的になっていて、どうも落ち着かない。
会社以外の人間と会話して気晴らししたいという気持ちもあった。
「えぇ~!?その、後輩ちゃんから逃れるために、ハイヤー呼んだの?」
澪は、目をぱちくりさせた。
「そんなに驚くことか?別に普通だよな?」
前によく二人でデートした居酒屋で待ち合わせした。
近くでは大学生グループがコンパを行い、ガヤガヤと盛り上がっている。
「だって、おかしいよ順。普通の男は女を追い払うのにハイヤーなんか使わないよ」
「丁重にお帰りいただくには、車を呼ぶのが早道だと思ったんだけど。じゃあ、澪ならどうやって帰ってもらうんだよ」
「他に好きな人がいる......って言って断るのが、手っ取り早いんじゃない?」
澪は生ビールをぐいっと飲んだ。
「俺はそういう嘘はつけない。知ってるだろ」
「青山家の教え......か。資産状況は知られるな、そして正直であれ。厄介だねぇ」
澪とは学生時代に知り合った。
別々の大学だったのだが、合コンで知り合ったのだった。
彼女は俺の生い立ちや資産状況を知っていた。
4年前、まだ父が生きていたころ、うちにもよく遊びに来ていたのだ。
当時、父も母も、俺が澪と結婚するものと思っていた。
「順はさ、庶民とは全く違う金銭感覚の家で育ってんだよ?社会に出て一般企業で戦って5年。たしかにそれで庶民の暮らしを多少は知ったかもしれない。それでも20年以上、雲の上で暮らしてきたんだよ。そこを忘れない方がいい」
澪は偉そうに、俺を指さしながら説教し始めた。
「一般の庶民とは、どこか感覚が違うんだよ。20年の歴史でそれが身に染み付いちゃってるの。だからハイヤーなんか呼んじゃうんだよ」
澪は頬杖をついて、こっちをジロリと見つめた。
「そうかなぁ。俺は80円のカフェオレが好きだし、サブスクに加入して、映画を観たり、今だって庶民派の居酒屋にいる。至って平凡なんだけど」
「生活はそうかもしれない。あたしも順の地味さはよく知ってる。でもね。順はときどき、驚くような行動をするときがあるんだよ。そこが見ていて危なっかしい」
「そんなことよりさ、今も無職なのかよ」
庶民とは違うということを、しつこく説教されて不満に思った。
そこで話題を変えることにした。
「あらっ、言ってなかったっけ?とあるベンチャーに就職したわよ」
澪は胸をはった。
「ベンチャー?」
「そうよ、働き方も自由だし、新人にも大きな権限を与えてもらえるのよ」
「ふ~ん。お前こそ、エリート大卒を鼻にかけて周りに嫌われんなよ」
「そんなことよりもさぁ、あたしは、その後輩ちゃんの話がもっと聞きたい」
澪は強引に話を戻した。
妙に二条さんのことを知りたがった。
「その子、順をいじめて楽しんでると思う。おそらくかなりのドSだね」
「ドS......」
たしかにそうかもしれない。
二条さんはセクハラ疑惑を逆手に取って、俺が困った顔をすると、嬉しそうにしていた。
「順に会ってよかった。そろそろ女関係でトラブってるんじゃないかと思っていたんだよね。順はドMだから、その子と相性はいいかもしれないけど、元カノとしては、心配だなあ。あまりひどくいじめられないと良いんだけど」
「俺がドM!?」
「どう考えてもMでしょ」
怒られたり殴られたりするのは困るし、そんなはずはないのだが。
「でも順をいじめたくなるその子の気持ち、めっちゃ分かるわ」
澪はじっとこちらを見つめてきた。
突然、俺の方にもたれかかってきた。
「急になんだよ」
「そうっ、その顔!その困った顔がみたくなるのよね」
澪はあはは!と笑うと言った。
「結局、順のことをよく知り尽くしている、あたしと復縁するのが楽なのかもよ?」
「えっ......」
「あはは!また困った顔してる。やばいっ!楽しすぎる」
澪は俺をからかって楽しんでいた。
俺はちっとも楽しくなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます