15引くに引けない男同士の戦いの結末
「一等地の大豪邸に住むお坊ちゃま」から「二条さんにせまって泣かせた男」そして、「ビルをいくつか所有する富豪」というふうに、俺に対する周囲の噂は変化していった。
人の噂も七十五日。
嵐が過ぎ去るのをじっと待てばいい。
いつも通り淡々と地味に仕事をして、自分なりの幸せを感じていれば良いのだ。
そう思っていたのだが。
「あ~ぁ、俺今月、数字厳しいわ」
同じ営業チームの3年先輩である細川さんが突然ボヤいた。
朝の9時半。
営業マンは朝のミーティングが終わり、それぞれの代理店や直販先に営業へ向かおうとしていた。
「青山さーん、顧客分けてくれない~?」
細川さんは、営業の資料とノートPCをカバンに入れながら言った。
「自分もギリギリですよ。この不況で潰れる店舗だって出てきてますしね」
俺も営業に出かける準備をしながら、答える。
「でもさあ、金に余裕があるなら、営業成績が下がっても別に大丈夫でしょ」
キョトンとした。
金に余裕があるなら、成績が下がっても大丈夫?
「えっ、それはどういう意味ですか」
「どういう意味って、言ったままよ。生まれたばかりの子どもと新築ローン抱えた俺は、成績が下がるとボーナスに響くんだよね!青山さんなら、ボーナス下がったって屁でもないんでしょ?」
「そんなことは」
俺は言葉に詰まってしまった。
たしかにボーナスがたとえゼロでも食うには困らない。
でも俺だって自分の仕事に愛着があるし、ひとつでも多く売ってウチの製品を広めたい、そんな気持ちで毎日仕事をしていた。
うまくいかないことや辛いことも多々ある。
ヒマつぶしや娯楽でやっているわけではなかった。
細川さんは、ヘラヘラとこっちを見て笑っている。
バカにしたような笑いかただった。
何を言ってもムダだろう。
「冗談はやめてくださいよ~」
俺はさっさとその場を立ち去ったのだった。
しかし細川さんの言動は徐々にエスカレートしていったのだ。
また別の日。
「青山さん、ちょっといい?」
細川さんは俺のデスクの端に尻を乗せた。
「どうしました」
「明日までにさあ、これやっといてくれない」
頼まれたのはどうみても、細川さん自身がすべき仕事だった。
「これは私の担当じゃないですよね」
「別にいいじゃん。俺、数字ピンチって言ったよね?事務仕事するより、一件でも多く回りたいんだわ。青山さんは余裕でしょ」
「自分も成績に余裕があるわけではないんで」
抵抗してみたが。
「青山さまなら大丈夫」
と言いながら立ち去ってしまうのだった。
「まぁ、今回だけなら」と思ってその事務仕事を手伝ったのだが、それから毎回のように仕事を押し付けてくるようになった。
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もう21時回っていた。
「まいったなぁ」
オフィスに人はほとんどない。
細川さんの仕事と自分の仕事。
2倍の仕事量を抱え、ここ最近は残業続きだった。
「アオさん!」
キンキン声の加賀山さんだった。
「うぉっ、びっくりしたー!加賀山さん、まだいたの?それにアオさんって何?」
「今日から青山さんのことをアオさんと呼ぶことにしたんス」
「へー、そんなふうに呼ばれるの初めて」
加賀山さんも残業していたのだろうか。
「最近の細川さん、アオさんに仕事押し付け過ぎじゃないっすか?昼間も自分の顧客からのクレームなのに、アオさんに対処させてたと思うんスけど」
「気づいてたか。俺もなんとかしたいと思ってる。今日も、細川さんの仕事で残業だしね」
俺は加賀山さんに自分のノートPCのモニターを見せた。
モニターには細川さんからのメールで、「今日は忙しいからコレやっといて~」というメッセージがうつっていた。
「ひどいっす。コレ今日きたメールっすよね」
「そうだけど」
「細川さん、今日、部署の人たちと飲みに行きましたよ。忙しいなんて嘘ッス」
「そんなことだと思っていたけど、なーんか、腹たってきた」
加賀山さんは立ち上がると拳をつくって言った。
「アッシはアオさんの味方っすからね」
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翌日の夕方のことだった。
「青山さ~ん、これやっといてくれるかなぁ」
また細川さんだった。
「これ以上はできないですね」
やんわりと断った。
このまま引き受け続けても良いことはないと思ったのだ。
細川さんは、目を細め、こちらを睨みつけてきた。
俺は細川さんのほうを向いて言った。
「これは自分でやってください」
「アッシも、それは細川さんがやるべきたと思うんス~!!!」
とつぜん、加賀山さんが加勢に入る。
この加賀山さんのキンキン声のせいで、フロアのみんなはこちらに注目!
俺たちに視線が集まってしまった。
「だから~、俺は数字が厳しいから」
「数字が厳しいのは、俺には関係ないですよね」
「そうだーそうだー!」と加賀山さん。
「加賀山さんも関係ないから黙っといて」俺は手で合図した。
加賀山さんのキンキン声でこれ以上注目を浴びたくなかった。
「えぇ~?どしたの?急に。硬いこと言わないでさぁ。金持ちケンカせずじゃないの~?」
細川さんは、ヘラヘラ笑いながらそう言ったが、目が笑っていなかった。
「金持ちとかそういうのも関係ないです。よほど困っていたら、もちろんチームの仲間として力は貸します。でも細川さんは俺に仕事を押し付けているだけですよね」
「押し付けてないよ~、なんか怖~っ!被害妄想じゃない?」
細川さんは周囲に聞こえるようにわざと大声でいった。
フロアの全員は俺と細川さんのやり取りに注目していた。
みんなが見ている以上、細川さんもプライドがあり、引くに引けない状態か。
だが俺も、引くわけにはいかなかった。
「ふたりとも激オコですか?」
二条紗英がこちらにやってきた。
(最悪だ。また、ややこしいのがきてしまった)
「二条さんには、関係な」と俺が言いかけたのだが、彼女は俺の方に手のひらを見せた。
黙っとけ。という合図だろう。
「お二人のお話、聞いてたんですけど~、細川さんは、自分の仕事がいっぱいいっぱいだったんですね~!それでつい優秀な後輩の、青山さんに頼みすぎてしまった」
二条さんは、俺と細川さんの間に立ち、ニコニコしていた。
「ま、まぁな」細川さんは居心地が悪そうだった。
「で、さすがの優秀な青山さんでも、さばききれなくなって、お断りしたいと、そういうことですよね~」
「これ以上はできないです」俺は細川さんのほうをみて言った。
「だったら、今回は私がやりますよ~、でも次からはなるべく細川さんが自分でやったほうが良いと思います!紗英は青山さんと違ってミスだらけですので!」
静まり返っていたフロアは、またザワザワと雑音を取り戻し始めた。
二条さんは、俺の方に笑いかけると立ち去っていった。
この場は二条さんのお陰でおさまった。
あいつ、場を収めるのがうまいんだな。
ありがたい......。
あれっ!感謝している場合じゃない。
元はと言えば二条さんが俺の噂を広めたせいで、細川さんの八つ当たりが始まったのではないか。
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