14悪いのはあの女です
(カフェオレうまし)
翌週の月曜日。
俺は、午後のカフェテリアで至福の休憩時間を楽しんでいた。
エネルギーをチャージしたら、午後からは代理店に行く予定だった。
カフェオレの紙カップを捨てようとゴミ箱のほうに行くと、女子社員軍団がなにやら話しているのが目に入った。
「......青山さんが......」という声が聞こえて思わず観葉植物の影に身を隠す。
(セクハラ疑惑のことを話しているのだろうか)
冷や汗が出た。
俺は何も悪くないのに、どうしてこうなったんだろう。
コソコソと物陰に隠れるなんて。
女子社員の声が聞こえてきた。
「青山さんは、かなりの優良物件らしい」
「紗英の話では、なんでうちの会社で働いているの分からないような身分の人だって」
「えっ......それってどういうこと?」
などと話している。
優良物件?身分?
次に聞こえてきた声で俺の背筋は凍りついた。
「都内にいくつもビルを所有しているらしいよ」
やばい!!!!
完全にバレてるじゃねーか。
セクハラも困るけど、俺の資産状況がつまびらかになるのは、さらに背筋がゾッとする出来事だった。
資産を持っていることを他人に知られてはならない。
知られたら最後、人間関係は壊れると思え。
これは青山家の家訓とも言っていいほどの、教えだった。
どこからバレた?
クマさんにはそこまでの話はしていないはずだし。
二条紗英か!?
女性社員たちも「紗英が言うには」って話していたじゃないか。
だが二条紗英がどうやって知ったのだろう。
まさか運転手の長谷川さんが喋った?
そんなはずはないと思った。
ハイヤーの運転手は、非常に口が堅い。企業の社長や取締役、芸能人などを車に乗せ、ときには彼らの秘密を知ることもある。
知った秘密や個人情報は絶対に口外しないはずだった。
個人の資産状況を他人にペラペラと喋るわけがなかった。
特に長谷川さんは俺の父親もかなりの信頼を寄せていて、大事な商談の際は長谷川さんの車で行くことに決めていたほどだった。
念のため、長谷川さんに電話をしてみた。
「もしもし?あれっ、青山の坊っちゃん」
「順です。お仕事中すみません。この間はお世話になりました」
「ご用命ですか?」
「いえ、そうじゃなくって。この間のお礼を言いたくて」
「そんな、お礼だなんて!仕事ですから。いやー、それにしてもご婚約、おめでとうございます」
俺は息を呑んだ。
「えっ?婚約......してませんよ?」
「へっ?お嬢さんがおっしゃってましたよ。婚約者のご家族のことをもっと知りたいとおっしゃっていました」
「そんな、私はてっきりほんとうに婚約者さまだと思ってしまいました。だってなるべく高級車というお話でしたし、車にお乗りになる前に、その......」
(キスしていたし、ほんとうに婚約者だと思ったのか)
「順さん、申し訳ございません。この長谷川、余計なことを喋ってしまいましたでしょうか」
電話の向こうで真っ青になっている長谷川さんの顔が浮かんだ。
上手く誘導されて喋ってしまったのだろう。
二条紗英。
本当に侮れないと思った。
この道30年、ベテランのハイヤードライバーである長谷川さんの口を開かせるとは。
「大丈夫です。長谷川さんは悪くありません」
(悪いのはあの女です)
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