13二条さんとの戦い!敗北した俺は援軍を呼んだのだが
二条さんは、言われた言葉を全て自分の良いように解釈するタイプだった。
「そろそろ帰る」
俺はとりあえずこの場から無事に退散することだけに意識を集中しはじめた。
「それじゃ一緒に帰りましょ?明日はお休みですし~」
会う場所を「渋谷」にしたのは、俺の家が近いから?
金曜に会うことにしたのも、次の日が休みだから?
俺はまんまと罠にはめられていたことに気づいた。
彼女はベタベタとくっつき、離してくれそうもない。
苛立ち始めていた。
「帰る」と言って立ち去ってしまえばいいのに、勇気が出ない自分。
彼女に対して粗雑な扱いをすれば、「セクハラ疑惑」を蒸し返してくる可能性が怖い。
要するに弱みを握られてしまったのだ。
その証拠に二条さんは「あのときのことは二人の秘密にしますから」
「誰にも言わないと思う。でも冷たくされたら、どうしようかな?」
なんて言っている。
一刻も早く家に帰りたい。
家に帰って金曜の夜という開放感を味わいたい。
いつもなら、金曜の夜は好きな音楽を聞きながら、無料のマイクラというゲームで遊ぶ時間だった。
彼女の手が俺の太ももに触れた。
これはもう限界だなと思った。
俺は最終手段に出ることにした。
「ちょっとトイレ」と言って席を立つ。
ある人物に電話をかけるためだ。
この判断が、ミスだったということが後から判るのだが、このときの俺は穏便に逃げ出すことしか考えていなかった。
電話を一本掛けてトイレから戻ると、頼んでいない酒がテーブルに置かれていた。
「カクテル頼んでおきました。飲んでくださいね」
二条さんがお得意の首を傾げた上目遣いでこちらを見つめてくる。
「ありがとう」気が利くんだな、と思った。
カクテルに口をつけると、アルコール度の高さがすぐに分かった。
これも敵の罠だったのだ。
こんなのまともに飲んだらベロベロになるわ。正常な判断ができなくなる。
チビチビと飲むことにした。
カクテルにはほとんど口をつけなかったのだが、それでもアタマがボンヤリとする。
そのとき、スマホに着信があった。到着した合図だった。
「二条さん、一緒に帰ろう」
「は~い」
二条さんはウキウキとした声で立ち上がる。
そして会計では、当然のように財布を出す素振りも見せなかった。
「二条さんの家ってどこ」
「さいたま市で~す。でも今日は帰りませんけどね」
金曜の華やいだ雰囲気のする渋谷の街。
どこかでクラクションが鳴る。
人通りは多く、通行人は周囲に無関心だった。
二条さんは俺の腕に自分の腕を絡め、嬉しそうに歩いていた。
美人だし明るい子なんだけどな。
言い寄ってくる男なんか、いっぱいいるだろうに。
性格はかなり難ありだけど。
住宅街に入る。
俺の家まであと200メートルといったところで、歩みを止める。
彼女の方にきちんと体を向けて、目を真っ直ぐ見て伝えた。
「俺と二条さんは、これまで会社でもあまり関わりがなかったし、二条さんの性格を俺は分かってないと思う」
「それじゃあ今から仲良くしましょう」
二条さんはニッコリと笑う。
何を言ってもダメか?
「よく知らない人を家に連れて行くのはちょっと。二条さん、これから少しずつお互いを知ることにしよう?今日のところは帰るべきだと思う。帰って欲しい」
二条さんは背伸びをし、俺の首に腕を回すと素早くキスをした。
柔らかい感触と甘い香り。
キスされる!という予感もなかったので、避けようがなかった。
「真面目な青山さん好き〜」
こんなに軽い告白、あっていいのか。
「とにかく今日は帰ろう」
俺は二条さんの手を引っ張り、道の端に止まっているジャガーのほうに連れて行く。
Barでこっそり電話をかけたのは、父親の代から世話になっているタクシー会社だった。
そこにハイヤーを1台、頼んだのであった。
急なことで来てくれるかどうかハラハラしたのだが、他の予定をキャンセルして、ねじこんでくれたらしい。
電話に出た運転手の長谷川さんは
「青山様のお坊ちゃんじゃないですか!いやぁ嬉しいです。えっ?今からですか。急ですね.....でも青山様にはお世話になったし......行きます。あぁはいはい、なるべく高級な車ですね?」
と言って、無理をして駆けつけてくれたのだ。
ジャガーの前では長谷川さんがビシッとした姿勢で立っていた。キスされているのも見られただろうか。
優雅な動きで長谷川さんはジャガーのドアを開けてくれた。
さすがの二条さんも急な展開にキョトンとしている。
そんな彼女の様子に構わずに、俺は二条さんを車の中に強引に押し込んだ。
長谷川さんが、ドアを優しく閉める。
「さいたま市方面へ送ってください」と伝えた。
長谷川さんは一礼すると「坊っちゃん!またいつでも呼んでくださいね!女性は無事に送り届けます」とウィンクした。
「いや~、つい最近まで、坊っちゃんを幼稚園まで送り迎えしていたと思ったのに。もう女性をご自宅まで送るお立場になったのですね。月日はほんとに早い」
長谷川さんは感慨深く、うんうん、と頷いていた。
「ありがとうございます。ご無沙汰してすみません。あのっ、早く出発しちゃってください」
と焦り気味で声をかける。二条さんが車から降りてきたら厄介だ。
ようやく走り去る車を見て、天にも昇る気持ちだった。
開放された!
流しのタクシーに無理やり乗せても良かったのだが、二条さんが抵抗し乗らない危険性があった。
高級仕様のハイヤーであれば二条さんも驚いて思わず乗ってくれるのではないか?という予想が当たったのだ。
家に帰ろう!
これでやっと、音楽とゲームに没頭できる。
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