君と二人で雪を投げた日

 

 朝、目が覚めると君はまだ僕の隣に居た。冬になると君は、三日に一度くらいはこうして目が覚めた後も布団の中に潜ったままでいる。子供の頃から寒いのが苦手らしい。僕が目を覚ましたことに気がついた君は、僕の方に少しだけ体を寄せて「おはよう」と呟いた。天井を見たまま同じ言葉を返した。僕も大抵の人間がそうであるように寒いのがある程度は苦手であるから、目が覚めても尚布団から出られずにいた。さらに君がまだ隣にいるとなると、起きる理由なんて見当たらなかった。窓の外を見ると、昨日から降り始めた雪が一面に積もっていた。


 この辺りは本当によく雪が降る。雪が一面降り積もっている様をよく銀世界と言うが、それは何故なのだろうか。僕からしてみればこの景色はどこまで行ってもひたすらにただ白い。太陽の光が反射して光りこそすれ、銀色になどは成らない。どう見ても白い銀河をそのように呼ぶのと同じように、白く光っているものは銀色に見えると言うことなのだろうか。

 

 「ねぇ、今日はとっても寒いのだけれど出かけようと思うの」

 君が布団から顔だけを出して言った。

 「別に良いけど、買い物は昨日行ったよね?」

 「んーん、買い物じゃなくて、久しぶりにしてみたいなあと思って。」

 「何を?」

 「雪合戦を」


 僕はそこまで驚いた訳ではなかったけれど少しだけ驚いた。何を言い出すかと思ったら、まさか雪合戦をしたいだなんて。いや、とても君らしくはあるんだけど。


 「おい、なんか言ってよ」

 「いや、外に出たい理由があまりにも意外すぎてちょっとだけ驚いてたのと、君らしいなと思っていたところ。それにしても何で急に雪合戦なんてしたくなったの」

 「いや、特に深い理由は無いんだけどさ、今年はまだ一回もしてないなと思って。」

 「まあ確かに去年は何回かしたけど、それは散歩してる時に君がいきなり雪を投げつけてきてそこから雪合戦になっただけで、雪合戦をしに行ったわけじゃない。」

 「え、そうだったっけ。私は雪合戦をしに行ったつもりでいたんだけど」

 「あぁ、だから不意打ちの自覚が無かったのか。」

 「あと五分だけ寝たら準備しよ」


 結局、それから僕らは一時間程布団の中で二度目の睡眠を謳歌した。




 君に揺さぶられて目を覚ました。

 「起きて!ほら、勝負しに行くよ!」

 さっきまでの萎れた君はどこにいったのだろうか。雪合戦をしたいと言う気持ちが寒さに打ち勝ったのだろうか。布団を剥いで、幾分か寒さの和らいだ部屋の空気を全身に浴びた。その後、僕らは身支度を整えて朝食を取った。

 テーブルを挟んで食パンを齧りながら君がこんなことを言った。

 「そういえば雪合戦にルールってあるのかな」

 「さあ、どうなんだろう」

 「『合戦』て言うくらいだからどっちかが動けなくなったら負けとか?」

 「え、そんな物騒な遊びな訳ないと思うんだけれど。三発当たったら負けとかそんな感じじゃない?」

 「えー、何そのぬるいルール」

 「君がしたい雪合戦に僕はついて行けないかも」

 「分かった、じゃあ、先に三発当たるか、頭に当たったら負けってルールにしよう」

 「頭狙われるのかよ怖いな」

 「とか言いながら全力で頭狙ってくるんでしょ」

 「さあ、どうだろうね」


 朝食を摂り終えると、僕らは支度をして家を出た。さっきまで降り続いていた雪は止み、風も無く良い天気と言えた。一応、君との話で試合会場は橋を渡った先の広い道に決まった。要するに、いつもの散歩の途中で雪合戦をするだけである。

 「買い物以外でここを歩くのは久しぶりな気がする」

 「確かに、寒くなると散歩する回数も減るからね」

 「見て、川が凍ってる」

 君の指差す方を見ると、少なくとも表面の水の流れは途絶えた川があった。つい最近まで、この川には紅葉が流れていたような気がするのだが、もう冬はこんなにも深まっているのか。時間の流れが早いのか、秋が短いのか、それとも川の流れが遅いのか。きっと全部だろうな。途中、何回か転びそうになった君を支えながら、僕らは橋を渡って広い道に出た。

 「わぁ、綺麗。もう何年も見てるけど、いつ見ても本当に綺麗。あれ、もしかして今年見るのは初めて?」

 「雪が降り始めてからここに来るのは初めてだね」

 「私、寒いのは嫌いだけどやっぱり雪は好きだな。何でって訊かれたら綺麗だからとしか言えないのだろうけど」

 「綺麗だからっていうのできっと十分だよ。複雑なものより、そういう純粋なものの方が綺麗だったりするから」

 「確かに、そうだね。あーでもやっぱ寒いのは嫌い」

 君は少し身震いをした。

 「立ち止まってると寒くなっちゃうから早いとこやってしまおうじゃないか」

 「お、もう勝負する?」

 「うん、早く私の華麗な雪玉捌きを見せつけてやりたいからね。あ、三本勝負で良い?」

 「そんなに言われたらちょっと楽しみになってきちゃうね。君の好きなようにどうぞ」

 「ようし、じゃあ私が雪を放り投げたらスタートね。あ、雪玉はスタートしてから作り始めて。それじゃあ準備はいい?ようい、スタート!」

 言うと、君は手の平に掬った雪を空に向かって放り投げた。雲一つ無い青空に放られた雪が、この時ばかりは少しだけ銀色に見えた。


 結果は、見るに堪えないものだった。僕が君の頭に三回当てて試合は終了した。多分全部で五回も雪を投げていないような気がする。頭に積もった雪を払い除けながら、君は少し怒ったような顔をしていた。

 「私全然投げてないんだけど!て言うか雪玉作るの速すぎない?私二回くらいしゃがんだ状態で当たった気がするんだけど」

 「君の華麗な雪捌きとやらはどこにいってしまったの。そもそも運動が大の苦手なのにどうしてあんなに自信に満ち溢れていたのか不思議だったんだよね。」

 「いや、うーん、それはそうなんだけど何となくいける気がしてたんだよね。ちょっと私全然投げてないから合戦しないで投げ合いしよ」

 「うん、僕も全然投げてないからそうしよう」

 「おい嫌味かそれは」


 それから、僕らは君が疲れ果てるまで雪を投げ合っていた。終わる頃には君の頭は真っ白になっていた。僕は、頭はもちろん服にも雪が当たった跡は残っていなかった。


 そろそろ帰ろうかと僕が言うと、神社に行こうと君が言った。僕らはそのまま、いつも通りの散歩道を歩いた。神社の階段にも雪が積もっていたので、後ろから君のことを支えながら登った。君は、相変わらず僕よりも長く手を合わせていた。心なしか、今日はいつもより更に長い気がした。

 神社からの帰り道、後ろから服の中に大量の雪を入れられた。逃げようとした君は盛大にずっこけた。雪の上にうつ伏せになっている君を起こすと、君はとても楽しそうに笑っていた。

 家に着いて、僕らは家を出る前に風呂を沸かしていかなかったことを後悔した。暖房はつけっぱなしで出ていったので部屋はそれなりに暖かかった。

 部屋に戻って着替えようとすると、君はそのままベランダに出ていった。一体何をするのだろうかと後ろから見ていると、君は手摺に積もった雪をかき集めて小さな雪だるまを二体作った。


 「どっちが君?」

 「んー、じゃあこのピースしてる方」






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